第2話

安紫 今日って緑子来るっけ。


赤音 来ないんじゃないか?


安紫 えーせっかく誘ったのに。


赤音 まあ、いつものことだろ。


安紫 お菓子も作ったのになあ。残念。


赤音 ああそうかそれなら次回も手伝えよ。


安紫 あ、そうだ。鶏ってさ、卵を産むじゃん?でも鶏って卵から産まれるだろ?


赤音 何だ唐突に。


安紫 思いついたんだもん。


赤音 はあ。⋯確かにそうだが、それがどうしたんだ?


安紫 たまにさ、どっちが先なんだろーって考えるんだよね。


赤音 私は気にならないけどな。


安紫 えー?


黒斗が現れる。

その後ろに隠れるように、遅れて真白もやってくる。二人は気がついていないようだ。


黒斗 やあ、二人とも。


赤音 黒斗。早かったな。


安紫 もうすぐ準備終わるよ。


黒斗 ごめん、二人に任せちゃって。


赤音 構わないさ。


安紫 赤音、楽しみで早く来すぎちゃったんだもんねー。


赤音 うるさい。黒斗、カップを取ってきてくれるか?


黒斗 わかった。


黒斗、歩き出す。

隠れていた真白の姿が顕になり、ようやく二人は彼女を認識する。


赤音 真白⋯?


真白 え?


安紫 真白ちゃんじゃーん!久し振り!


安紫、真白の手を取りぶんぶんと振る。

真白は困惑している。


真白 あの、どうして私のことを知っているんですか?


安紫 え?またまたあ、何かの冗談⋯


赤音 どうでもいいだろ、そんなこと。お前こそどうしてここにいるんだ?


真白 ⋯わかりません。


黒斗、二人分のカップを持って戻ってくる。


赤音 そう。⋯急いでなければ、お茶会に参加していかないか?


真白 お茶会?


安紫 そうだよ!どうせだし、ね?


真白 ⋯じゃあ、お言葉に甘えて。


安紫 ようし!赤音、真白ちゃんのカップってどこだっけ。


赤音 探してから聞け。


安紫 あい⋯。


二人、準備に戻る。


真白、辺りを見て回ると、飾られた絵に興味を示す。

空、太陽、鳥、木に実る果実たち、蝶。それらが鮮やかに描かれたそれは、彼女の瞳を惹きつけて離さない。


黒斗 この絵が気になるのかい?


真白 ⋯不思議。どこかで見たことがあるような気がする。


黒斗 ⋯これはね、僕の、大切な絵なんだ。綺麗だろう?


真白 ⋯はい。とても。



安紫 ⋯で、結局鶏と卵、赤音はどっちが⋯


赤音 卵が先だな。


安紫 へー⋯へっ?赤音も?俺も俺も!いぇーい!


赤音 ⋯。


安紫 いぇーいー!


赤音 ⋯。


安紫 無視!?


黒斗 二人とも、何の話をしているの?


赤音 鶏と卵。先に存在していたのはどっちかって話だよ。


黒斗 へえ。何だか、難しそうだね。


安紫 言い出したの俺だぜ!


赤音 はいはい凄い凄い。


黒斗 それで、赤音は卵が先だと思うの?


赤音 ああ。原因と結果で考えてみるんだ。卵という原因からは、雄鶏雌鳥、性格体格の違う鶏という多様な結果が生まれる。しかし、鶏が発生させるのは卵という事象ただひとつだけ。この場合、先に存在した原因として考えるならば卵の方が⋯


安紫 すとっぷ!すとおーっぷ!わかんないよ!


赤音 ⋯安紫にもわかるように説明すると、


安紫 うぐっ、言い返せない。


赤音 色々な可能性を持つ卵の方が、未来に繋がっている感じがするだろ?


安紫、立ち上がるとガッテンポーズ。

やっと理解したかと満足気な赤音。


安紫 わからん!


赤音 何だよ!


安紫 でもなんかそれっぽい!うん!


赤音 あのなぁ⋯。


安紫 俺はさ俺はさ、遺伝子ってやつだよ。遺伝子って卵の時に変化するじゃん?⋯だよね?ね?


赤音 合ってるぞ。


安紫 よかった⋯。で、鶏って多分、他の生物が進化して生まれたじゃん?だったら、他の生物の卵が変化して、そこから鶏が生まれた!ありそうだろ?


赤音 ⋯安紫にしてはまともな意見だな。一理ある。


安紫 なっ、この俺が赤音を納得させる日が来ただと!!


黒斗 珍しいね、赤音が説得されるなんて。


赤音 説得はされていない。私は私が良いと思うものを選んでいるだけだ。


藍衣 鶏が先なのではなくて?


赤音 藍衣。


安紫 準備は終わってるよ。


藍衣 そう、ありがとうね。


藍衣 ⋯こんにちは、真白。


真白 こんにちは⋯。


安紫 それで、藍衣はどうして鶏が先だと思うの?


藍衣 簡単なこと。因果論も進化論も、机上の空論よ。鶏の体内に存在する物質が、卵を作り出すのだからね。


安紫 じゃあ、鶏はどこから来たんだ?


藍衣 元々居たのよ、突然変異とかで。


安紫 突然変異⋯!つまり卵の中で遺伝子が変化した!どうだ、俺はお前を論破したー!


藍衣 卵でしか遺伝子が変化しないとは限らないじゃない?


赤音 そうだな。


安紫 えー!?あ、じゃあ黒斗は?どう思う?


黒斗 え、僕?うーん⋯どちらにしても、何も変わらないし⋯。


藍衣 どうでもいい?


黒斗 まあ、正直なところ。


安紫 んじゃ、真白ちゃんは?


真白 わ、私は⋯。


赤音 ん?


真白 ⋯よく、わからないです。


安紫 そっかー。


赤音 ま、わからないってのも一つの意見だ。⋯それより、早くお茶会を始めよう。お茶が冷めてしまうからな。


藍衣 そうね。それじゃ、いただきます。


黒斗 いただきます。


安紫 あ、藍衣。そのクッキーとって!


藍衣 これ?はい。


安紫 わーい!


赤音 お前は犬か⋯。真白も遠慮はしなくていいぞ。


真白 は、はい。


赤音 このケーキとか、全部手作りなんだ。


黒斗 そうなんだ。⋯何だかとても甘そう。


赤音 そこは美味しそうっていうところだろー?


真白 美味しい⋯。


赤音 本当か?


真白 ほ、本当ですよ!


黒斗 あ、でもこの紅茶、すごく美味しいね。


赤音 でもって何だ⋯。まあ、紅茶はプロからのご指導があったからな。こっちも結構自信あったんだ。


黒斗 プロ⋯ああ、なるほどね。


藍衣 お菓子も、上等だわ。


安紫 だろ!俺も手伝ったんだぜ!


藍衣 あなたが⋯?赤音、大丈夫だったの?


安紫 え、大丈夫ってなに。


赤音 まあな。少し材料が犠牲になっただけだよ。


安紫 わざとじゃないって!


藍衣 哀れな材料⋯生まれた目的を達成することなく消えていくだなんて。


安紫 え。


黒斗 安紫の手により、罪のない材料が捨てられていく⋯。


安紫 う。


赤音 材料は使われる相手を選べないんだ⋯不幸なことに。


安紫 うわぁぁぁ材料ごめんなさあぁい!


赤音 はは、そう思うなら以後気をつけることだ。


安紫 あい⋯。


安紫 あ、最後の一個もーらい!


藍衣 あなたは遠慮しなさすぎよ。


赤音 許してやれ、こいつにしちゃあ頑張って働いたし。


安紫 そうそう、ほいこーろーってやつ?


黒斗 回⋯鍋肉?


赤音 ⋯功労賞?


安紫 そうそれ!


藍衣 それは赤音にあげるべきだわ。安紫のお守りまでしたのだから。


安紫 お守り!?


赤音 本当、私の苦労も少しはいたわれよ。


安紫 労わってるよー。


赤音 あーそう。…ごちそうさまでした、と。


黒斗 ごちそうさまでした。


安紫 ふいー。うまかったー。


赤音 …さて、片付けの時間だな。


安紫 じゃ、俺も帰る時間かな。


逃げ出す安紫を、赤音が捕まえてくる。


藍衣 安紫、あなた…。


黒斗 安紫は片付けが苦手だからね。


安紫 そうそう、個性の尊重。そういう時代だよ?


藍衣 苦手から逃げてばかりでは成長しないわよ、ボクちゃん?


安紫 あ、あー、そういえば真白ちゃんさ、得意不得意って、あるの?


赤音 話をそらしやがったな…。


真白 ⋯私ですか?


藍衣 好きなこととか。


真白 …お絵描き。昔からよく描いていた…ような…。


赤音 曖昧だな。


真白 ごめんなさい…。なんだか、自分の事も、よくわからなくて。


安紫 え、自分の事も?


黒斗 絵を描くのが好き。それだけは覚えているの?


真白 …はい。


黒斗 他に…例えば、家族とか。


真白 家族…。


赤音 家族も覚えていないか。これは大問題だな。


真白 ご、ごめんなさい。


赤音 ああ、責めているわけじゃないよ。


藍衣 きっと混乱しているのね、突然ここへ来たのだから。


安紫 そのうち思い出してくるよ。


藍衣 まあ、まず、思い出したいと強く思わない事。求める気持ちが雲になって、目の前を覆ってしまうの。


安紫 俺は、やっぱり自分から探した方が見つかりやすいと思うけど。だって、どこかに隠れてるかもしれないだろ?


赤音 まとめると、焦らず探せってことだな。幸い時間は充分あるし。


真白 探す…。


黒斗 でもまずは、みんなに会ってみない?


真白 みんな、ですか。


黒斗 ここには、他にも仲間がいるんだ。


安紫 あいつら、真白ちゃんに会えば喜ぶだろうな~。


赤音 あ…そうだ、お茶っ葉を返しに行かないとなんだ。


黒斗 返しに?


安紫 緑子に貸して貰ったんだ。


藍衣 緑子本人は参加していないのに。


赤音 「私は一人で好きに飲むのがいいんですぅ」だと。


安紫 うわぁ、あいつらしい。


黒斗 じゃあ、緑子の家に行こう。


真白 …緑子さん。


藍衣 ああ、緑子ってのはね、「そんなの私の勝手じゃないですかぁ」って、自己中心的な奴よ。


赤音 悪い奴ではないがな。


黒斗 うん。真白、会ったら何か思い出せるかもしれないし。


真白…はい。会ってみます、緑子さん⋯。


赤音 ただし。片付けが終わってからだがな?


安紫 わ…わかってるって。


赤音 よし、じゃあまずこいつを運べ。


安紫 ちぇっちぇー⋯。

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