第4話 初めての相談

 窓からは日光が差している。

 眩しい。もう朝になったのか。

 俺は枕元に置いてある時計に横並びになっている数字を見る。


「まだ五時半。あとしゃんじゅっぷんはにぇむれるぅな」


 そして、再び目を瞑る。

 俺が普段起きるのは六時。なのであと三十分程は寝られるはずだ。

 だが、何で俺は今、このタイミングで起きたのだろうか。何か俺を起こした原因でもあったのか。

 ――まだ雨音が「お腹空いた。朝ご飯」とか言って、起こしに来る時間でも無いし、大地震とかが起きたわけでもなければ、騒音が響いていることも無い。

 ならば、眠たい状態にも関わらず、俺が自然と起きてしまったのか。

 不思議なこともあるもんだな。

 そして、俺が再び夢の世界に吸い込まれる寸前で何者かの足音がこっちに向かって来るのを感じた。


「起きろー!」


 朝に起こしてくれる『優しく』て、容姿端麗な妹が力強く俺の部屋の扉を押して言った。


「ごめん、雨音。まだ五時半だぞ。さすがの俺も妹パワー貰っても起きれそうに無ぃ······」


 睡魔に襲われるあまり俺の声は段々と薄れていった。

 にしても、こんな時間に雨音は何の用なんだ。

 急にこの場で告白とかされたら一気に目は覚めるが、そんなことをしにわざわざ起こしに来るのは俺の妹じゃない。となると、説教とか何かか? それは勘弁だぞ。


「相談がある」


 この言葉を聞いた瞬間に俺の睡魔はどこかへ飛んでいった。これは予想外だ。雨音が自分から俺に相談をしに来るなんて思ってもいなかった。

 これは兄として妹の著しい変化を嬉しく思わなければならない。

 さて、どんな相談でも来い! お兄ちゃんが善処するぞ。

 そして俺は勢いに任せて布団を思い切り振り上げる。


「その相談ってなんだ?」

「実はさ······」


 何かすごい恥ずかしがっている。まさかお兄ちゃんのこと好きになったのか? これって期待しちゃっていいの?


「あの······べんきょぅおしぇて」


 何故かすごい小声。聞き取れない。


「何だって?」


 俺が尋ねると、雨音は俺のことを睨んできた。いや、何でそのタイミングで睨んでくるんだよ。理解不能だよ。


「だから勉強教えて!」


 今度ははっきりと聞こえてきた。

 だけどこんな些細な内容か。もっと大きな重要な相談事だと期待してたのに。

 だけど、勉強って相談事の一つに入るのか。

 まあ、細かいことはいいや。とりあえず、俺が雨音に勉強を教えればいいんだな。

 まだ脳は疲れているのか頭はあまり働かない。しかし、妹に勉強を教えなければならないという使命感にされて俺は脳内を総動員させる。


「分かったぜ。教科はなんだ?」


 俺がくと、雨音は素直に答えた。


「······数学」


 だが、俺はこの声音を聞いて、雨音が声を小さくしている理由がはっきりと分かってしまった。

 明らかにこれは悔しさと喜びが混じりあった声。

 悔しさは兄なんかを頼りにしなければならないことから産まれた情。

 喜びは相談をすることでお金が得られることから生まれた情。

 要は兄に教えてもらいたい、とか兄ともっと一緒にいて助け合える兄妹になりたい、とかそこら辺のプラス思考が一切雨音にはないということ。

 それが声音から俺は判断出来てしまう。

 この能力を名付けるのだとしたら『シスターズハート』とかが当てはまるだろう。

 いや、瞬時に思いついたんだけど俺ってネーミングセンスとかねえんだな。

 直訳したら"妹の心"じゃねえか。もう利用者はシスコン限定の能力だな。

 一応、雨音の心をおおよそ読んでいることを伝えず、そのまんま俺はベッドから立ち上がる。

 一見、普通に伸びをしただけに見えるが、今の俺の心は意外と傷付いている。


「んじゃあ今から行くから待ってて」

「分かった······」


 そして、雨音はきびすを返し、自室へと戻って行った。

 よし、俺はこれで雨音の部屋に入ることが出来る。

 今回に限ってはいつも怨嗟えんさしている数学に感謝するぜ。

 俺は目立つ寝癖のまま雨音の部屋に入るのは申し訳ないと思うので、軽く指で直す。

 これで少しは目立たなくなった。

 雨音が問題と向き合いながら俺のことを待っているから寝癖何かにあまり時間は掛けられない。待たせるのが一番悪いことなので完全に直すのを俺は諦めた。

 そして、自室のドアノブに手を掛け引き、雨音の部屋に向かうための廊下を歩いていく。

 まあ、一応ノックはしといた方がいいと思うので軽くこんこん、と音を立てた。


「······」


 しかし、何の反応もない。

 仕方ないけど、返事を待たずにして俺は雨音の部屋へと足を踏み込むことにした。


「よ、よう」


 昨日入ったばかりのはずなのに何故か雨音の部屋に入る時は緊張してしまう。そのため、さっき会ったばかりなのに、「よう」とか言う変な発言をしてしまった。

 今思えば、後悔しか残っていない。

 正直、何言っていいか分からないじゃないか。

 容姿端麗の妹の部屋で妹の姿をの当たりにして臨機応変に対応出来る人はいるとは思えない。

 仮にいたとしたらそいつは勇者だ。

 その勇気を少しでも俺に分けて欲しい。


「······今日、丁度テスト週間に入ったんだけどさ。友達とどっちが点数高いか勝負してるんだよね。だから······教えて欲しい」


 雨音は若干恥ずかしがっている。

 まじでその顔は反則。可愛すぎる。

 そこから俺の心臓の鼓動は段々と速まっていく。

 もう、こんな顔で言われたら答えは一つしかないっしょ。


「分かったよ。どの問題だ?」


 満面の笑みを浮かべながら俺は問うた。


「何でそんな笑顔なの。キモ――くないよ。この問題教えて欲しい」


 俺に悪口を言うと教えてもらえないとでも思ったのか雨音は口を噤んだ。

 まあ、仮に「キモ」の後に否定が入っていなくてもあんな顔でお願いされたら教えるけどな。

 なんせ、俺シスコンだし。

 妹絶対主義者だし。

 だから、いつでも俺を頼って欲しい。どれだけ罵倒されても勉強を教える。

 俺は喜びながら雨音の元へと駆け寄り問題を見る。

 見た感じ簡単な問題。

 というか、現役高校生の俺にとっては簡単じゃないといけねーな。

 その問題はxとかyが含まれている分数もなければ小数もない単純で何の捻りもない問題だ。

 俺も中学二年生の初めにそこの単元を学んだ記憶がある。


「どう、解ける?」


 高校生の俺に向けて憂いを帯びた視線を雨音は送ってきた。

 なに。俺のことを舐めているのか? 馬鹿だとでも思っているのか?

 その視線にはそんな俺を侮蔑しているような色もうかがえた。

 まあ、いいや。ここで俺の頭の良さを発揮することが出来る。

「なんのために勉強するの?」とか思っていたけど、このために勉強はあるんだな。

 俺は勉強する本意を見つけた。

 高校での勉強がはかどりそうだ。

 これによって成績が上がったら「妹のおかげだぜ」とか言って、守と玲香に妹という存在の素晴らしさを伝えてやろうと思う。


「こんなの簡単じゃねーか。これをこうしてこうやってこれで終わりだ」


 指を使いながら指示語オンリーで教えた。

 雨音は納得がいったのか微かに首肯している。


「なるほど。案外頭いいんだね」


 今まで俺の頭脳を馬鹿にしていたらしい口振りだ。

 それに対して少しの自慢を含んだ返事をする。


「一応進学校に通っているからな」

「だけどその中でも理系科目はビリなんでしょ?」

「そうだけど、文系科目は神がかっているぞ」


 事実、俺は社会学年三位。国語学年一位の秀才だ。

 自分よりも国語能力がまさっている奴は自校にはいないと思っている。

 まあその分、理系科目は本当にくそ。全くわからん。一年生の最後のテストなんて数学六点、理科三点だぞ。

 時にはそのことについて先生に呼び出されたこともあった。

「理科と数学真面目に勉強してるかー?」とか「国語と社会の文系科目ばっか勉強すんなよー」とか。

 何だよ。国語社会勉強禁止令出されちまったよ。意味わからねえよ。

 その時の出来事を回想して、俺は愚痴ったのだった。


「はあ、だけど本当に理系科目は無理。拒絶反応起こっとる」


 ため息混じりに俺が言うと、


「だけど、この数学の問題解けたじゃん」


 と、雨音が言った。

 その言葉が妙に俺を慰めているように感じたので、そっと雨音の艶やかな髪を撫でる。


「ちょっ! 勝手に髪に触らないで!」


 めちゃめちゃ嫌がられた。

 何か距離置かれたし······。

 どうやら、数学の問題一問教えたぐらいでは雨音の心は揺らがないようだ。

 まあ、現実そう甘くはない。

 嫌がれつつ、俺は雨音を心の中で応援した。

 しかし、ここで俺はあることに気が付いてしまった。


「そういえば俺ももうすぐテストだ!」


 それは自分のテストも間近に迫ってきているという事実。

 理科数学は何もかも解らない状態。今から勉強したら社会とか英語とかにも支障をきたしそうだ。

 俺は次の中間テストでも理系科目は酷いことになると悟った。

 また、先生に怒られるんだろうな······。

 そして、俺はその場面を想像して戦慄したのだった。

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