女であることの証拠

 明日から蚕の世話の仕方を変えるとセリカに言われ、早く眠りにつこうとしたが、どんな風に世話のやり方を変えるのか気になり、ディアナは目が冴えてしまった。


「ねえセリカ。明日、何をするの?」


『カイコとクワコの合いの子、葉を食べなくなってうろつき出したじゃない?』


「うん。元気、なくなっちゃったのかな?」


『いいえ。虫たちは繭を作る準備をしているの。飼育箱に、四角い枠たくさんと、よく水を吸う布か紙を入れてくれる?』


「なんで?」


『蚕の性質として、足場がないときれいな繭を作れないの。それと、蚕の幼虫は繭の糸を吐く前に体の余分な水分をおしっこみたいに出すんだけど、これに繭が濡れると絹の品質落ちるのよね』


「へえー。じゃ、早速やろっか」


 ディアナはセリカの指示通り、紙を切り張りして蚕の足場を作ってみた。淡い燭台の薄暗い光の下での作業は、考えていたよりも結構大変だった。


「セリカもなにか手伝ってよ」


『物理的干渉はできません。手を動かすのはあなたの仕事』


「人使いが荒い……」


『いずれ教科書なんかも書きたいけど、私ペン持てないから、あなた代わりに書いてね?』


「人使いがすごく荒い……」


『いいじゃない、あなた虫の絵が上手いんだし。図解があるとわかりやすさ違うのよね』


「そう? ありがとう。あれ? セリカの前で虫の絵書いたことあったっけ?」


 褒められたのは嬉しかったが、王都に来てから虫の絵は描いていない。王城の底に封印されていた悪魔のセリカが、どうして私の絵のことを知っているのだろうか。ディアナは不思議に思った。


『あったんじゃないの? 忘れてるだけで。あと、私は物理的干渉はできないけど、身請けした女の子たちなら普通の人間だから普通に手伝ってくれるんじゃないの?』


「そうだった」


 なんだかごまかされたような気がする。でも、今はディアナは翌朝、ミルキーたちに蚕用の枠を作るように指示した。


「こんな風に、紙を格子に組んでいくんだ。出来る?」


「細かい作業なら得意だよ。木工細工も」


「わたしも、問屋で働いていた時にこういった梱包材を作っていましたの。慣れていますわ」


「じゃあ、サラとメリッサ、お願いしていい?」


 二人に枠づくりを任せ、ディアナは飼育棚の掃除を始めた。掃除がひと段落ついて二人の様子を見ると、メリッサの表情がいらだっていた。前かがみになって厚紙を格子に組んでいるから、結んでいないメリッサの長髪は何度も何度も格子の上に落ちる。


「うっとうしいですわ、本当に」


 くすんだ亜麻色の髪を背中に追い払い、メリッサが愚痴った。


「切っちゃえば? そんなの」


「でも……これが無かったら……呼んでもらえませんわ。わたし、ぶさいくですし」


 メリッサは出っ歯だ。鼻も潰れたイチゴのように低くて赤く、とてもではないがお世辞にも美人とはいえない。


「はあ? 男に媚び売って何になるのよ」


「かわいいサラには分からないですわよ! ぶさいくだから男か女だか分からない、せいぜい髪を伸ばして女に見えるようにしろって……そうじゃなきゃ女じゃない、と何度言われたことか! 皇太子様がわたしたちをお側に置いてくださっているのも、元娼婦だからですわ! 女じゃなくなったら……男か女か区別もつかないわたしなんて、きっと……捨てられてしまうに、違いないのですわ」


 メリッサの怒声は涙声に変わっていた。髪。女じゃなくなる。その言葉たちが、ディアナの脳裏にレーンと永久の別れを告げた日を呼び起こす。振り下ろされたナイフ。無残に床の上で大蛇の断末魔のようにのたうつポニーテール。あの日、私はレーンになったのだろうか。違う! 私は、【ディアナ】だ。ディアナは優しくメリッサに語りかける。


「メリッサ、髪を切りたいなら切ってもいいよ。わ……僕はそれを理由に、君をクビにしたりはしないし、快適な作業ができるように個人で身だしなみを整えるのは良いことだと思うよ」


「本当……ですの?」


「あなたがハーブに詳しいのは、髪が長いからじゃないでしょう?」


「はい。昔、染料問屋でメイドをしていましたの。染料はハーブから作るものもありまして、その繋がりで奥様方にハーブティーをお出しするよう命じられていましたの。言葉遣いも、その時習いましたの」


「その時は、どんな髪型だったの?」


「付け毛と一緒に結い上げてシニヨン……といっても男性の方にはピンとこないとは思いますが、頭の後ろで一つのお団子に結い上げておりましたの」


「リボンでも、調達しようか?」


「お願いしてもよろしいですの?」


「構わないよ」


「あ、リボンといえば、絹でリボンを作って綺麗に染めて売るのはどうですの? リボンは色々と役に立ちますの。きっと、奥様方が沢山買ってくださいますわ!」


「いいねそれ。採用」


『そういえば、まゆを使えば化粧用スポンジ作れるわよ?』


 新商品提案の話に花が咲き、そのためにも次の蚕を育てる必要がある、という結論でおしゃべりは終わった。次の蚕を育てるための計画と、そのための桑の収穫の打ち合わせをしているうちに、鐘がなって勉強の時間になったのでディアナは蚕の世話を切り上げた。

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