楽の32 坊ちゃんと体育座り


 海岸沿いの道を走り抜けた先は砂浜に面して閑静な住宅街が広がっていた。

 この辺りは新興住宅地で神部市の中心部よりは幾分静かで住みやすいらしい。


 バスはそんな住宅街を抜けて海側の林の中を走っていく。


「さぁ!到着だ!ようこそ!我が別荘へ!」


 林を抜けた先にはキレイな海に砂浜があり整備された道の先に白亜の建物が建っていた。


「はあ〜マジすごいのね?あんたって」

「そうだろう?そうだろう?はっはっはっ」


 バスから降りた俺たちは海岸に沿って建つ白亜の別荘に驚きを隠せなかった。


「ミドリンってただのバカじゃなかったのね」

「うん、びっくりしたね。お金持ちのバカなんだね」

「詩織くん!駿くん!頼むからバカから離れてくれないか?」

 バスから降りた俺たちはミドリンの先導で建物に入っていく。


「おかえりなさいませ。坊ちゃま」

 入り口のドアを開くと初老の紳士が出迎えてくれた。


「ああ、ご苦労。紹介しておくよ、この別荘の管理を任せている執事の中嶋だ」

「中嶋と申します。皆様の滞在中のお世話をさせて頂きます」

 執事の中嶋さんはそう言って丁寧にお辞儀をしミドリンに何か言われて奥へと姿を消した。


「・・・執事」

「・・・坊ちゃま」

「「「坊ちゃま〜〜!!」」」


「坊ちゃまって!ひ〜やめてくれ!腹いて〜」

「あたし今からあんたのこと坊ちゃまって呼ぶよ」

「くくく、ミドリン〜あんた面白すぎよ!」

「皆さん、笑いすぎですよ、ふ、ふふふ」

 全員で大爆笑している側でミドリンは体育座りをして壁に話しかけていた。


「相変わらず楽しそうね」

「くっくっく、だって坊ちゃまだぜ?あははは、いてっ」

「なんだかイラッとしたわ」

「ははは、すまんすまん」

 体育座りのミドリンを沙織が慰めている間に先ほどの執事さんが戻ってきてそれぞれの部屋の鍵を手渡してくれた。


 男子は一階で女子は二階だ。


「私はあなたと一緒の部屋でもよかったのよ?」

「俺が困るわっ!」

 すれ違いざまに耳元で言葉がそんなことを言って二階に上がっていった。

 全くあいつは。



「じゃあミント、僕たちも荷物を置いてこようよ」

「ああ、そうだな・・・ってアレどうすんだ?」

 俺は体育座りで壁に話しかけているミドリンを指差して笑う。

「大丈夫なんじゃない?沙織ちゃんが見てくれるよ」

「それもそうだな」


 とりあえずミドリンは放置ということで俺たちも荷物を置きにそれぞれの部屋にいく。


 割り当てられた部屋は結構な広さがあり一人では持て余しそうだった。

 荷物を置いて先程のホールに戻るともうみんな集まっていた。


「全く君たちはもう少し僕に感謝したまえ」

 ようやく立ち直ったミドリンがブツブツ言いながら沙織と一緒にこちらに歩いてくる。


「ああ、悪い悪い。坊ちゃま」

「ごめんなさいね〜坊ちゃま」

「ミントもアリサもそんなに坊ちゃま坊ちゃま言ったらまたミドリンがへこむよ?」


「・・・君たちはっ!」

「ほらほらそれくらいにしといてあげて、ね?」

「さ、沙織くん」

「あんたもそれくらいでへこたれないの、わかった?」

「ああ、すまない。沙織くん」

 ミドリンは俺たちそっちのけで沙織と見つめ合っている。


「何?あのイチャっとした空間は?」

「ミント・・・これが殺意ってヤツなのかな?」

「お前らもいい加減にしとけよ」


「うるさい!このリア充!」

「そうだよ・・・しっかり手を繋いで言うことじゃないね」

「ん?手?・・・あっお前なぁ」

 あまりにいつも通りすぎて言葉が俺の手を握っているのにも気づかなかった。


「あら?気づいてなかったの?」

「あ、ああ、あまりにいつも通りすぎてわからんかった」


「あんた達〜!!」

「でも、ミントと柊さんはお付き合いしてるわけじゃないんだよね?」

「ええ、そうよ」

「でも、手は繋ぐんだ?」

「ええ、おかしいかしら?」

「駿、このバカップルはいつもこんな感じだから放っておきなさい」

「誰がバカップルだよ?」

「あんた達以外に誰がいるのよぅ〜〜!!」


 キイィ〜っとアリサが暴れだしたのを無視してこれからの予定をミドリンに尋ねる。


「全然自由にしてもらって構わないよ。遊びに出かけてもいいし、裏の砂浜はプライベートビーチだからいつでも好きなだけ泳げるしね」

「プライベートビーチなんだ・・・」

「まぁこの山全部が僕の家の土地だからね」

 ミドリンは大袈裟に身振り手振りで説明してくれる。


「沙織・・・あんた玉の輿よね?」

「姉さん、頑張って!」

「え〜っと、う、うん?」

 アリサだけならまだしも詩織まで目がドルマークになってるぞ。


「とりあえず俺は部屋でゴロゴロしてから考えるわ」

「僕もそうするね」

 とりあえずみんな一旦部屋に戻って考えることになった。

 まぁ部屋に戻ってもどうせ言葉が来るんだろうけど。


 こうして俺たちの一夏のバカンスが始まった。



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