楽の9 これはデートじゃないよな



お昼少し前の11時、俺は都心部の駅のホームで待ち合わせの相手が来るのを待っていた。


「次の電車あたりだろうな」

今日の俺は、黒のスリムパンツにパーカー、髪型も一応ちょっと整えてある。

駅のホームに降りてくる女子がチラ見していくくらいは、悪くない見てくれだと自負している。


やがて駅に電車が入ってくる。

ぞろぞろと降りてくる乗客たち。


「探すまでもないわな」


そんな乗客の中、1箇所だけ変に周りに人がいないところがある。


黒のミニスカートにレースのトップス。髪は編み込んでハーフアップにしてあり、綺麗なデコルテに視線が集まっている。

学校ではほぼ化粧はしてないが、今日はうっすらと化粧もして、愁いを帯びた笑みが更に美しさを際立たせている。


周りの男性のみならず、女性からもほぅと溜息がもれる。


「おまたせしたかしら?」

「まあぼちぼちな、てか、お前目立ちすぎだろ?周りがむしろ引いてるぞ」

「そう?いつも通りだと思うけど」

やれやれ、俺は首を振り立ち上がって言葉ことのはにいう。


「まぁいい。でどこに行きたい?映画観るなら昼からだからそれまでぶらぶらするか?」

「あなたに任せるわ。でも強いて言えば甘いもの

が食べたいかしら」

「そうか、ならちょっと何か食べにいくか」


俺と言葉は、並んでホームを降り駅から街に出て行く。

相変わらずの人の多さだな。ここは。

お昼少し前にもかかわらず結構な人の多さだ。

さてと、どこに連れて行ってやるか。


「なぁ甘いものってどっちがいい?洋か?和か?」

「どちかと言えば洋かしら」

「なら、いいところがある、行くぞ」

そう言って俺は言葉の手をとる。


「あら?手、繋ぐの?」

「いやか?お前迷子になりそうだろ?」

「あのね・・・まぁいいわ」

言葉はすんなりと俺の手に指を絡める。俗に言う恋人繋ぎだ。


「どうかした?」

「いや・・なんでもない」

こいつ、わざとじゃないんだよな?一瞬ドキッとしてしまった。


俺たちは、雑踏をかき分けて少し路地に入ったところにある、隠れ家的な喫茶店に入る。


「いらっしゃいませ、お2人様ですか?こちらへどうぞ」

案内された席は、ちょっとした個室風でゆっくりと落ち着ける洒落たスペースだった。


「へぇ、こんな店、よく知ってたわね?」

「そりゃあな、この辺りは地元だからな」

「そういえばあなた、他所から来たって言ってたわね」

メニューに目を落としたまま言葉がいう。


「ああ、この辺りは通学の時に歩いてたからな。結構詳しいぞ」

「ふ〜ん」

言葉の興味は、どれにするかの方に集中してるみたいだ。


俺は、コーヒーとサンドイッチを、言葉はアールグレイとフルーツパフェを頼んだ。


「お前、甘いもの好きなのか?」

「辛いよりは好きね。美味しいってことは分かるから」

「ああ、なるほど」

感情がないっていっても、美味いや不味いはわかるんだものな。


「おまたせいたしました」


頼んだものが来て俺たちはそれぞれに食べ始める。


「どうだ?美味いだろ?」

「ええ、美味しいわ。とてもね」

相変わらずの無表情で言葉はいう。


「美味いって顔じゃないよな」

「そう?じゃあこんな、感じかしら」

言葉は、パフェを食べながら嬉しそうな顔を作って俺を見る。

「はは、言われてからやられると違和感しかないな」

「いちいちうるさいわね。美味しいからいいじゃない」

それも、そうか。俺はコーヒーを啜りながら言葉を眺める。


「何?」

「何でも」

「欲しいの?」

「くれるのか?」


言葉は少し考えて、スプーンで生クリームのあたりをすくって俺の口元に持ってくる。


「はい」

「は?」

「欲しいんでしょ?はい」

「んん、さんきゅ」

俺は差し出されたスプーンをぱくりとふくむ。


「うん、甘いな」

「当たり前じゃない」

やってることは恋人同士のようなものだが、俺たちの会話には甘さを感じない。

胸の辺りが、少しだけザワリとする。


「あ〜んってしても特に何もないわね」

「何だって?」

「何でもないわ」

言葉が何か呟いたが聞き取れなかった。


「ごちそうさま。美味しかったわ」

「それは何よりだ」


俺たちは喫茶店を出て次は映画を観に行くことにする。

自然と言葉は俺の手に指を絡めてくる。


「ねぇ?」

「うん?」

「世の中の恋人達はこれが嬉しいの?」

言葉は繋いだ手を上げてまじまじと見つめる。


「そうだろうな」

「あなたは?」

「さあ?お前は?」

「わからないわ、でも・・・」

「でも?」

「ううん、やっぱりわからないわね」

「なんだそりゃ」


繋いだ手は暖かったが、俺も言葉も心はそれほどでもないらしい。







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