第21話 彼の誤算と彼女の涙2

「リサ……」


 その呼びかけに気づいたのは、イオニスの部屋へと続く地下への入り口だった。

 誰にもここの事を知られてはいけない。

 それを思い出して警戒も露わに振り返ったリサは、茂みの前で立ち尽くすユシアンの姿に困惑した。


「あ、あのユシアン。心配してくれてたのにごめんね、私どうしてもここの地下探索の前準備をしておきたくって、つい……」


 言い訳をとっさに口にしたが、ユシアンの苦悩するような表情は変わらなかった。


「あれは、イオニス王子なのか?」


 ――見られていた。

 イオニスの名前が出たとたん、リサは彼が全て知っていることを悟った。

 冷水を浴びせられたように頭から血の気が引く。頭の中がパニックになりそうになりながら、リサはユシアンに頼んだ。


「お願いユシアン、誰にも内緒にしてて! 誰かに閉じ込められてて、そこをたまたま掘り当てちゃったの。で、助ける約束をしたの」


「リサ……。危ないから、もう彼と係わっちゃいけないよ」


 止めようとするユシアンに、リサは彼の腕をつかんで首を横に振った。


「あの人を助けるのと引き替えに、貧民街のみんなを都民にしてって取引をしてるのよ。でも誰かにバレちゃったら、彼を閉じ込めた人にまで、逃げるつもりだってバレちゃう。だからお願い!」


 ユシアンを見上げて懇願する。

 しかし彼は、眉間に深い皺を刻んだまま黙り込んでしまった。

 ユシアンも貧民街の人々の状況は知っていて、どうにかしたいと言ってくれていた。だから危険は承知していても、最後には了承してくれるとリサは思った。


「ね? みんながもっと豊かに暮らせるようになるのは、父さんの夢だったし」


「だけどリサ、これは探索とは違うんだ。王子が閉じ込められているのだから、間違いなく敵も貴族か王宮に影響力が強い人間だ。万が一君が王子の逃亡に係わったとわかれば……」


「探索だって充分危険よ。今までだって父さんのくれた知識がなかったら、私も落盤事故で地下に埋もれててもおかしくなかったわ。これからだって無事な保障なんてない。それに、脱出の手伝いをするだけよ」


「それとこれとは違うんだ!」


 ユシアンが叫んだ。

 普段怒ることのない彼の怒鳴り声に、思わずリサは身をすくめる。それに気付いたユシアンが我に返った。


「ごめんリサ。とにかく駄目だ。頼むからこのお願いだけは聞いてくれ」


「どうして……」


 問いかけたリサに、ユシアンは訥々と話してくれた。


「さっき話しただろう? 王家に反旗を翻そうとしてる者がいるって話。あれにイオニス王子が関わってるって噂がある」


 ユシアンは貴族から父親が聞いたと、その話を語った。


「元々、王宮では王子が国王に似ていないという話は、知らない者がいないほどなんだ。それに王妃も子供であるはずの彼に冷たい」


 不義の子だと噂が立って、けれど国王も彼を庇ったりはしていなかったそうだ。


「むしろ国王ですら彼には無関心で……それなら、自分が一足飛びに王になろうとしてもおかしくないだろう?」


「だってあの人は今も閉じ込められてて……」


 それなのに、イオニスが待っていれば得られる王位を今すぐ手に入れようなどと、できるわけがない。

 でも、とリサは心の中に引っかかるものを無視できない。


 イオニスは本当に国王夫妻の子供ではないのだ。それを調べさせたのだから、両親だと思っていた二人に対して隔意はあったのだろう。

 それに母親すらも違うと聞いても、一瞬だけしか彼は驚かなかった。予想されるような状況だったのかもしれない。


 こうも考えられる。

 元々イオニスが両親を排除する予定だったからこそ、彼は驚かなかったのだと。

 それを察した誰かが、彼を幽閉したとも仮定できる。


「幽閉は僕も知らなかった。だけど逃げ出したら、王子の起こした反乱に君が巻き込まれてしまうかもしれない。もし反乱が失敗して彼が処刑されることになったらどうなる?」


 処刑という単語に、リサは自分が思った以上に衝撃を受け、その場に立っていられないようなほど足が震える。 


「たとえ脱出させるだけでも十分危険だよ。下手をすると、脱出してしまえば君が邪魔になって殺そうとするかもしれない」


 その言葉が信じられず、リサは声を失う。

 イオニスが、リサを利用した後は殺せばいいと思ってる?

 それなら、取引として要求したリサの願いも、彼は最初から叶える気がないということになってしまう。


 反乱にもし荷担しているとしたら、なおさらだ。国王の命を狙って捕まった場合には死刑しかありえない。

 でもイオニスは、死ぬかもしれないことすら覚悟していたのだろうか。

 だとしたら……そこまで彼の両親に対する反感は、強かったのかもしれない。


「騙されてるんだよリサ。王族がそう易々と貧民街の人間の願いを聞いてくれるわけがない。今なら彼のことを知らなかった振りができる。だから君に近寄ってほしくないんだ」


 わかったら、せめて明後日が過ぎるまでは様子を見て欲しい。

 そう言われたリサは、ただうつむく事しかできなかった。

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