6 静寂の奇襲

「油断しすぎだぜ。魔女ごときの結界が、俺たちに通用するとでも思ってたのか?」


 赤毛の男が剣を引き抜くと、透子ちゃんは被さるように倒れこんできた。


「そんな、馬鹿な……私の結界はそんなやわじゃ……」

「残念だったな。相手が俺だけだったらもう少し誤魔化せたかもしれないが、今回はその手の探知が得意なやつがいたからな」

「アンタだけなら朝までかかってたかもね。この子、魔女にしては上等な結界だったよ」


 私は全く気づかなかった。

 赤毛の男とフードの女の人。私たちは既に見つかっていたんだ。


「透子ちゃん! 透子ちゃん……!」

「だい、じょうぶ……大丈夫、だから……」


 血は止まらない。

 見る見るうちに、セーラー服は真っ赤に染まっていく。


「もう鬼ごっこはおしまいだ。どの道その女はもう助からねえよ。さあアリス、俺たちと一緒に来い」

「何なの? あなたたちの目的は何!? どうしてこんな酷いこと……」

「あなたには説明しても仕方のないことだよ、アリス。今の、あなたには」

「何、それ……全然わかんない」


 透子ちゃんは何も悪くないのに。何にも悪いことしてないのに。

 透子ちゃんが傷つかなきゃいけない理由が、私にはわからない。


「そいつを放すんだアリス。どうせもうじき死ぬ。せめて俺が早く終わらせて────」


 その瞬間、赤毛の男との間に激しい炎が立ち上がった。

 弱々しい足取りで透子ちゃんは立ち上がって、私を庇いながら僅かに距離をとった。


「てめぇ、まだそんな力が」

「下手くそ。心臓一突きにしないからよ」

「透子ちゃん!」


 透子ちゃんは無理矢理に作った笑顔で私に振り返る。

 額から滴る汗と青白い顔が、透子ちゃんの無理を表していた。


「無理するだけ無駄。あなたは魔女にしては手練れみたいだけれど、流石のあなたでも、私たちの相手をしながらその傷を治すのは無理でしょう。精々外見を塞げるか。そんなことをしてもあなたには何の得にもならないよ。大人しく死んでいた方が楽だよ」

「得とかそういう問題じゃないのよ。私は、アリスちゃんを渡すわけにないかないの。この子の自由を……あなたたちなんかに奪わせやしない」

「もう……もういいよ、透子ちゃん」


 立っているのもやっと。脚は震えているし、魔法だってこれ以上使えるかわからない。

 こんな状態でもう無理なんてして欲しくない。


「よくなんかないのよ、私が。私は最後まで足掻くわ、何があろうとも。安心してアリスちゃん。私、逃げ延びるのだけは自信あるの」

「そうか。なら精々そうしてみろよ!」


 赤毛の男が突撃してくる。

 透子ちゃんは障壁を張ってそれを防ごうとするけれど、障壁は剣の一振りで破られてしまう。

 炎を放とうが障壁を張ろうが、そのことごとくを赤毛の男は打ち破る。


 透子ちゃんには、もうその場を動く力なんてなかった。

 目の前まで迫る赤毛の男に為す術もなく、その首に剣をあてがわれても抵抗できなかった。


「ゲームセットだ。どの道、魔女であるお前に生き残る選択肢なんてない。もう諦めろ」


 形勢逆転なんて、もうしようがなかった。

 逃げ場もない。私たちは今度こそ追い詰められてしまった。


「魔女のお前がどうしてアリスを狙ったのかしらねぇが、そんなこと俺たちが許すわけがねぇ。お前たちは生きてちゃいけねぇんだよ。存在しちゃいけねぇんだよ。そんなお前が、俺たちの大事なアリスに手を出して、許されるわけねぇだろうが!」


 剣に炎が灯る。


「今回はアリスを抑えるのが最優先だったからな。それができればお前のことなんてどうでもよかったが、もうそういうわけにもいかねぇ。お前はここで、俺が殺す! 完膚なきまでに殺しつくしてやる。お前が生き残る隙なんて、一つも残さねぇ」

D8ディーエイト! そのくらいにしなさい。アリスが……見てる」

「……あぁ。わかってる」


 フードの女の人に呼び止められ、D8と呼ばれた赤毛の男は剣を振りかぶった。

 透子ちゃんは動かない。俯いたまま、もう抵抗も反論もできないみたいだった。


 止めないと。私がどうにかしないと、透子ちゃんが死んじゃう。

 でも、足が動かない。声が出ない。すぐ目の前にいるはずの透子ちゃんに、手が伸ばせない。

 私は怖かった。これから起こることが怖くて。

 行動しなければそれでもう終わってしまうのに、それでも、怖くて動けなかった。


 勝敗は決していた。

 大怪我を負って追い詰められた透子ちゃんには、もう何もできない。

 無力な私と満身創痍な透子ちゃんに対して、相手は無傷な魔法使い二人。

 この場にいる誰もが同じ結末を見ていた。


 ────透子ちゃん以外は。


 D8がまさに剣を振り下ろそうとした瞬間、透子ちゃんの目が煌めいたかと思うと、衝撃波のようなものが放たれた。

 反撃が来るとは思っていなかったのか、D8はその衝撃波を正面から受けて大きく吹き飛んだ。


 覚束ない足取りで一歩前へと進んだ透子ちゃんが、私との間に炎を走らせて壁を作る。

 メラメラと揺らめく炎の向こう側で、透子ちゃんは力なく微笑んでいた。


「あなたは、私が……」


 魔法とは何の関わりのない私でもわかるほどに、透子ちゃんの周りには力が集まっていた。

 まるで最後の力を振りしぼって大技を放つかのように。


 そして吹き飛んだD8が体勢を整えるまでの僅かな時間で、透子ちゃんは反撃に出た。

 溜め込んだ力を一斉に放出するように、何か大きな魔法を今まさに繰り出そうとした、その時。


「今回のあなたの失敗は────」


 四つの光の刃が、透子ちゃんをその場に張り付けるかのように突き刺さった。


「相手が二人いることを忘れていたこと。まぁ普通、魔女狩りは徒党を組まないもんね」

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