初めての2人で練習。

 心臓が早鐘を打つように動いているのが、何をしていなくても分かる。


 どうもしなくても緊張している。


 あの踊り場での出来事のあと、三味線を習う日取りを決めたところ週末に行うことに決まった。


 そして今は週末。私は吉川くんの家に居る。


「ゆっくりしてってね~」


「ひゃっ、ひゃいっ!」


 若くて綺麗な吉川くんのお母さんに案内されたのは、茶室のような和室だった。


 そこにはフカフカの高級そうな座布団が敷かれていて、それが部屋の雰囲気と相まって「お前は不釣り合いだぞ」と言われているようだった。


 不安から、持ってきた三味線が入ったケースを手でいじくり回す。


 部屋まで吉川くんが出迎えてくれるはずだったのに、当の本人は日課の三味線の稽古が遅れているらしい。


 なので急遽、お母さんが案内することになったそうだ。


 吉川くんが出迎えてくれて、そのまま三味線の練習が始まると思っていたので、手持ち無沙汰が半端ない。


 なんとか落ち着こうと座を整えたりもしてみる。


 お尻の場所が悪いのか。それとも、板のような座布団に慣れすぎて、このフカフカな座布団では私の体重を支えきれないのか。


「なにやってんの?」


 モゾモゾと動いている、一番、見られたくない時に扉が開き、そこから三味線を持った吉川君が入ってきた。


「あっ、いや、なんか落ち着かなくて……」


 しどろもどろに答えるも、吉川くんは「ふ~ん」と素っ気ない返事をしながら、用意されたもうひとつの座布団――私と対になる場所に座った。


 そして座るなり始めようとする吉川くんに、チューニングすらできていないことを伝える。


 何か言われるかと思ったけど、吉川くんは笑うでもなく私から三味線を受け取ると、少し触るだけですぐに返してきた。


「えっ!? もう終わったの?」


「慣れだよ、慣れ」


 慣れとは言っても、弦を1,2回弾いて糸巻きを簡単に回しただけだ。


 同い年でもさすがプロということなんだろう。


 チューニングが終わった三味線を返してもらうと、吉川くんは「さぁ、始めようか」と真剣な顔で言った。


 その顔がなんとも頼もしい。


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