第八話 王への謁見

「医師団の結成はあまり意味を持たなかったが、解散させられても、教会がいよいよ権力を全て握ってしまうことになる───これは困ったな。面倒なことになりかねん」

「僕、抗議してきます」


 何かを覚悟した顔で言い放ったモーガンを老医師が引き留めた。


「無理だ。ただの医師でしかない儂らに、何かできるとでも?」

「でも僕たちには、患者の命を救う使命があります。それを放棄したくはない。もうすぐでコレラに太刀打ちできる糸口が見つかりそうなのに、解散させられたら何もかもが無駄になってしまいます」


 戦地へ向かう兵士のようだったと、その場にいた皆が口にはしなかったものの、同じように思っていた。

 もう誰にも、彼を止めることはできない。


「どうやって抗議するのか、決めているの?」


 記者の男から奪い取った新聞紙を握りながら、シリウスが問いかける。モーガンが首を縦に振ると、全員がため息を吐く。どうやら、本当に彼を止めることは無理なようだ。


「別れの挨拶に来た、とでも言っておけばいいでしょう。理由は何であれ、貴族も教会も、傀儡でしかない王にどんなことが起こっても、興味を示さないはずです。

「後はキラール神父やシリウス先生のような、それなりの立場の人間から遣わされたとでも偽っておけばバレません。そもそも、詮索はしてこないでしょう」


 モーガンの策に、老医師と神父は賛同しかねているようだった。あまりにも短絡的な計画だ。かと言って、病院での仕事に忙しい二人や他の修道士を共に連れて行かせる訳にもいかない。

 賭けるしかないのだろう。皆はそう決意し、別れを告げてそれぞれの仕事に戻ったのだった。


***


 驚くべきことは、彼の作戦が上手く行ったことだ。

 モーガン医師はどうやら、かなりの強運の持ち主のようで、思惑通りに司祭や司教たちはあっさりと彼を少年王・オーヘント2世の自室へと通した。


 陽は既に傾き始めており、明かりの付いていない暗い部屋と相まって、少年王は酷く憔悴しているようだった。

 彼は椅子に座り、部屋に訪れたモーガンと目を合わせたかと思えば、すぐに逸らし、窓の外を眺めた。彼はこの男のことを、半年ほど前の会議で見かけたことを覚えてはいなかった、何のために来たのかは理解していた。


「言っておくが、医師団の解散を取り消すのは無理だ。私には無理だ」

「どうしてそう思われるのですか?」


 モーガンの声が静かな部屋の中に響いた。目の前に君主がいるにも関わらず、物怖じせずに問い返したことに少年王は驚いたが、なんとかその問い答えた。


「貴族たちが許す訳ない。私にはもう後がない。国民たちの不満が高まっていて、きっと貴族や教会は私を生贄に王政をなくすつもりなんだ……」


 しばらくの間、二人は口を閉ざした。部屋に沈黙が流れる。もう帰ってもらおうと少年王が口を開きかけた時、モーガンは柔らかな笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。


「失礼なことかもしれませんが、僕は貴方は弱くなんてないと思います。人より深く考えすぎてしまうだけ、人より他者に共感してしまうだけです」

「───は?」

「貴方のお姉様や国民が求めるような、力強い王様になる必要なんてないんですよ。貴方の力を活かした、貴方らしい王様になればいい」

「私らしい王?」

「貴方は無理に変わらなくていい。貴方は貴方のままでいいんです」


 目の前に立つ、異様に饒舌な異国の男に少年王は翻弄され、怖気付いてしまったが、なんとか気を取り直し、言葉を紡いだ。


「周りは私に変わるようにと言う。人には必ず変わらないといけない時があって、私にとっての『変わる時』は今なのだと。だが私が皆の望むような王に『変わる』ことは難しく、お前が言うような『私らしい』王になることもできない」


 一瞬の間が生まれる。異国の医師は難しい顔をし、眉をひそめた。


「僕はその意見には賛成しかねます。人によっては劇的に変わることもありますが、それは誰しもは通らなくてはならない道ではありません。大きく変わる人もいれば、全く変わらない人もいる。人それぞれ、個性があるのです」


 モーガンは間を開け、王の意見を期待したが、とうの王は黙ったまま、目の前の客人が語るのを待っていたので、更に言葉を続けた。


「陛下はお優しい方です。今もこうして、僕の話に耳を傾けてくださっている」

「それが仕事だからだ。同じ立場の人間であれば、誰だってそうする」

「いいえ、違いますよ、陛下」


 モーガンは真っ直ぐな眼差しで王を見つめた。


「普通であれば、誰も僕の話を聞こうとしません。そういう世界なのです。

「純粋な西洋人でないものは蔑ろにされる。無神論者は異端。伝統や今までの知識に反することを言うものは頭がおかしい。

「でも、貴方は僕を否定せず、話を聞いてくれた。『人間』として見てくれた。それは誰にもできることではなくて、非常に素晴らしい力です」


 少年王がこの男の話を聞いていたのは、ただ単に客人として司教たちに通され、また追い出すことができるほど強い気力を持っていなかっただけのことだった。

 だが目の前で、嫌悪していた短所を長所として言われ、褒められるという初めての体験に、彼は顔には出てはいなかったものの、舞い上がっていた。

 そんな彼の心情を見抜いてか、モーガンはそろりと王に近づき、囁くように言った。


「そして貴方が例え、どんなに頼りない王なのだとしても、貴方にしか頼めない仕事があります。そこで一つ、陛下に頼みごとをしても宜しいでしょうか?」


 目は合わせなかったものの、体をモーガンの方に向け、少年王は小さく頷き、彼の頼み事を待った。

 異国の医者は微笑む。


「僕が働いている病院に来てください」

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