007発見、新大陸

 一度振れば強風が舞い、二度振れば暴風が押し寄せ、三度振れば颶風に至る。

 勇者ルシル=フィーレが保有する神器の一つ『翠扇すいせん』が濃霧をきれいに吹き飛ばす。

 そこに現れたのは


「おー、ちゃんと島があってよかったな」


 ルシルが得意気に語るように、海と岩と砂、山と土と森と生命力溢れる島々が広がっている。

 霧の関係で距離感すら狂っていたため、これほどのものが隠れていたのか、と船員は驚くばかりである。


「それじゃちょっくら行ってくる」


「えぇっ!? ど、何処に……?」


「そりゃ目の前の島にだよ。大体五百メートルくらいか?」


「近付けませんよ?!」


「おう、俺も『嫌な客』になるつもりはないからな。付き合えとは言わんよ」


「そ、そうですか……?」


 何故か腕で足をぐるぐる回してストレッチを始めたルシルに、船員は疑問符を浮かべて焦る。

 そしてようやく『救命ボートで向かう』という可能性に思い至り、急いで準備に取り掛かった。


「すぐに予備の手漕ぎボートを下ろしますので――」


「あ、気を使わせちまったな。大丈夫、いらんよ」


「まさか泳いでいくつもりですか?!」


「泳ぐ? あぁ、たしかにこの距離だしそれも良いな」


「いやいや、ダメですよ!

 川もそうですが、静かに見えても海にも流れがあります。

 特に調査も済んでいない場所では、海底に引きずり込む海流が隠れているかもしれません!

 それに行きはどうにかなっても、時間と共に潮目と海流が変わります。それでなくても離岸流に向かって泳げば体力が尽きてしまいますよ!」


「あー……そっか、海流は盲点だったな。でも大丈夫だ。俺は上から行くから・・・・・・・


「何をっ――!?」


 強引なところもあるが無理は言わず、嫌みが無くて気風が良く、加えて金払いきまえまでいい上客ルシルの身を案じるのは当然だ。

 しかし当人は自信満々で、特別に何か身に着けることもなく、船の欄干を越えていった。

 慌てて船員が欄干に身を寄せれば


「そんじゃ、行ってくるわーーー!」


 ルシルはシュタッと手を上げて海面を走って・・・行ってしまった。

 船上に残された者達は、一瞬の空白を置いてから『はぁ!?』と一様に叫んでしまった。


 ・

 ・

 ・


 水というのはとても不思議なものである。

 よく見るのは液体で、寒くなれば凍り、熱くなれば空気に還る。

 また、液体に限定しても、勢いよくぶつかれば地面と同等の硬さを返し、ゆっくり触れれば柔らかく受け止めてくれる。


 つまり海面を走ったルシルは、前者の特性を利用し、海に蹴りを入れて・・・・・・地面と同等の硬さを受け取っていた。

 もちろん、地面を蹴って進むのは当たり前のことなので、自信満々の勇者はパパパッと海面を蹴る度に島に近付いて行った。

 背後で驚きの声も聞こえたが……。


(まぁ、翠扇すいせん見せたし『変な靴履いてる』って勘違いしてくれるだろ)


 本人は気楽なものである。

 靴の強度はある程度必要だが、当然これは純粋な体術なので、道具がなくとも誰でもできる。

 とはいえ、ルシル以外の誰が実現できるかは不明だが。


「やっぱ泳ぐより走る方が早いな~」


 諸島というだけあって、大きな島の周りに小島がいくつか点在している。

 その小島の一つにルシルが上陸したのは、船から降りてたったの十秒ほど。

 速いとかそういう次元ではなかった。


「植生は詳しくないけど、気温からしても熱い地域のわりと見たことあるものばっかだな。

 というか海にはみ出して生い茂ってるのは圧巻だな……たしか植物って塩に弱くなかったか?」


 背は低いものの、海にせり出すように生い茂る木々はしっかりと根付き、地味に行く手を阻んでいる。

 鬱陶しげに進むルシルは、体感的に毒の有無は見分けられるが、戦闘を生業にしているため知識は浅い。

 生活するには最低限の自給自足の手段を見付けなくてはならないが、やはり「今度図鑑でも買ってくるか」と軽い。


 少し進んだ先に川を見付け、手ですくって口をつける。

 若干塩気を感じるのは海と近いからだろうか。

 少なくとも毒はなさそうなので、上流に遡れば水源の確保は簡単そうだった。


「なんだ意外に快適だな」


 道なき道を進むルシルは、片手間に毟った実を齧りながら周囲を見渡す。

 人の手が入っていない未開の地を『快適』と言えるのはサバイバルに長けた……それも勇者だけだろうが。


 帰還リミットはたったの二日。

 小さいとは言え、そこそこの広さはあるし、原因不明の失踪が相次いでいる場所だ。

 警戒しながらとなればさらに速度は落ち込むが、ルシルの行軍速度は目を見張るものがある。


 到着後数時間で島の全体像を把握し、誰も居ないことを確認してしまった。


「しかし場所にもよるだろうが、ここには木も水も食糧だってあるのに、何で船が戻ってこないんだろうな?

 そもそも船の残骸が見当たらないってのは海の藻屑と消えたのかね……え、やっぱり泳いでたらやばかった?」


 もしかすると最初に上陸した島に居ないだけで、他の島にはいるかもしれない。

 若干の怖気を感じながらも希望を抱いてルシルは次の島へと海面ダッシュで移動した。

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