セリカの章

消えてしまったセリカ

※前話を飛ばした人向けのあらすじ※

 パルタスを追い返し、その後絹作りの教科書ができたと聞いて工房に向かったディアナは、教会のならず者に捕まってしまう!

 セリカも同時に消えてしまい、絶体絶命のピンチのディアナだったが、同時に居合わせたレーンの友だち、レミーがならず者を倒し、九死に一生を得た!

………………………………………………………


 ディアナに名前を呼ばれ、レミーはうなずく。


「覚えてるか? 蛾のペンダントのこと」


 ディアナはうなずく。

 レーンがくれたあのペンダント。

 あれが、全ての始まりだった。


「レーンがくれた、あれのこと? うん。でもあれはペンダントじゃなかったよ。生きてる蛾だった」


 動き出した蛾のこと、セリカのこと、絹づくりを始めたこと。

 色々なことが頭の中をかけめぐって、ディアナは何も言えなくなった。

 ぽつり、とディアナの足元に透明なしずくが落ちる。


「ならず者は全員倒したことだし、血を落とそう。な?」


「うん……」


 レミーはディアナを抱えるようにして、近くの小屋まで連れていった。


「ありがと。あそこにレミーがいなかったら、私死んでたと思う。すごい偶然だよ」


 レミーの服を貸してもらい、ひと心地ついてやっと、ディアナは口を開く気になった。


「……偶然じゃないんだ」


 レミーは、蚕のペンダントを売ってからのことをディアナに話した。

 蚕のペンダントがノーデンの次期領主、オーランド様のものだったらしく、知らずにレーンに売ってしまって怖くなったこと。

 その矢先、ディアナが死んで、レーンが王都に行ったと聞いたこと。

 レーンのことが心配だし、また話したいと思ったのに加えて、知らなかったとはいえオーランド様のペンダントを売ったことがバレたらただじゃ済まない、と思って王都にきたこと。


 ディアナがならず者に襲われた一部始終を目撃して、咄嗟にディアナを助けたのだった。


「レーンと同じ顔の人間って言ったらあんたしかいないのに、俺はひどい勘違いをしてあんたを付け回してた、本当に悪かった、レーンにあんたのこと頼まれてたのに」


「私のこと、レーンの偽物だとわかってたの……?」


「……悪魔がレーンのふりをしてなにか企んでると思ってた」


「……悪魔」


 悪魔という言葉を聞いて、ディアナはボロボロ泣き始めた。

 セリカは、いなくなってしまった。

 悪魔じゃなくて、幽霊だったけど。

 セリカは私に、たくさんのことを教えてくれたし、ずっと一緒にいてくれた。

 セリカは、私の王都に来てから一番の友達だった。


「どうした!? どっか痛むか!? 見えるところの怪我はなかったが……あいつら、やりやがってたのか!?」


 慌てて背中を優しくさすってくれたレミーに、ディアナは首を振った。


「違う……痛いわけじゃないし、あのならず者たちには服を破られただけ……悪魔に操られてた、っていうの、半分合ってるの……でも全部ウソだったの」


「……どういうこったよ?」


 けげんそうな顔のレミーに、ディアナは沈んだ声でいう。


「セリカが、セリカがいなくなっちゃったよ……」


 改めて言葉にすると寂しくなってしまい、ディアナはまた泣き始めた。

 ディアナは涙をすすりながら、セリカと出会ってからのことを、思いつくままに話した。

 娼婦を雇うと決めたことの次に、一番最初に地下で出会った時のことを話したりとしっちゃかめっちゃかな話ぶりだったが、レミーは何も言わず、ただディアナにうなずいていた。


「黒髪で、顔に火傷のある幽霊で、肌の色がちょっと黄色っぽいから普通の人間とは違うから本当に悪魔だと思ってたの」


「黒髪で、火傷があって、肌の色が黄色っぽい?」


 ディアナの言葉に、レミーの空気が変わった。

 それはならず者を容赦なく斬り捨てた時のレミーに似ていて、ディアナは少し怖かった。


「そうだけど、なんだかレミー、ピリピリしてない?」


「そうか……そうかもな」


 そして、レミーはぎこちなく笑った。


「落ち着いたか?」


「うん……」


「その悪魔のこと、見覚えがある。だけど、今日は一旦帰ろうか」


「うん。でも先に、工房に寄って。もって帰りたいものがある」


 レーンに付き添われて工房へとディアナは向かう。

 工房の入り口に、心配そうな顔をした


「デ……レーン様! ご無事でしたか! すぐそこの賊からお離れください!」


「違うんだ、ブレナン先生!」


 ディアナが誤解を解こうとブレナンに駆け寄ると、ブレナンはディアナとレミーの間に立ち塞がった。


「レミー! 貴様デ……レーン様になにをする!」


「俺は……デ……レーンを助けただけだ!」


「そうなんだよ! ならず者に襲われたところをレミーに助けてもらったんだ!」


「本当に? 身ぐるみはがされたわけではなく?」


「そうだ。ブレナン先生、ついてきてくれ。デ……レーンは、荷物を持って帰って」


「……分かった。だが一人護衛をつけさせてもらうぞ」


 ブレナンとレミーは、ディアナの護衛のうち一人を連れて、路地の闇に消えていった。


 ディアナが活版印刷で作った絹作り成功チラシと養蚕教科書を馬車に積み込んだ時、三人は戻ってきた。


「……この少年が言っていたことは、真実のようです」


 王城へと向かう馬車の中で、ブレナンが苦々しくいった。

 レミーが真顔でうなずく。


「こんな場所だから死体が片付いていないかと思ったが、もう神父が来ていた。ならず者の死体を片付けにさっさと神父が来るのもおかしい話だろ? 確実に、ディアナは教会から狙われてる」


「そういえば、今日きた貴族が、神のしもべはどこにでもいる、って言ってた」


 ディアナがつぶやくと、レミーは真剣な表情でブレナンを見た。


「つまりはそういうことだ。で、ブレナン先生よ、俺をディアナのボディーガードとして雇っちゃくれないかい? 事情が分かってるから、着替えの時でも同室にいられる」


「レミー! なんとはしたないことを!」


「いいよ。雇う」


 ブレナンは怒ったが、ディアナは即答した。

 恐ろしい目にあって、セリカもいなくなって、ひとりになるのが、ディアナには一番怖かった。


 そんなこんなでレミーがディアナのボディーガードになったある暇な日、レミーがディアナに話しかけてきた。


「なあディアナ……様」


「ディアナでいいよ。レミー、話ってなに?」


「セリカって奴、本当に幽霊なのか?」

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