第3話

 「結局誰とも話せなかった…」

 大学は楽しいと言ったのはどこの誰だ。

 入学式の帰り道私は一人、赤い自転車を押しながら歩いていた。初めてまじまじと近所を見る。

 郵便局にパン屋、コンビニに薬局。老舗の和菓子屋に大手チェーンのファミレス。私は辺りを見回しながら朝よりも少し陰ってきた空を気にせずゆっくりと歩く。

 途中の下り坂でパンプスが脱げそうになった。慌てて自転車のブレーキをきつく握る。自転車に置いて行かれてしまいそうになる。

 卸したての靴は私よりも新学期に慣れたのだろうか。どうも靴と足取りが合わない。

 「置いて行かないでよ」

 私は少し痛めた右足首をかばいながら歩く。


 ポツン。

 自転車のサドルに雨粒が当たる音がした。赤茶色のサドルには水分を得て描かれた、きれいな円。

 「雨かぁ」

 私は前かごに入れたカバンから折り畳み傘を出そうとした。けれど今日は傘を差さず、濡れて帰りたい気分だった。

 「こんな気分、久しぶりだな」

 体全体で降り注がれた雨を受け止める。

 私は雨に濡れてグレーのスーツの色が濃くなるのも気にせず、ゆっくりと自転車を押して家へ向かった。

 時々信号待ちで見上げた空はなんだか悲しげで、私もその空模様に飲み込まれてしまった。

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