第19話 諍い

 とりあえず、泊まりについては後回し。

 今日は雨音あまねの仲直り当日だ。だから俺には任務がある。まずはそれを中心的に取り組まなければならない。


「じゃあ行ってくるから」


 雨音は玄関の扉を開けて家を後にした。ここからが俺の任務の始まりだ。

 マスク、サングラス、黒の帽子に黒のジャケットを羽織り俺は雨音の後を追う。

 この格好で雨音をじとじとと見ていると、明らかに不審者扱いされてしまいそうなので出来るだけ目立たないようにと行動を慎むことにする。


「このルートだと中央公園か? やっぱりあの時の公園に友達を呼び出していたか」


 俺は雨音を追いかけながら言った。

 その独り言を聞いていた人がいたのか、結構ヤバい視線を感じられた。

 ここ周辺はビルがなく、一軒家やマンションなどが立ち並んでおり、中央には左右を分けているような道路に車がいつも通り走っている。

 なので、あまり声は聞こえないと思っていたのだが······。

 雨音は軽やかに足を動かしていく。

 誰かの気配を感じているのか、後ろをチラチラと見てくる。しかし、俺に気づいている様子はない。この怪しげな変装は完璧だ。


 そして、足を動かすことおよそ二十分。やっと中央公園へと到着した。

 雨音の様子や雰囲気を見てみるにまだ雪華ゆきかという友達はいないようだ。

 俺は近くのベンチに座って雨音の様子を見ることにした。

 ――否、雨音の仲直りを成功させるために仲介するタイミングを計ることにした。

 さて、俺の出番は現れるのだろうか。

 雨音の足は小刻みに震えている。

 その要因は緊張と不安からだろう。

 喧嘩した友達と話すための緊張。

 喧嘩した友達と仲直り出来るのかという不安。

 どちらも今、持っていてもおかしくない感情だと思う。

 そして、待つことおよそ十分。

 急に何者かが雨音に話し掛けていた。


「ここに呼び出してなんか用?」


 その透き通った顔に透き通った声――美少女だ。

 夜空のように暗い漆黒のショートヘアーに、芯の太さを感じさせられる釣り上がり気味の瞳。身長は百六十五センチ程で雨音よりも高く、胸もなかなか大きい。

 普通の男子なら惚れてもおかしくない相手だろう。


「あのさ、この前は!――」

「はぁ、またその話?」


 雨音の言葉を遮るように雪華は口を挟んだ。どうやらまだ怒っている様子。


「私、あの時言わないでって言ったのに、雨音は言った。それもクラスメートみんなの前で」


 その声音は明らかに冷たい、まるで雨音に対する信頼度がゼロみたいだ。


「それは本当にごめん。言ってたのと思っていたより点数が高くて驚いちゃって······」

「だけど、言ったことには変わりはないじゃん。私、テストの点数をバラされるのが一番嫌なんだよね」


 反省し頭を下げる雨音に対して、堂々と見下ろすような態度で怒っている雪華。

 だが、このいさかいに悪い奴はいない。

 雨音は故意的に点数をバラしたわけではなく、むしろ自分のやらかしてしまった失態について必死に謝っている。

 そして、雪華はバラされた側。たかがテストの点数で、と思う人もいるかもしれないが、それが雪華にとっては嫌悪感溢れるものなのだろう。

 故にどちらも悪くない。

 こんな諍い時間の無駄なのだ。

 だけど、俺はまだ出て行ていかず、雨音と雪華の様子を見ようと思う。

 雨音がどのような言葉を選び、どのようにこの諍いと向き合うか、それを見てみたいのだ。


「本当にごめん。だけど、こんな喧嘩で友情関係を終わらせたくない······だから仲直り······して欲しい」


 雨音の弱々しい態度、弱々しい様子、弱々しい声音、弱々しい素振り、今の雨音はとても弱々しい。それほどまでに責任感を持っているのだろう。

 その責任感に対して心が少し動かされたのか、雪華の睨みつけるような瞳は少し緩んだ。


「私だって友達でいたい。だけど、私あの後クラスの平均より少し上の学力の男子達に色々と馬鹿にされたんだよ。だからそれが色々と屈辱的で······」

「そうなの······。じゃあ私が男子を明日注意す――」

「無駄なことはいい!」


 雨音の言葉を遮るように雪華は言った。

 そして俯きながら、


「私、男子に対してイラついている中お母さんからも酷く怒られて、お小遣いは少なくなったりスマホ取り上げられたり······だからまずテストっていうもの自体好きじゃない」


 雪華は言った。

 その時の彼女は本当に苦しそうで屈辱の塊であった。だが、今の雪華が放った言葉には何も雨音が怒りのトリガーを引くような点は見当たらない。

 お母さんから怒られるのも、お小遣いが少なくなるのも、スマホを取り上げられるのも、どれも雨音は関与していない。


「そう······なんだ」


 雪華の苦しみが移ったのか雨音までも悲しそうな、悲壮感が段々と形を創ってきていた。

 雨音は恐らく、全て自分が悪いと思っている。無駄な責任を感じてしまっている。

 だが、それは間違いだ。さっきの通り雨音が怒りのトリガーを引くようなことは雪華の発言の中にはなかった。


「だからそんな嫌いなテストの点数をバラされるのは嫌なんだよね。本当に······やめてほしかった」


 しかし、雪華はそれを雨音が悪いみたいに言ってくる。

 だから、俺が出て行くべき場面はここだ。

 俺は覚悟を決め、マスクを外し帽子を外し、サングラスを外す。

 そして、二人の間に登場した。


「なんで、晴斗はるとこんなとこにいんの!?」


 驚きの感情を出したのは雨音だ。俺が今、ここにこうしていることに対して納得の表情をしていない。


「あの、誰ですか?」


 さっきとは変わって凛とした声色で雪華は問うてきた。俺は嘘偽りなしでそれに答える。


「俺は雨音のお兄ちゃんだ」


 そして雨音の肩に手を軽く置く。最高のシチュエーションのはずなのだが、何故か雪華は怯えるようにしていて雨音は憎悪の瞳を俺に突き付けてくる。

 なんで? 二人ともなんでそんなに俺のことを敵視してるの?

 そんな疑問はすぐに雪華の発言によって消された。


「あなたが雨音のお兄さん······雨音にいつもいつも変なことをしたりしているお兄さんですか······」


 そう、それは俺が妹に対して性的関係を求めているような雪華の偏見。

 それを持って彼女は俺のことを引いているのだ。自分までも何かされるのではないだろうか、という憂いを醸して。

 だけど、それは偏見の中の偏見。いくらなんでも酷い。というか、雨音はどんな嘘をいているんだよ。お兄ちゃんの名誉が傷付くだろうが。

 俺はそんなことを思い、雪華の偏見を正そうとする。


「あのさ······。俺そんな変なことしてないよ? 雨音の虚言だから信じないで······ね?」


 そして、雨音の方を睨む。だが、雨音は知らない振りをしていて、見る目も寄越してくれない。なんて残酷なんだ。


「そうやって自分が雨音にしたことを棚に上げるんですか? というか、なんであなたがここにいるんですか?」


 その時、俺の背中には妙な冷たさと後悔があった。

 冷たさは恐怖から、この雪華という少女の絶対的存在感に気圧けおされてのものだ。

 そして、後悔は登場しなければ良かったというもの。

 俺は今、なんでここにいるのか、という質問を雪華にされた。もちろん素直な答えとしては雨音の後を付けてきたからなのだが、そう告げてしまうと雪華の偏見はさらに酷いものとなり、俺を犯罪者扱いしかねない。

 だからここを免れる方法はたった一つ。――嘘をく。


「俺は偶然通りか、か、っただけだけだけど? 何かも、も、文句あるの?」


 嘘が下手すぎた。

 何だよ「だけだけだけ」って完全に嘘丸見えじゃねえか。それに噛みまくりだったし、俺のこの先は闇しか広がっていないのかよ。


「嘘丸見えですね。このストーカー! 雨音こんなんからは逃げよ!」


 そして、雪華は雨音の腕を強引に掴み俺との距離を広げていき、影を消した。

 俺が出て行ったことによって俺が不審者扱いされただけなのか。それってめちゃ不憫じゃねえか。意味あったのか?

 俺は自分が出て行ったことの必要性を考える。だが、その答えは意外と身近にあった。


「そっか、俺が出て行ったからあんな風に雨音と雪華は協力出来たのか······。もう仲のいい友達じゃねえか」


 気づき、気がつき、心の中は妙な達成感に満たされた。俺が出て行ったのにはきちんとした意味があった。雨音と雪華の友情関係はそれによってさらに深まったと思う。

 曇りの空、俺はその下で任務を全うすることが出来た。

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