第28話 涙の意味
私は昨日、
いつもなら馬鹿な発言してきたり、表情はどこか抜けていたりしているのが晴斗なのに、昨日は真剣に私の話を聞いてくれていた気がした。
そして一緒にどうすればいいか、も考えてくれた。
だから私は晴斗が折角考えてくれた案を実行に移すと決めた。
まあ、出来たら実行する以前に話し掛けてきて欲しくないけど······。
しかし、そんなことにはやはりならなかった。
昼休み。私が弁当の包を
「ねえ、何か話しようよ」
と、私の隣に椅子を並べたのだ。
こんなこと言われて「うん」って言ったら普通に会話が繋がるだけ。どうすればいい、この状況。
適当に流したいけど流せない。
もしかして咲斗も色々と私と話すために考えてきたのか。だとしたら悪いけど少し引く。
そして、結局出たのは、
「――うん······」
という短くて虚しさを感じさせられる言葉だった。
これに嬉しそうな表情を咲斗は見せて私との距離を縮めてくる。
「最近忙しそうだけど何かあったの?」
思っていたことと違う話題が吹っ飛んできた。
普通、昨日のバラエティー番組の話とか、ドラマやアニメの話とかを振ってくるんじゃないのか。
私の予想はどうやら甘かったらしい。
「別に、ちょっと勉強に苦戦してるだけだよ」
それとなく答えておく。
しかし、言葉を選ばなかった私は後々後悔することとなった。
「じゃあ、家行って僕が勉強教えようか?」
と、咲斗が言ってきたのだ。
振った彼氏をすぐ家に入れるとかそんなこと出来る訳ないじゃん。
だから私は軽く首を横に振った。
「いや、大丈夫だよ。晴斗が教えてくれるから」
この発言に何かおかしな点でもあったのか、咲斗は首を傾げている。
「晴斗?」
なるほど。そこか。
やっぱり私の兄は存在感が薄いらしい。この前、晴斗と咲斗は出会ったばかりなのに、晴斗はもう忘れられている。
さすが、私の兄だ。
心の中でくすくすと笑いながらも咲斗の疑問に答えてあげる。
「私の兄。この前、会ったでしょ?」
若干の戸惑いを咲斗は見せ、その後に何かを思い出したかのような顔をした。
「あー。あの少し変わった人ね」
どうやら咲斗の心は晴斗を変人と思っているらしい。
面白いな。あの時の咲斗礼儀正しく晴斗と接してたのにそんなこと思っていたなんて。
さっきの心の中での笑いがさらに膨れ上がり表情に出そうになった。だから危険を悟り、その表情を急いで取り繕う。
ここで笑っていたら咲斗と話を楽しんでいることになってしまう。
そしたら咲斗は私を諦めるどころか粘るだろう。
「私、ちょっと手洗ってくるね」
このままだと話に乗せられてしまう気がしたので、私はあまり怪しまれないように咲斗の前を去って行った。
そして女子トイレに入り、鏡の前で呟いた。
「晴斗の案、だめだめじゃん」
***
俺が帰宅した時、既に
今日も部活を休んだのだろうか。
「あのさ晴斗」
そんなことを考えているとソファーの方から声が聞こえてきた。
雨音の表情はどこか怒っている。俺、何かしたっけ。
「晴斗の案さ、全くダメだったよ!」
その理由は案外身近にあった。
どうやら俺の考えた作戦があまり上手くいかなかったらしい。
えー、おかしいな。俺、あの時絶対いい作戦だと思ったんだけど······。
「咲斗と普通に話したのか?」
「話に持ってかれそうになった!」
力強く、雨音はそう言った。
そう考えると、向こうも雨音が話に乗ってくれるように、話をすぐに終わらせないように、何か工夫をしてきたのだろう。
しかし、俺も今日、授業中にどうしたら話をすぐに終わらせられるかを考えてきたのだ。
「じゃあ第二の作戦だ」
用意周到な俺の様子を見てか雨音の表情は少し驚いている。
そんな中、俺は第二の作戦内容を雨音に伝えた。
「雨音は
そう、それは名付けて、
「女子友とひたすら喋ろう作戦だ」
これに雨音も納得の表情を浮かべている。
次こそはこの作戦で成功させてやる。これを一ヶ月ほど続けて咲斗から雨音を遠ざける。
完璧な作戦だ。
――そう思っていたがこの日の翌日雨音の部屋にて、
「全くあの作戦駄目だったー! 私、雪華とか
俺に言ってきた。
これを聞いて咲斗の短所を俺は見つけることが出来た。
一途過ぎる。
正直、少し気持ち悪い。雨音が女子たちと話しているのにその間にも入ろうとする。積極的過ぎて女子には逆に引かれるだろう。
てか、咲斗そんな所に男子一人で入れるとかすげえ勇者だな。少しだけだけど尊敬するわ。
俺がそんなくだらないことを考えていると雨音は本当に困った顔をしていた。
「このままじゃあずっと咲斗が私についてくる。きっと寄りを戻す時までずっとずっとついてくる」
しんみりとした顔。そこからは申し訳ないという気持ちが見えてくる。それは恐らく、愛花という友達に対しての思いだろう。きちんと恋愛相談を受けられないから。愛花の好きな人が咲斗で咲斗は雨音が好きだから······。
ならば、残された手段はもう、一つしかない。
「雨音」
真剣な声色で名前を読んだのか雨音は、
「な、何?」
と、驚きながらも返答してきた。
俺はその唯一の方法を雨音に話す。
「――きっぱり言ってやれ。自分の思いを。気持ち悪いって思っているんなら気持ち悪いって言ってやれ。友達でもいたくないって思っているなら拒絶してやれ。そうすればさすがの咲斗も諦めてくれる。残された手段はこれしかない。これを実行出来るのならその愛花っていう友達の相談にも雨音は
少し、困惑の表情を見せた雨音。
そんなことを本当に言ってしまっていいのか、というのもその表情から見て取れる。
「でも、素直なこと言ったら咲斗がすごく悲しむ······」
その声はどこかよそよそしく、弱い。こんな発言をする雨音は久しぶりに見た気がした。
咲斗に対しての心配――それは明らかに慈悲の心だ。ものすごく心配している。
だけど、ここでやらなきゃしつこくアタックされるばかりだ。
「咲斗が悲しむ何てことは、どうでもいいんだ。そんな心は捨てて咲斗にびしっと言ってやれ。そしたら快く愛花からの相談も受けることが出来るようになる。やる時はやらなきゃダメなんだよ――」
俺が物凄く真剣にそう言うと雨音は涙を流した。うっすらと、少しずつ、一滴ずつ雨音の頬を伝っていく。
「大丈夫か!?」
焦って俺が
「何でだろう」
と、雨音が答えた。だが、その発言の意味を理解することが俺には出来ない。
「何で涙流しちゃってるんだろう」
修飾語を付け加えて雨音は言ったが、それでもあまり言葉の理解が出来ない。
「別に泣きたいようなことないのに······」
また少しずつ雨音の頬を涙が伝っていき二粒、三粒と涙は流れる。
「晴斗の言葉にちょっと心が動かされたかもしれない······」
雨音は袖で涙を拭っている。そんな泣くほどのことを俺は言ったのだろうか。どこに泣ける要素があるのかがやっぱり分からない。
「私、力強く咲斗に言ってみる! 思ってること全部ぶつける! それでこの『偽物』の恋も完全に終わらせる!」
さっきの弱々しい姿とは対照的に雨音は強く言った。そこには咲斗に恋を諦めさせて、愛花の恋を応援するという確かな意志が込められている。
「よし! んじゃあ頑張れよ」
俺は雨音の肩を二回叩き応援した。
いつもなら嫌がる雨音だったが、今回は何故か嫌がることなく俺に肩を叩くことを許してくれた。
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