005ベルン港の警備兵

 店先に並べられているのは見たこともない道具や工芸品だ。


「なんか港町って漁師ばっかりなイメージだったけど、ちゃんと貿易もやってるんだな」


 元々戦場にばかり身を置いていた彼が見知ったものは武具ばかり。

 これからは力以外を求められることを思うと、こうした生産品も必要なんだろうな、と手にとって確認していく。


「お兄さん観光かい?」


「うん。珍しいものばかりだな。売れ行きはどう?」


「魔王も居なくなって平和になったからね。薬や武器に回してた分が市場に来てるのさ」


「それにしては手広くやってるようだな」


「商船の運航が安定してるからね」


「あぁ、だからこんな熊の置物へんなのもあるんだ?」


「変なものとは心外だな兄さん。装飾は生活に彩りをもたらすんだぜ?」


「あははっ、確かに。でも今の俺には足りてるなぁ。変わりにそっちの蜜と小麦をもらえるか?」


「まいどあり。ほらな、装飾は生活を豊かにするだろ?」


 にやりと笑う店主にルシルも「あ、なるほど。これはまんまと乗せられたなぁ」と気持ちのいいやり取りにつられて笑い代金を払った。

 同じように立ち並ぶ店を見ては必要そうなものや、つまみ食いできるようなものを買いながら、ルシルは海へ向けて歩く。


 ケルヴィンの言葉と地図が正しいのなら、メルヴィ諸島はおそらく入植に難アリとのことで放置された無人島だ。

 まさか海洋資源や航路の中継地として使えそうな島を、追い出すルシルにみすみす渡すことはないだろう。

 となれば何かしら巨大なデメリットがあるはずだ。


「どうせ浅かったり岩礁が多くて船がつけられないとか、島が小さすぎて開発できないとかなんだろうなぁ」


 とはいえ、別段心配はしていない。

 全世界を含めてもトップクラスの能力を持つ勇者が、自分たった一人だけを養えば良いだけだ。

 まともな地図すらない魔族領を歩いた生存能力サバイバルを思えば楽勝である。


 どれだけ実りの少ない島でも、飢えることにはならないだろうし、最悪勝手に出て行っても構わない。

 渡されたのはあくまで所有権で、管理義務まで負うものではないし、そもそもほぼ国外退去を命じる国に大した負い目も感じられない。

 一番困るのは、実は『メルヴィ諸島など無い』というオチで、そこまで虚仮にされれば、いくら勇者ルシルといえどもオーランドを攻め落とすのもやぶさかではない。


「いっそやらかしてくれるのもいいかもなぁ」


 なんて不穏なことを言いながら、少しずつ近付く潮の香りに心を躍らせる。

 店でも商船が行き交うと聞いているので、金さえ出せばちゃんと人も運んでくれるはずだ。

 ただ問題なのはメルヴィ諸島行きというものがあるかが分からないところだろうか。

 いや、むしろルシルの予想からすると航路すら外れているはずなので、専属の船を用意する必要があるかもしれない。


「どうせなら見える距離にあってくれないかな。そうすれば最悪泳いでいくのに」


 なんとも剛毅な独り言を言いながら船を捜して歩き回る。

 周囲の景色が簡素なデザインの倉庫や、屋根だけの建物の卸売市場が現れ、ついには視界が一気に開けた。


「おぉ、海だ。いやぁ……軍港くらいしか見たこと無いから壮観だなぁ」


 ルシルは端まで走り寄り、腰に手を当て遥か先にある水平線を眺める。

 勇者の目をもってしても島はちっとも見えず、やはり船の調達は急務だと再確認する。

 周囲には大きな船がいくつも停泊し、アリが巣穴を行き来するかのように積荷のやりとりをしていた。

 普段感じられない現場の姿に少し感銘を受けて様子を伺っていると、背後から声をかけられた。


「兄ちゃん、そんなところで何やってんの。ここは一般人立ち入り禁止だぜ?」


 溜息を吐いて注意するのは、この港を守る警備兵だろうか。

 ごついブーツに防刃の衣服を身につけ、腰に剣と短い棒を佩いたコワモテの男だった。


「あ、ホント? 看板ちょっと見落としたかも」


「しっかりしてくれよ。こっちもちょうど警備で回っててよかったよ。

 もう少し入ったら問答無用で取り押さえなきゃならないところだったからな」


「そりゃ申し訳ない。申し訳ついでに乗船するにはどうしたらいいか教えてもらえないか?」


「おいおい、大丈夫か? こっちは貿易港、人乗せるのはあっちの方だよ」


「親切にありがとう。これ、取っといて」


 ルシルは口をつけていなかった串肉を差し出した。

 受け取る警備兵は、肉にかじりついて


「……兄ちゃん、悪いことは言わないからあんまり駄賃を配り歩くなよ?」


「お、賄賂になるかい?」


「主に俺がな。仕事の邪魔ださっさと行け」


「はいよー」


 ルシルは軽く手を振って警備兵に背を向け――


「で、お前何者なんだ?」


 ルシルは一瞬で警備兵の後ろに回って組み伏せる。

 先ほどまでの友好的な対応とまったく違い、警備兵は背筋が凍る声色で問いかけられる。


「な、何がだ!?」


「馬鹿かお前。何で『警備兵』が一人で・・・不審者のところへ来る?

 不測の事態に対処するためにしている見回りだぞ。二人以上使うのは常識だろうが。装備が整ってるからって騙されるとでも思ったのか?」


「ちょ、ちょっと待て! たまたま相方がトイレに駆け込んだんだよ!」


「俺は『二人以上使う』と言ったぞ? お前以外全員が腹を下したとでも言いたいのか?」


「くそっ! 何でお前みたいなのが居るんだ! 楽な仕事だと聞いてたのに!」


「……はぁ、自白が早すぎるだろお前。後は本物の警備兵に任せるか」


 頭を地面に打ちつけて意識を刈り取り、荷物のように服を掴んで軽々担いで歩き出す。

 後は哨戒中の誰かの前に放り出せば何とかするだろう、と溜息を零しながら偽警備兵が示した方角へ向かう。


「あぁ、できれば船頭も欲しいなぁ。最悪でも海図と操舵説明くらいはしてもらわないと」


 これだけ広い港なら、何処へ顔を出しても最終的には取り仕切る組合まで案内してくれることだろう。

 説明も面倒だし適当に勇者の証でもチラつかせて船の用意もしてもらおうかな、などと気楽に考える。

 明日にはメルヴィ諸島のどれかに着ければ良いな、と希望を沿えて。

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