第10話 勉強会一

 あの既視感に襲われてからの毎日は早々に過ぎていき、気が付けば雨音あまねのテストまであと二日の猶予ゆうよしか無かった。

 俺は全力を尽くして今まで勉強を教えてきた。しかも、今日はまもる玲香れいかも家に来る。雨音の苦手な数学、それを守と玲香ならばもっとわかりやすく教えられるはずだ。


「ここが晴斗はるとの家か」


 守がそう呟いた。

 その時の表情は驚きもなければ興味もなし。普通の一軒家だから当然の表情だろう。

 そして、俺は守と玲香を家に入れる。事前に雨音に友達が来るだなんて言っていないので、どんな表情を見せるかが楽しみだ。


「「お邪魔します」」


 二人は靴を脱ぎ家へと入って行く。

 俺は初めて家に人を入れた。

 これで、「家に人入れたことある?」と、かれても堂々と首肯することが出来る。やったね!

 そんな喜びを微かに持ちながらも、俺は守と玲香を部屋に案内する。


「ここが俺の部屋だ!」


 雨音に聞こえるように俺はそう言った。

 そして、俺は部屋の扉を開けて、二人をそこへと招き入れた。


「······散らかってるな」

「うん。晴斗の勉強机の上悲惨なことになってるし」


 こいつらは俺の部屋に入って来て早々、文句を口に出した。

 確かに、俺の机は汚い。だけど、今日のために用意した三人で使う用の机は綺麗なはず。

 なら、わざわざ俺の机が汚いということを指摘する必要はない。まあ、片付けはしないといけないとは思っているけど。


「悲惨で散らかってて悪かったな」


 だが、俺はそれらの文句に対して何故だか謝ることになった。

 普通、文句を言った奴が謝るべきだと思うが、そこは俺の寛大な心が許してくれる。感謝しろ。


「んじゃあ、早速勉強しますかー」


 鞄に手を掛け、玲香が言った。

 さすが秀才の中の秀才。

 俺の部屋にあるラノベやゲームを見ても、ぶっとい勉強に対しての熱意は折れることが無かった。

 伊達だてに学年一位をやっていない。

 一方の守はというと······


「すげえ、これ昨日発売された新刊じゃねえか」


 早速、ラノベに手を掛けていた。

 おいおい、もう今日は勉強会じゃなくて読書会でいいんじゃないか。

 そんな誘惑がありつつも己を構えて、俺は勉強をする姿勢を取った。


「守。ラノベは次家に呼んだ時にじっくり読ませてやるから今日は勉強な」


 俺が軽く注意すると、守の顔からは不満が見て取れた。

 そのラノベを読みたい気持ちは分かるが、今回は我慢してくれ。

 俺は心の中でもう一度そう頼んだ。

 それも雨音のためである。

 雨音のテストまでの猶予はあと二日。そして、その残りの猶予をどう使えばいいかというともちろん勉強だ。

 雨音は俺と同様、文系科目が得意なので理系科目を教えるのを重視した方が良い。しかし、俺は分かっての通り、理系科目が大嫌いだ。中学レベルの問題ならば、かろうじて解るが、高校レベルは全く解らん。

 そこで、高校での理系科目成績トップを誇る二人を俺は連れてきた。

 ならば、ここで雨音とその二人を対面させて、数学や理科などを中心に教えさせる、まさに完璧なやり方。

 ゆえに雨音の成績は上がり、同時に雨音からの俺に対する好感度も上がる。まさに一石二鳥なのだ。

 俺は雨音とイチャイチャしている場面を想像した。

 そんな時でも俺とは違って玲香は机に教科書を広げている。

 やっぱ玲香は真面目だな。


「ほら、二人とも早く勉強しよ」


 そして、玲香は勉強を俺たちに勧めてきた。

 それに対して守は言う。


「まあ、折角せっかく晴斗の部屋に入ることが出来たんだし、初めの少しぐらいは遊ぼうぜ」


 こんなのが、数学学年一位、理科学年二位だと思うと、屈辱を感じてしまう。

 何で、こんなサボりがそんなに理系科目が出来るのか。

 守のことだからどうせ家でも勉強はしていないと思う。なら、守の脳は理系科目に向いているのだろう。だが、比較的暗記が多めの文系科目は苦手。

 それなら、守に限っては勉強すれば文系科目も出来るんじゃないか。

 俺はそう思い、それに対して苛立ちを覚えた。

 俺は勉強しても理系科目出来ないんだよ! 全く解らなくて自暴自棄になることが多いんだよ。

 だから本当に守と玲香は羨ましい。

 俺の脳味噌と交換して欲しいぐらいだ。

 俺が神様にそんな一縷いちるの望みを託していると、玲香の顔が強張っていった。


「だけど、守って四日前に国語と社会、赤点にならないように努力してるとか言ってたじゃん。なら、勉強しようよ」


 確かに玲香の言う通りだ。

 守は四日前、そんなことを口にしていた。

 だが、それは有口ゆうこう無行むこうじゃないのか。

 所詮は口だけであって、実行していない。即ち、守は俺達に嘘をいたということになる。

 だが、そんな嘘を吐いても誰も得はしない。じゃあ、何のために? そんなことを俺が疑問に思っていたら守の口が開いた。


「だけどよ、一日『五分』努力してるだけなんだよ。だから俺は集中力がもたない」


 なるほど。俺は納得した。

 守の言う努力は『五分』という短い時間にされているようだ。

 だから、守は日頃努力をしている。それは虚言にはならない。

 守は嘘を吐いてもいなければ、勉強のやる気もない。

 故に、俺の家では遊ぶこと最優先。

 さすが、守だな。

 俺は守の馬鹿っぷりを存分に味わった所で勉強開始の合図をする。

 ごめんだが、守の最優先は守れそうにない。


「まあ、今日は遊び目的じゃねえから勉強やるぞ」

「はーい」

「えー」


 玲香はやっと始めてくれるか、と言わんばかりの表情をしている。待たせて悪かったな。

 一方の守は心底嫌そうな顔。

 それは俺の目からも見て取れる。

 周りは邪悪なオーラで包まれているのだ。

 どれだけ、守は勉強嫌いなの。下手したら俺より嫌いなんじゃねえか。

 そんなことを思いつつ俺は数学の教科書をぺらぺらとめくっていく。

 うん、全く解らない。

 変な数式ばっかり並んでいて、見るだけでも頭がパンクしそうだ。

 そんな俺の様子を見て、守が近寄って来た。


「今のお前、すげえ嫌な顔してるな。さては数学が解らなすぎて頭がパンクしているんだろう?」


 まさに図星。その通りだ。

 これは守からの助け舟を借りたい。

 俺は悔しながらもそれを要求する。


「守、これ教えてくれ」


 俺が指差したのは教科書に載っている何の捻りもない問題。

 ちなみに大問一だ。


「こんなんも解らねえのか。これは一瞬で終わるぞ」


 ちょっと馬鹿にされた気分だったが、ここは教えてもらう側なので何も言わないことにする。


「これがこうだからすなわちこうゆうことだろ? ならこれをこうしてやれば、ほら終わった」


 ごめん。俺は守に謝りたくなった。

 何故なら守の説明が全く解らないから。

 丁寧に教科書に書き込みをして教えてくれたのに全く解らない。


「ごめんな。全く解らん」


「······え?」


 俺が素直に守にそう告げると守はとても不思議そうな顔をしていた。

 それはまるで今まで自分の説明で納得しなかった奴はいなかったぞ、と言いたそうだ。


「······お前、マジやべえな。もう数学捨てろ。無理だ」


 ――は? 教えてもらいおよそ三十秒。数学学年一位の守君に俺は捨てられました。

 っておかしいだろ!? 数学捨てろ? 何故、そんな結論に至るのか俺には分からない。

 守はため息を吐き、俺に心底呆れた様子。

 一方の玲香は信じられない、と言いたげな目で俺を見つめてきた。


「晴斗······今の守の説明で解らなかったの?」


 さっき俺は守に解らない、と言った。だから嘘偽り無しで首肯する。


「まじか。ごめん、晴斗。私も守と同意見、数学は捨てよ? その問題簡単すぎてテストに出ないと思うよ。解説を聞いても理解できないって······数学は素直に諦めた方がいいね」


 二人の目には哀れみが宿っている。

 どうやらここは二人に従うのが最善の策だそうだ。

 だから、俺は数学を捨てることにした。

 決して、逃げ道を作った訳では無い······。


「んじゃあ捨てるわ。今度は理科やる」

「よし、じゃあ理科の教科書出せ」


 守は俺に命令して、理科を勉強することを促してくる。

 俺はそれに応えて理科の教科書を鞄から取り出す。

 そして、ぴらぴら、とページを捲る。


「今回のテスト範囲ここからだよな?」


 俺は確認するように守に訊いた。


「うん。じゃあ次は課題の問題集を鞄から出して該当する範囲の所をやれ」


 それに守は答えて、次の命令をしてきた。

 なんか、今の守めちゃくちゃ上から目線だから少しウザイな。

 しかし、俺はそんな態度をとられてもそれに従い問題集を鞄から取り出した。

 そして、机の上に広げる。


「まず、ここの大問一を五分の猶予をあげるから解いてみろ」


 謎に守は先生みたいに命令してきた。

 俺は言われた通り問題と向き合う。そして必死に考えて考えて考えまくる。

 しかし、解らない。どれだけ考えても先が見えてくる気がしない。

 結果、問題と向き合い初めて三分。俺の脳は破裂した。


「全く解らん!」


 玲香がシャーペンをすらすらと動かす中、俺は守に教えてくださいアピールをした。

 しかし、隣に座っていると思った守はそこにはいなかった。

 俺が視線を後ろへとゆっくりもっていくと、


「ってお前ラノベ読んでるんじゃねえよ!」


 なんと、俺らが必死に勉強に勤しむ中、守は息を殺してラノベを読んでいた。

 これなら文系科目が苦手なわけもはっきりとしてくる。


「ちょっと今いい所だで、まだ五分も経ってないから考えろ!」


 そして、守は笑う。ラノベに対しての笑いだ。

 もう、こんなのに教えてもらうより玲香に教えてもらう方が良いと判断したため俺は声を掛ける。


「玲香これ教えてくれないか?」


 玲香はシャーペンの動きを止め、問題を見てくれた。


「ああ、これね」


 俺は玲香から解りやすい解説を貰い、ようやく理解出来た。

 まさか問題一問にこんなに達成感を抱くことが出来るなんて、思ってもいなかった。


「ありがとな。玲香の説明は『守』のよりも余裕で解りやすいよ」


 『守』の部分だけを強調して言った。そしたら守は俺を睨んできた。


「はあ? 俺の方が教えるの上手いに決まってるだろ」


 守はお怒りの様子だ。

 俺はこれを利用して守に頼む。


「んじゃあ、この問題教えてくれ」

「ああ、いいだろう」


 作戦は成功した。

 これだから馬鹿を騙すのは楽である。

 守は読んでいたラノベを床に置き、こちらへと向かってくる。

 このままそのラノベを俺が回収して、何とか守の勉強のやる気を上げさせなければならない。

 って俺、めちゃ勉強やる気になってるな。

 そんなことを自分自身不思議に思いつつ守の解説を聞く。

 そして、その解説は一分ほどで終わった。


「解ったか?」


「おう。なんとか理解は出来た」


 俺は何の嘘を吐くこともなく、素直に答えた。

 これに守は満足している様子だ。

 そして、俺は時計に目をった。現在時刻は十六時だ。残り三時間程の猶予がある。

 俺は基本となる理科の問題を二問理解することが出来たので、正直もう十分だった。

 だから、残りのおよそ三時間の猶予を誰のために使うのかは決めていた。


「ちょっと手を止めて貰っていいか?」


 俺はまず玲香に呼びかけた。

 そしたら言うことを聞いてくれて、手をすぐ止めてくれた。


「俺の妹の雨音はあと二日でテストなんだ。だから教えてやって欲しい。ちなみに雨音も俺と同じで理系科目がからっきし駄目だ」


 二人に俺は頼んだ。

 三秒程二人は考えた所で答えを出してくれた。


「もちろんいいぜ」

「私もいいよ。それに晴斗の妹ちゃんがどれくらい可愛いかも気になるし」


 二人は俺の頼みを飲み込んでくれた。

 守はまだしも玲香にテスト週間中こんな頼みをしてしまい若干申し訳ない気持ちは残っていた。

 だけど、ここは承諾してくれたんだし、申し訳ない気持ちとかは捨てて、二人に甘えようと思った。


「ありがと。じゃあ今から雨音の部屋に向かうぞ」


 そして、俺らは立ち上がり雨音の部屋へと向かって行く。


「そうだ、守」


 部屋の前で守を呼びかけた。


「な、何だ?」

「お前、雨音が可愛すぎるからって変なことしたらぶっ殺すからな」


 俺はサラッと殺害予告的なものを守に告げた。


「んなことするわけねーだろ」


 しかし、守の表情には余裕が見られた。

 それは変なことをしない自信があるから、出せる余裕だろう。

 俺はそれを確認した所で雨音の扉をノックする。

 第二の勉強会の始まりだ。

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