哀の15 "涙"


ここの市役所には2箇所の入り口がある。

西と東。西口は主に市役所の職員用、東口は来客用だ。

そして市役所の最上階の展望台には何故か西口からしか行くことができない。


「おかしな造りだよな、ここ」

「来客用の展望台じゃないのかしら?」

「さあ?俺も2、3回来ただけだからよくは知らん」

エレベーターで37階まで上がってそこから階段で39階まで上がる。


39階フロアは展望台のみのフロアで疎らに人がいる程度だった。


俺は自販機でコーヒーと紅茶を買って言葉に渡す。


「ありがとう」

「どういたしまして」

展望台のベンチに座り景色を眺める。

都内が一望できるとはいが、海側の景色は中々の絶景だ。


「どうだ?中々にいい景色だろ?」

「そうね・・・」

「ん?どうした?」

俺の問いに答えずに言葉はじっと展望台から見える景色を眺めている。


俺も缶コーヒーを飲みつつ景色を眺める。


「ねぇ・・・」

「ん?」


珍しく言葉は、次に何を言おうかと逡巡しているように見える。


「ミントは嶺岸さんのことどう思う?」

「どう思うって?どういう意味だ?」

「・・・女の子としてってこと」

「ああ、そうだな。美人ではあるわな。残念ながら好みじゃないけどな」

「好みじゃないの?美人なのに?」

「別に顔がどうこうってわけじゃないだろ?ああいう固いタイプはどちらかっていうと苦手だな」

「ならどんな子が好みなの?」

言葉は俺の方を向いて、もうすこしで唇が触れそうなくらいまで顔を寄せてきた。


「〜〜っ」

俺は思わず顔を背ける。

自分でも顔が熱を持つのがわかる。幸いにも夕焼けが展望台に入りこみ言葉からではわからないだろうが。


「ねぇ?」

そんな俺に構わず言葉は質問を繰り返す。

俺はそっぽを向いたままで呻くように声を絞りだした。


「・・そのうち教えるから」

「どういうことかしら」

こいつには俺に対してそういう・・・・感情はないだろう。

だから俺もそうしなくちゃならない。

でも・・・

「少なくともああいうのは好みじゃない。それでいいだろ?」

多少なりとも落ち着きを取り戻した俺はそう言葉に答えた。

「・・・いいわ。聞かないでおいた方がよさそうね」


言葉は、それだけ言って少し距離をとった。


俺は、逃げたのだろう。今の言葉とのこの妙な関係に居心地の良さを感じているから。

仮に、今の問いに"お前が"と答えたならきっと言葉は今の関係を解消するだろう。その逆もしかりだ。

だから俺は曖昧な返事をした。

言葉に対して恋愛感情はない、と思う。

そう思いたいだけなのかもしれない。


「ねぇ、前にも聞いたけど私も誰かを好きになることができるのかしら?」

「どうしたんだ?急に」

「恋人同士に間違われるくらい仲良くみえて、同じ時間を一緒に過ごして・・・」

「ああ」

「なのに・・・私は何も感じない。繋いだ手の温かさは分かるのに心の温かさはわからない」


「ミントはきっと私に沢山の楽しいを与えてくれているはずなのに」

「・・・・」

「今だってそう。ここに連れてきてくれてこうして同じ景色を見てる」

俺は黙って言葉の独白を聞く。

「ミントはこの景色を見てきっと綺麗だと感じてる。でも私は・・・私にはただの夕陽にしか思えない」

言葉は更に続ける。

「私は何も感じない。感じれない」

そう言った言葉の顔を見た俺は息を飲んだ。


言葉は泣いていた。


相変わらずの無表情だか、確かに涙を流していた。


「言葉、お前・・・泣いてるぞ」

「えっ?」

言葉は気づいていなかったのか、自分の頬を流れる涙をすくって不思議そうに見ている。


「私は泣いて?」

「ああ」

「・・・これが悲しい?」

「ああ」


言葉は拭った涙を見つめて幾度となく繰り返した。

「これが悲しい・・・悲しくて泣くこと」


俺はしばらく言葉の頭を撫でてからいった。

「すまんな。楽しいより悲しいが先になって」

「ええ、でもいいわ。こう言うとミントはおかしく思うでしょうけど私はもっと悲しくなりたいわ」

「えっと、M?」

「違うわよ。この悲しいって気持ちをもっと確かめたいわ。無くしてしまわないように」

言葉はまるで何か大切なものがあるかのように胸のあたりに手を当てている。


「あんまり悲しませるようなことはしたくないんだが」

「あら?なら早く楽しいや嬉しいを教えてちょうだい」

先程まで泣いていたのが嘘のように言葉はいつも通りだった。

「ああ、そうだな。その通りだ」


後から思えばこの日が、俺と言葉がお互いの気持ちに気付いた日だったのだろう。

この時の俺達がそれを知ることはなかったのだけれど。



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