第13話 彼女の探索3

 リサはユシアンに先導されて、屋敷の中庭を通り抜けた。


 先ほどまでいた所よりも、屋敷からの明かりも届きやすい場所を通った。

 だからリサは、自分が一体どんな服を着ているのか、その色をようやく確認できた。


 バラ色よりもほんのりと紫の強いフューシャの色だ。

 今までの人生で、こんなに明るい色を着たのは、この世界へ転移してきて初めてのことだ。


 おかげで、リサはすっかり緊張してしまった。行き交う人はおかしいと思っていないだろうか。

 なんだかみんなが自分を振り返っている気がする。

 顔だって埃で汚れているだろうに、こんなみすぼらしい娘が派手な色を着てと、笑っているのではないだろうか。

 ああ、みんな綺麗に髪を結い上げて花も挿している。そもそもリサは髪を梳くことすらしていない。


 いつも口元まで覆っている布や帽子がないので、なんだか心許なかった。

 長い裾に隠れるからと靴だけはいつものままだが、そうでなければ緊張のあまりふらついていただろう。そう思っているのに足元がおろそかになり、長い裾を踏んで転びそうになった。


「……気をつけて」


 抱き留めてくれたユシアンに、リサはうなずくことしかできなかった。

 おかしいとおもったはずなのに、ユシアンは何も言わない。それがリサにはありがたかった。


 やがて小さな蔓草のアーチを通り抜けると、ようやくドレス姿の人々はいなくなる。

 代わりに黒っぽいお仕着せ姿の女性や、ユシアンのような簡素なシャツ姿の男性が行き交う。


 更に奥が屋敷の勝手口になっていたようだ。小さな門の前に、屋根のない馬車と御者台に座った知り合いの顔をみつけ、リサはほっとした。


「やあ久しぶりだねリサ! 前よりも綺麗になったんじゃないかい?」


 御者台から手を振ってくれたのは、ユシアンの叔父クリストだ。

 体格も良くてがっしりとした壮年の男性だ。口ひげも男性的でありながら、決して粗野には見えないよう整えてある。金の短髪はユシアンよりも淡い色をしている。


「そんな、前に会ってから一週間しか経ってませんよクリストさん。そんなすぐどうこうなるわけないじゃないですか」


 慌ててリサは否定したが、クリストは眼を細めて微笑んで言った。


「女の子はほんの一瞬で綺麗になってしまうものさ。ドレスもとても君に似合ってる。綺麗だよ、リサ」


 綺麗だなんて言われ慣れていないリサは、口を開けてぽかんとクリストを見上げてしまった。その対応に、クリストは情けなさそうな表情になる。


「リサ、どうもこういう台詞は聞き慣れていないようだね?」


 尋ねられて「はぁ」と、困惑しながら答えた。 

 急に褒められてリサもどうしていいか混乱してしまったのだ。


「でも本当に綺麗だ。オットーが君のその姿を見たら、他の男には見せてなるものかと、ドレスを取り上げられてしまったかもしれないね」


 言われて、リサはそうかと納得した。

 養父がそんなことを言うとしたら、親が年頃の娘を心配してのことだろう。きっと父親がわりのつもりで、クリストはリサを褒めてくれたのだ。


「ありがとうございます、クリストさん」


 丁寧に御礼を言うと、クリストは小さくため息をついてユシアンを手招いた。


「だめだろうユシアン。常日頃から女性は褒め称えるべきだと教えてきただろう」

「え……その……」


 なぜユシアンを責めるのか、わけがわからないまま馬車に乗せて貰ったリサは、ようやく家に帰り着いたのだった。

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