第六話 ハンナの考える『友達』

また、そんな二人と同じ時間に。


ハンナは、珍しく図書室で本を読み込んでいた。


「ん〜……」


普段は外で遊んだり、ミウの角音をコントロールする練習に付き合っていたりする彼女にとって、図書館なんて頼まれても来ないような場所だった。


どういう風の吹き回しか、なんて言われたらきっと何も言い返せないだろう。


実際それを象徴するかのように、ハンナはすぐに本を閉じて伸びをしてしまう。


「あー……やっぱ無理だー……」


自分の大きな溜息が、随分と空虚に感じる。


なんだかいつもの調子が出ない。


こんな古い本だらけのカビ臭いところにいるからだろうな、となんとなく周囲を見渡してみる。


(ったく、なんでこんな古臭いところに来ようなんて思ったんだろな)


天文学の追試・・・・・・がなければ、こんなところに来ないのに。


本棚が無数に配置されているから狭苦しく感じるだろうが、実際それらを取っ払えば天井の高さも広さもかなりのものであろうこの図書室。


(ハンナから見て)いらん知識ばかり仕入れるミウの情報によれば、このロミニアホルン角音女学院の図書館はこの国──ドラグニオ王国──から見ても一、二を争う大きさ、蔵書数であるらしい。


特に、角音に関する知識の粋が集められている点においては他の国と比較にすらならず、ここもロミニアホルンが名門たる所以でもある。


高さにして三階分あり、中央の椅子と机が置いてある読書スペースなんかは吹き抜けになっている。


蔵書の種類も様々で、子供向けの角音の指導書だったり(最初の一ヶ月はミウもお世話になっていた)、教科書や歴史書、また角音に関係なくとも天文分野の本だったり美術の本だったり。


まさに『何でも置いてあるを形にした場所』と言えるだろう。


実際、ハンナがたった今閉じた本も天文学の本である。


(やめたやめた。たまに勉強してみようなんて思ったのが間違いだったんだ)


席を立とうとするハンナ。


すると彼女の視界に、一人の少女の姿が止まる。


「これなんか面白そうだねぇ、クルル?」

「クルゥ!」


……あの変わり者だ。


肩にハッコウコトカゲのクルルだかなんだかを連れている変人。


ピルピィ・チル。


ただ、歴史的に貴重な資料なども置いてある図書館でそんなのが立ち入りを許されるわけもなく、図書委員らしき生徒に咎められている。


しかも、その手にはパンも握りしめて。


「また! あのねえ、ここは動物の持ち込み禁止よ!」

「えー? でも、ここ面白そうな本いっぱいあるのにぃ。あむっ」

「何が何でもだめ! あと、パンを持ち込むのも禁止! 本が汚れちゃうでしょ!」

「もー、禁止禁止って。なんでみんなクルルと仲良くしてくれないの?」


また話が通じてないよ、と呆れるハンナ。


基本的に彼女は常識が通じないので、しょっちゅう他の生徒とぶつかっている。


特にお嬢様たちは野生生物なんて嫌いだから、ピルピィは常に突っかかられている印象がある。


「入学した時にせんせーが『特別に連れてていいよ』って言ってくれたのになあ。ねえ、クルル?」

「クルゥ。クルクルゥ」

「そんなもの知らないわよ。ほら、他の生徒も気味悪がってるから、早く出て行って」

「うぅ……なんで……」


ただ、流石にああも言われていると可哀想でもある。


ハンナはその二人と一匹の元に歩み寄り、小さな音で角音を奏でる。


「ん? ちょっと、図書館内での角音は禁止むぐっ」

「まあまあ。要は食べ物しまって生き物の管理が出来てればいいんだろ? 小籠の角音で閉じ込めとくよ」

「……! ハンナぁ」

「ほら来いよクララ。大丈夫、広めのカゴだろ」


……クルルだもん、と泣きべそをかきながら呟くピルピィ。


そのカゴの中にクルルを誘導させた彼女を引っ張りながら、その図書委員らしき生徒に苦笑いをするハンナ。


図書委員も本当はトラブルに巻き込まれたくはないみたいで、ハンナに全てを任せたようにどこかに小走りしていってしまった。


「いーだっ」

「いーだじゃねーだろ。クララを連れてきたらそりゃ怒られるって」

「クールールーっ! ……だって、クルルと一緒に本が読みたくてきたんだもん」

「ふーん。動物に書いてあることなんて分かんのか?」

「分かんなくても一緒に楽しみたいの! クルルはオトモダチ・・・・・なんだから」


そういう彼女の言葉に、少しズキンとするハンナ。


それを感じ取ったのか、ピルピィはハンナに問いかける。


「ハンナ、今は怒ってないんだね」

「怒る? あたしが?」

「だってさっきからミウの方見てゴゴゴゴゴーッてしてた。クルルも恐がっちゃってた」


態度に出てたか、と思わず呟くハンナ。


別に、ミウに怒ってたわけではないのだが。


「でも今、クルルはすぐカゴに入ったでしょ? だから怒ってないって分かったの」

「……別にさっきだって怒ってねえよ。ただ、なんつーかモヤついてたっていうか……」


頬を掻きながら、バツが悪そうに呟く。


「なあ、話聞いてくれねーかな。どーしたらよく分かんなくてさ」

「?」


図書室の本棚、その横に一つずつ設置してある椅子に腰掛けて、ハンナは言葉を紡ぐ。


自分で言うのもなんだが、確実に言葉を選びながら話していた。


「あたし、筆記とかの勉強なんて全然出来なくてさ。でも、角人なんて角笛吹けてればそれでいいだろ? けど、実際は試験もあるし……」

「ふんふん」

「それにさ、あたしと同じで出来ないことだらけのミウを見てたら……少し安心出来たんだよ、勉強なんて出来なくても実技が出来ればいいって」


それは、ひどくん情けないというか、醜いというか。


出来ない人間だからこそ、同じ場所で群れ合いたかったのだろう。


「でも、あいつは突然角音が使えるようになって……それだけじゃなくて、この間の筆記試験でもめちゃくちゃ良い点数とってさ。なんか、思ってたのと違うなって」


求めていた友人関係とは、少し変わってきている。


それが、ハンナの心の中に小さな揺らぎを作っていた。


「そう思うと、ミウといつも通りに接してやれなくて。あいつはあたしより出来る奴なんだから、あたしと仲良くなんてしなくたって……」


自然と、ハンナの表情が曇る。


改めて自分の口で考えを言葉にする事で、なんだか自分がすごい嫌な奴に思えてきて。


だからハンナは、よりによってピルピィに答えを求めた。


「……なあ、どう思う?」


ただ、ピルピィは小さく唸った後に表情を歪めて答える。


「んん〜……わかんなぁーい」

「……ま、そりゃそうか。そんなの分かる感じじゃないもんな、お前は」


はあ、と溜息をつくハンナ。


予想してはいたが……これじゃあ、何のために喋ったのだか。


そう思ったハンナに、ピルピィはふと呟く。





「でも、ムズカシーこと考えてるんだね、ハンナは。別に気にしなくても友達は友達だと思うんだけどなぁ」





え、と聞き返す。


ピルピィは作った様子もない笑顔で、


「だって、友達なんてそんなこと考えなくてもなってるものでしょー? ピルピィ、グララについてそんな深く考えたことないよ」


と。


「別の人だもん、苦手な事も違うよね。私、グララと違ってムズカシー本とか読めないし、クルルみたいに光ったりもできないし」

「そりゃお前は人間だし……」

「でもでも、グララたちといるとすっごい楽しいよ!」


その満面の笑みが、あんまりにも眩しくて。


なんだか、悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。


「楽しい……」

「ハンナはミウと一緒にいて楽しくない?」

「そ、そんな事ねーよ! でもよ、なんか……あたしがつるんでるの、相応しくないっていうか……」


卑下的すぎるだろうか。


なんだか、自分らしくないっていうか。


うじうじしているのもそうなのだが。


俯きながらそう呟くハンナ。


すると、





「ハァァァァァンンンンナァァァァァそおぉぉんなことないよぉぉぉぉ‼︎‼︎」

「うぉぉおおおおおおおっ⁉︎」





泣きべそを溢れるほどかきながら、ハンナにミウが抱きついた。


その奥には、苦笑いをしながら手を振るグラーシェがいた。


「す、すみません。盗み聞きをするつもりはなかったんですが……」

「ぐすっ……相応しいとか相応しくないとか……そんなの関係ないよぉぉ!」

「うわばか! やめろばっちぃ! 鼻水! はーなーみーずー!」


結局、ミウとハンナの喧嘩未満のイザコザは、これで終焉を迎えた。


ミウが疑問に思っていたことは、ハンナが自分自身で答えを出してしまっていた。


そして、この時点でハンナが天文学の追試・・・・・・を合格しなければ単位が危ないということがその場にいる四人に知れ渡ってしまった。


その対策として、『ハンナ追試合格連合』が設立される────。

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