第2話 地下迷宮の王子様1

「さて、こちらは都市遺跡から発掘しました、便利器具!」


 リサが商店主の前に取り出したのは、円錐型の物体。

 上半分はガラスで中が見えるようになっていた。


 恰幅の良い商店主はうさんくさそうにリサのやることを見ていた。

 リサの着ているシャツも葡萄酒色のチュニックもあちこちすり切れて、あまり裕福には見えない。

 いつもなら「貧乏人はあっちへいけ」と追い払うのだが、使い古したマント以外は刺繍を足したりと手を入れているし、肩を超す黒髪はそれなりに手入れをされていて、やや鼻が低めな顔も綺麗に洗ってあるのがわかるので、貧民層と判断しにくいのだ。


 何か拾って来た、平民の子供かもしれないので、とりあえず話を聞くことにしたようだ。

 思惑通り、とリサは思いつつ、ガラス部分にリンゴを入れる。


「このようにリンゴを入れて、このスイッチを押すと……」


 パチンとスイッチを押したとたんに、リンゴが勢いよく砕かれていき、ジュース状になってしまう。


「これであっという間にリンゴのジュースが出来上がります! 何よりコレで作れば、果肉部分も一緒に飲み込めるのでお通じにもよく、美肌になります!」


 美肌と聞いて、店内にいた高価なドレスを着た女性達が振り返った。

 彼女達の目は店主に向かって「早くそれを仕入れなさい」「買うのは私よ!」と圧力をかけ始めている。

 頭のてっぺんがはげてきていた店主は、品物よりも女性客の視線に負けたようだ。


「わかったわかった。これを買おう」

「まいどありがとうございます」


 ぺこりと一礼したリサは、店主からお代と引き換えに物を渡し、いきようようと店を出たのだった。

 その店は、骨董品店。

 一見するとリサの売ったものは畑違いのものに見えるが、立派な骨董品なのである。


「最近あの店、古代の遺物を扱ってるんですって」

「遺物って、なんだか魔法の品とかいうもの?」

「そうよ。なんだかとても便利なものとか、綺麗なものがあるって聞いたわ」


 そんな話をしながら、先ほどの店へ入っていく女性達とリサはすれ違う。

 彼女達の言う通り、リサが売ったのは古王国時代の遺跡から出てきたものだ。


「私にはジュースミキサーにしか見えないから、骨董品扱いされるとちょっとびっくりするよね」


 リサは十五歳になっていた。

 今は養父の後を継いで王都の地下にもぐっている。そこには古王国時代の遺跡が広がっているからだ。

 

「でも、昔見たTVの聞きかじりだったけど、美肌って言葉はほんと効果があるんだなぁ」


 あまり良くない思い出が多い、転移前の生活の記憶だけど、今はそれも役立っている。

 そんなリサは美肌どころか、食うや食わずの状態だ。

 これからも、肌のハリなんて気にしている場合じゃない生活が続くだろう。


 でもリサはこの仕事や生活に誇りを持っていた。

 誰よりも自分を慈しんでくれた養父。彼が生涯続けた仕事を、自分もしているのだ。そして養父がくれた人との繋がりも、リサの今を支えてくれている。

 そんなことを考えながら歩いていた時だった。


 角を曲がったところで、男達が立ちふさがっていた。

 男は着古した上着に擦れた下履き姿。貧民街育ちのリサとどっこいどっこいの服装だ。裕福ではないとすぐ分かる。だからこそ厄介だった。


「この不法者め。全うに生きてる都民様にお前等が地下から盗んだもので金を稼ぎやがって。よこせ!」

「盗んじゃいないわよ!」

「うそをつけ!」


 言い返しても信じない相手に、リサはため息をつきたくなる。

 リサが身を寄せる貧民街の住人は、税を払えないため都民登録を削除され、夜逃げした末に王都の片隅に固まって暮らすようになった者達だ。


 だからといって、何も払っていないわけではない。

 特に、貧民街の人間が古王国の地下遺跡への入り口を発見し、古王国の遺物を裕福な商人達に売ることで、生活の糧を得られるようになってからは、貧民街に居続ける許可を正式にもらうのと引き換えに、定められた通りの税金を払っている。


(って何度か説明したけど、聞いてくれないもんな……)


 話し合えばわかってくれるよ、と教えてくれた元の世界の母を思い出す。

 もう顔もよく覚えていないけれど、この世界ではあまり話し合いが通じないことが多いみたいだ。

 それが『異世界』との違いなんだろうと、リサは思う。


 現然たる身分差の壁と、教育が行き届かないからこそ、話し合いが通用しなくなることも。

 それが嫌とかではなく、これが自分の世界なのだと、今は思えている。

 こういうことがわかるのも、日本の記憶だけではなく、博識だった養父がリサに沢山のことを教えてくれたからだ。


 リサは腰にくくりつけた袋に手を突っ込み、黒いキューブを取り出す。


「……解呪」


 一言唱えながら、キューブを前方に叩きつけた。

 白く埃を舞い上げながら暴風が吹き荒れる。


「うわっ」


 目の前にいた男は風に足元をすくわれて倒れた上、そのまま近くの壁まで飛ばされた。

 リサは荒れ狂う空気を追いかけるように、その横を走り抜けた。

 そして追っ手が来ないうちに王都の中を流れる川へたどり着き、目的地である低木に覆われた地下への入り口へ飛び込む。


 リサを暗闇が迎える。

 鼻をくすぐる湿った土と苔の匂いに安堵した。

 ここまで来れば大丈夫だろう。リサはほっと息をつく。


「そもそも、奪われてかまわないほど裕福なわけじゃないのよね」


 いくら遺物を売って稼いでいるとはいえ、貧民街住人だからと買い手に足下をみられて、実入りは良くない。

 税金は払わされているものの、見逃す対価でしかないのだ。

 正式な都民ではないので、不法な値をつけられても抗議すらできない。


 その上、高く売れそうな遺物はそうそう見つからないし、おかげで都民登録できるほどの金は貯まらない。

 リサ達は貧民街から脱出できないまま、なんとか生活を保てるだけの収入を得るため、毎日地下に潜っているのだ。


 けれど王都の底辺の者達にとっては、それは信じられない事らしい。

 税から逃れた上、高価な品物を売って裕福に暮らしている、なんて勘違いされているのだ。そのため最近は貧民街住人への追いはぎが増えていた。


 貧民街の住人側が、数少ない収入源を他人の手に渡したくないがために、新参者を追い返してしまうのもその原因の一つではある。

 独占していると言われようと、リサ達はこの職を手放せば明日食べる物にも事欠くのだ。


 リサは腰からぶら下げていたランプに、月光石を入れ辺りを照らす。

 水を満たしたランプに白い石の欠片を入れると、ぼぅっと光を発した。


 周囲は石積みの壁で囲まれ、前方に伸びて暗闇に沈む細い道があるだけだ。

 大人では容易に通れないだろうそこを、小柄なリサはランプを片手に背嚢を背負って通り抜けていく。


 この洞穴の闇の先には古えに栄えた王国の歴史が眠っている。それを想像するだけで、彼女の心は浮き立つ。


 遙か昔に滅びてしまった古王国。

 魔法が栄えたその国は、ある男が悪魔を呼び出したことで崩壊したと、お伽噺で語り継がれている。しかし古王国の都市は地下に埋もれてなお、様々な魔法の遺物を隠しているのだ。


 風もないのに回り続ける風車、手を叩いただけで明かりが付くランプ、ねじも回さないのに音楽が鳴り続ける箱といった嗜好品。そして武器。

 種類は様々だ。


「異世界転移者の私から見ると、使い方がわかるものも多いけど、電気もないのに動くのが不思議よね。一体どうなっているのかな。やっぱり魔法?」


 そんな希少な物を見つけられるけど、遺物発掘は嫌な事が三拍子揃った仕事だ。

 暗い、汚い、きつい。

 雨水が染み出している場所があっても、淡いランプの光ではよく見えない。そのため足下がぬめっとしてから気づく。

 リサはブーツを足ごと振って泥を飛ばし、さらに前に進んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る