第24話 妹の彼氏

 もしも、妹の隣に美男子がいて、オシャレなカフェに足を運んでいたらシスコンの兄はどんな反応をするのだろうか。

 困惑、憤怒、不安、歓迎、驚愕、悲哀、嫉妬、疑問、戦慄――

 今の俺にはそれら全てが混ざった、変な感情に支配されている。

 玲香の相談事を受けていたが、それどころではない。妹が、雨音あまねが清楚系の美男子を連れてこのカフェへとやって来たのだ。

 兄として変な疑問が浮かぶのは当然だろう。

 ――二人は付き合っているのか。

 もし、そうだとしたら俺は歓迎出来ないし否定も出来ない。だが、悲しみは確かに存在するはずだ。

 だから二人が付き合っていないことを祈ることしか今の俺には出来ない。


晴斗はると······?」


 玲香れいかがぼーっとしている俺に対して言葉を投げかけてきた。どうやら玲香は二人に気付いていないらしい。ちなみにその二人も俺たちには気付いていない。


「ごめんな、玲香。ちょっとそこで待っててくれ」

「え! ちょっ!」


 俺は席を立ち、雨音達が座っている席へと早歩きで向かって行った。

 雨音は不審に思ったのか俺の方を見てきた。そして目が合う。

 雨音の表情からうかがえるのは驚愕だ。「何で晴斗がここにいるの!?」と、言いたげな顔をしている。

 だが、それはこっちの台詞せりふだ。何で雨音がこんな時間に男と一緒にここにいるのか。ただただそれが疑問で仕方ない。


「どうしたの知り合い?」


 ここで俺らの沈黙を破ったのは清楚系の美男子だ。

 無垢むくな顔からは下心が全く見て取れず、存在自体が清らかで純粋。そんなオーラを放っているのがこの美男子。俺には遺憾ながら全く叶いようが無さそうだ。


「えっと一応私の兄」

「一応って何だよ。俺は正真正銘雨音の兄だ」


 俺と雨音のやり取りに美男子は納得の表情をしている。


「そうなんですか。僕は川崎かわさき咲斗さきとです。よろしくお願いします」


 自己紹介の後にぺこりと、丁寧にお辞儀をした咲斗。この雰囲気からして女子からはだいぶモテているだろう。

 くそ、羨ましい。俺もこんなイケメンに生まれたかったぜ。

 自己紹介をされたので俺も一応名前は名乗っておく。


「俺は威頼いより晴斗だ」


 密かに敵対心や警戒心を込めた。

 この咲斗という男は本当に雨音と付き合っているのだろうか、仮に付き合っていたとしてもこの顔面偏差値だし雨音とも釣り合っている。

 彼氏になるには十分だろう。


「それで雨音、何でこんな所にいるんだ? 今、六時だぞ?」


 不安を醸しながら俺は問うた。

 その問いに対して雨音は何か迷っているそうで、逡巡しゅんじゅんしている。

 だがその逡巡は無くなり、


「――デート中だから。夜ご飯を食べに来た」


 と、そんな言葉を平然と放たれた。夜ご飯って俺が用意したはずだけど。

 どうやらコンビニ弁当では満足いかなかった、否、咲斗と夜飯を食べに行きたかったらしい。

 ということはデート? やっぱり咲斗は彼氏なのか。大体推測は出来ているがそれを確かにするために俺は二人にく。


「二人ってさ――付き合ってんの?」


 流れる沈黙。それは二人が恥ずかしがっていることを示唆しさしているようにも取れた。

 いや、何。二人揃って頬赤くしちゃって本当に隣の咲斗を殴りたくなる。


「はい。お兄さんの妹さんとお付き合いさせてもらっています」


 ここで丁寧に咲斗は言った。

 俺をお兄さんと言うな。晴斗さんと呼べ。


「ちょっと――」


 事実をあっさりと咲斗に告げられたのか、雨音は焦っている。「こんなシスコン野郎にバレちゃった······」と、でも心中で思っているのだろう。


「まあまあいいじゃん。もうこんな状態だったらバレちゃうって」


 笑顔で咲斗は言った。

 だけどその笑顔は雨音にとっては輝いているようにも見えるかもしれないが、俺にとっては不快にしか思えない。

 何でこんなにもイケメンの笑顔は憎いのか。理由は一つ、俺も輝いて見えたからだ。

 俺が女だとしたら惚れていた。だけど俺は男だ。惚れるどころか憎い、と思うのが普通だろう。それはイケメンではない男の共通認識だ。


「ところで付き合ってどのくらいなの?」


 俺は何の躊躇ちゅうちょもせず訊いた。だからなのか雨音は俺を睨んでくる。


「一週間ですね」


 睨んでくる雨音とは違い、平然とした態度をとる咲斗が言った。

 その口から発せられたのは二人は最近付き合ったという事実。俺はそこに微かな安堵を浮かべた。


「なら良かった」

「何か言いましたか?」


 俺の発言を不思議に思ったのか咲斗は首を傾げた。

 俺は慌てて取り繕う。


「いや、何も言ってない」

「そうですか」


 何とか成功。

 本当の意味でここで安堵した。

 俺は正直、付き合って半年とか一年は経っていると思っていた。だから雨音がキスとかハグとかしていないのかが心配になったのだ。

 だってこの時間で名古屋駅のカフェで夜飯だぞ。絶対そんなの進んでいるカップルにしか出来ないことじゃないか。いや、待て。逆説的に考えると三日にしてこのカフェに夜飯を食いに来たということは······二人の関係の進みが早いということじゃないのか。

 さっきの安堵は焦燥へと変わっていく。

 これだけ進行が早いと俺も心配になる。それは兄として当然だ。


「お前らどこまで進んだ?」


 だから俺は訊く。心配なのだ。これでキスを超えたとか言われたら俺は死ぬ。いや、それ以前に咲斗を殴っていると思うが、とにかく心配なのだ。


「······」

「······」


 二人は黙ったまま。

 雨音は俺の事を強く睨み、咲斗は頬を赤く染めながら恥ずかしげに俺を見てきた。

 この反応だと何かあったようにしか思えない。そうだとしたら俺は絶望する。頼むからそれはやめてくれ。


「ねえ、晴斗ってさ······」


 雨音の弱々しい声色、それには怒りが若干含まれているようにも聞こえた。そして、


「デリカシー無いの! 何で急にそんなこと訊くの。まじでありえない。というかまだ七日目だからそんなことまだした事あるわけないじゃん」


 雨音は怒りを露わにした。

 確かにこんなことを訊いたことについては反省しなければいけない。だけど、分かっていても聞きたかった。雨音が恋愛の領域においてどれほどの事をしてきたのか。それが気になって気になって仕方がなかった。

 それは間違いなく俺の心が雨音の交際を拒絶している証拠だ。だから誰も傷つかず、雨音と咲斗を別れさせたいのが正直な俺の心。そのために色々と考える必要がある。

 かといって、雨音が嫌だと、言うのなら俺は別れさせたくない。それが雨音の望む『愛』ならば、なおさらだ。

 しかし、虚偽と欺瞞ぎまんの『愛』なのなら俺は別れさせたい。そんな偽りの『愛』なんて不必要だし、雨音のためにもならない。


「確かに僕達はまだそんなことをする仲にまで至っていません。ただ一緒に過ごせればそれだけで楽しいんですよ」


 この咲斗の発言から俺は一つ気が付いた。

 咲斗の愛は『本物』だ。発言や表情、咲斗の周りを囲む空気が示唆している。

 だからここで同時に、告白した側は咲斗と判断するのが妥当だろう。

 そう考えると恐らく咲斗は片想いの状態で告白した。そこで雨音は「顔そこそこだしいいかな」という気持ちでその告白をオッケーしたのだと思う。

 なら、咲斗の愛は『本物』で雨音の愛は『偽物』。

 故に二人を繋がっている状態のまま放置するのはあまりよろしいことではないのかもしれない。

 だが、この俺の考察が正しいとも限らないので後で雨音に訊いてみる。そこで全てが見えてくるはずだ。


「······現役中学生すげぇ······」


 咲斗の堂々たる雨音への愛情表現には正直驚いた。

 今の中学生の恋愛ってここまで進んでいるのか、とか思ってしまう。

 と、ここで。


「晴斗ー! 何してるの?」


 玲香がやって来た。

 玲香に雨音の交際話をするのは億劫おっくうなので俺はこの場を去り、もう一度玲香の相談に乗ろうと決めた。


「あー、今終わったとこ、戻るか」

「うん。って雨音ちゃんじゃん」


 げっ。出来るだけ俺の身体で雨音の姿を隠したつもりだったが玲香にバレてしまった。そうなると隣の男に玲香が疑問を抱くのも必然的で······


「――あれ? 隣の子は誰?」

「あまり気にするな!」


 俺は玲香の腕を掴み自分達が先程いたテーブルへときびすを返す。

 だが結局、玲香の疑問は消えることなく残り続け俺は雨音の交際について話すことになった。

 正直気分が悪くなるのであまりこの話はしたくなかった。

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