幸の45 その日常が小さな幸せで


 もうすぐ冬がくる都心はシトシトと小雨が降り続いている。

 3日ほど前から降り出した雨は一向にやむ気配もなく季節外れの梅雨のようだ。


 流石に雨の中鉄塔で会うわけにもいかず、真っ直ぐに家に帰ると当然のように言葉が待っていた。


「ただいま」

「おかえりなさい」

 俺が部屋に入るとソファに座っていた言葉がこちらを振り返ってそう言ってくれる。


 そうそう、もうひとつ変わったことがあったんだ。

 度々部屋の前で待ちぼうけをさせてしまったので、言葉には合鍵を渡してある。


 言葉は、恋人みたいねと言って微かに笑って受け取ってくれた。

 確かに、最近はこれって付き合ってるんじゃないかと思うようになりつつある。


 実際のところそう言った話はしていないのだが。


「しっかしよく降る雨だな」

「そうね」

「帰り、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ。あまり酷かったら泊まるから御心配なく」

「そっちの方が心配だ」

 言葉はソファに、俺は立ったまま窓際から外を眺める。

 さめざめと降る雨の音が静かな部屋に流れる。


「そういえばナツくんからLINE来てたわよ」

「は?お前アイツの番号知ってたのか?」

「ええ、帰り際に貰ったけど?」

「あのやろう・・・」

 俺の脳裏にニヤリと笑う悪友の顔が浮かぶ。


「で、何て?」

「一回遊びに来ないかって」

「行くのか?」

「行くわけないでしょう、仮に行くならあなたと一緒に行くわよ」

「ああ、そうしてくれ」

 確かにナツは悪いヤツじゃない、そこそこ付き合いの長い俺から見てもいいヤツの部類に入るだろう。

 見た目があんなだから誤解されやすいが、面倒見もいいし何よりちゃんと職を持ってて社会人でもある。


「アイツ自体はいいんだが、周りの連中は俺もよく知らないからな、正直危ないだろうよ」

「そうなの?」

「言っとくがお前ってかなり可愛いんだぞ、襲われるぞ」

「心配?」

「そりゃもちろんな」

 言葉も怖いって感情はあるんだろうけど、対人てしての感情じゃないんだろうな。


「じゃあまた今度一緒に行ってみる?」

「そうだな、とりあえずは冬休みに入ってからだな」

 雨が降り続いてまるで梅雨のようだが季節はもうすぐ12月。

 再来週には冬休みに入る。


「言葉、お前クリスマスとかはどうするんだ?」

「クリスマス?ここにいると思うけど?」

「そっか」

「ええ」

 俺も特に予定もないし多分今年は言葉と過ごすんだろうとは思っていた。

 クリスマスも、年末もそして多分新年も。


 何気なしにそんなことを考えてしまい苦笑する。

「どうかしたの?変な顔して」

「いいや、何でもない」

「そう」

 そして流れる沈黙。


「雨やまないな」

「結構降ってるかしら?」

「そうだな」

 カーテンを開けると雨が窓を叩くのがよくわかる。

「泊まってくわね」

「ああ」

 言葉の家庭がどんなものだかは知らないし敢えてつっこんで聞こうとも思わない。

 こうしてちょくちょく泊まっているから、放任主義なのか関心がないのか。


「お前もやっぱりちょっとは警戒しろよな」

「あなたに?」

「全くないだろ?そういうの」

「ないわね」

 だってあなただから、と言って俺の隣にきて窓の外の雨に濡れた街を見つめる。


「ほんとどうしてこうなったのかしらね」

「俺とお前がか?」

「ええ、最近よく考えるのよね。どうしてあなたなら大丈夫って思うのかって」

「それで何でなんだ」

「わからないわ」

「なんだよ、それ」

 ははは、と笑う俺と微かに微笑む言葉。

 気がつけばお互い知らぬ間に手を繋いでいて指を絡ませていたり。


「ほんと不思議なものだよな」

「ええ」

「まっ、これはこれでいいだろ?」

 繋いだ手を持ち上げ少しだけおどけてみせる。

「そうね」

 と言って繋いだ手を固く握る言葉。


「先にお風呂入ってくるわね」

 以前なら言葉がお風呂に入っている間に寝ていたのだが慣れとはこわいものであまり気にならなくなった。

 と言っても下着にシャツは刺激が強すぎるのだが。


 お風呂上がりの言葉は相変わらず目のやり場に困る格好をしている。

 本人的には楽だからという理由らしいが、こちらとしては少々精神的にしんどいものがある。

 流石にこの辺りは慣れとかでなんとかなるものでもない。


 言葉がお風呂から出てきたのと入れ替わりに俺も風呂に入りにいく。

 風呂場になんとなくいい香りが漂っている。

 ちょっとドキリとするがそれもゆっくりと湯船に浸かって何もなかったと思うようにしている。


 風呂から出て自分のコーヒーと言葉の紅茶を淹れてリビングに行くとソファの上で膝を抱えて言葉がウトウトとしていた。

「こんなところで寝ると風邪ひくぞ」

「え?あ、ごめんなさい」

 隣に座って紅茶を差し出す。


 変わらず雨の音が部屋に流れ、壁時計の針の音がカチカチと時間を刻んでいく。

 ゆっくりとした穏やかな時間が心地よく、時間をかけてコーヒーを飲んで他愛もない話をして。


 どちらから言うわけでもなくベッドに潜り込む。

 しっかりと手を握り俺の胸に頭を乗せてくる言葉を撫でてやりながら、自然と目を閉じる。


 しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきたのを確認してから俺も眠ることにする。

 胸に感じる重さは、たぶんきっと・・・ちょっとした幸せの重さなんだろうなんて考えながら。






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