人の心が読めるのようになったけど婚約者に浮気してたから、王都で猫と結婚します

巫女服をこよなく愛する人

浮気発覚タイム

「スキル、いいのがもらえるといいねっ!」


 村の幼馴染で婚約者のルディ。スキルを授けられる選定の儀の朝、彼女は俺の家に来ると、一番にそう言った。

 ルディは昔から明るく、誰にでも優しく接する女の子だ。彼女の長い茶髪はふわりと靡き、パチクリとした瞳に囚われた男衆も多い。

 だが、そんな彼女と俺は、婚約者である。昔から家が近いこともあり、子供の頃からよく遊んでいたが、つい先日、15歳になったその日にプロポーズをしたところ、まさかのオッケー。

 俺はまさに今、人生の絶頂にいるような気分だった。


「ああ。魔術系のスキルを手に入れて、村のみんなを守れるようになりたいな」


「カイゼルならきっといいスキルがもらえるよ! 私、プレゼント作ってるから、夜になったらうちに来てねっ! 私、まってるから!」


「ありがとう、ルディ!」


 そういって家を出て、ルディと別れた俺は、村の教会へと向かう。

 村の教会はそれほど大きいものではなく、木造で、大きな小屋くらいの規模しかない。村人の技術では、このくらいが限界だったようだ。

 それでもルリア教の信徒である俺たちにとって、神聖な場所だ。俺は失礼のないように、足音を抑えて教会の中へと足を踏み入れる。


「こんにちは、神父さん」


「やあ、きたのかい、カイゼル。ちょっと早かったんじゃないかな」


「ワクワクしちゃってさ。それより、早く儀式をやってくれよっ!」


 神父さんは気の良い初老の男性といった方だ。聖服に身を包み、ルリア教のシンボルである、二つの円の聖印を首から下げている。

 貴族・僧・平民・農民で構成されるこの国の身分制度の中で、神父さんは僧に位置するが、俺たち農民にも優しく接してくれる、尊敬できるお方だ。


「まあ、まあ、あわててはいけないよ。ルリア様は、いつも君を見守っているのだから、はしたない姿を見せてはいけない」


「とと、そうだった……神父様、私に選定の儀を行なってはくださいませんか?」


 俺は姿勢を正し、軽く礼を取ると、慣れない敬語を使ってそう口にする。


「ふふ……ルリア様の御心のままに」


「ルリア様の御心のままに」


 歯の浮くようなセリフを言い切ると同時、神父様と俺は示し合わせたようにニカリと笑い合う。ルリア様は素晴らしい神様ではあるが、このセリフだけはなんとなくむず痒い気持ちになる。「おはよう」といったのに、「おはようございます」と再び言い直すような感じだろうか。


「まあ、儀式の準備はすでに終わっているよ。あとは、ルリア様からのお許しをいただくだけだ」


「流石、神父様っ!」


 俺は神父様に連れられて、教会の中央に置かれた赤色の水晶玉の前に立つ。これがルリア様と交信するための道具があるとは聞いたけれど、みるのは初めてだ。


「さあ、ここに手を置いて。ルリア様に挨拶するんだよ」


「うん、神父様」


 神父様の言う通り、水晶玉に右手を置いて、頭の中でルリア様に口上を述べる。すると、見たこともないような文字が頭の中に浮かび上がった。

 思考の深い深い中にいるような、そんな感覚。その中で、俺はその文字の意味を正しく理解する。


『読心』


 それが俺がルリア様から授かったスキル。人の心を読むスキルのようだった。


「どうだい?」


 スキルを理解すると同時、神父様の声が耳に入った。俺は水晶玉から手を引いて、まずは神父様に頭を下げる。


「ルリア様から、スキルを授かったよ。ありがとう、神父様っ」


「そうかいそれは良かった。して、どのようなスキルなのかな?」


「『読心』ってスキルだけど、知ってる?」


「『読心』か、ふぅむ」


 神父様は顎に手を当てて、目を閉じると、すぐに「ああ」といいながら、続けた。


「かなり珍しいスキルだね。使い方はわかっているだろうけれど、人の心を読めるスキルだ。王都ではかなり重宝されると聞く……試しに、私の心を読んでみなさい」


「いいの?」


「構わないよ、さあ」


 神父様に促されるように、罪悪感を覚えつつも、心の隅でワクワクしながら俺はスキルの発動を念じる。


(聞こえるかい?)


 神父様は口を動かしてもいないのに、声が聞こえる。成功だ。


「うん、聞こえるよ。これが読心なんだな……」


「その通りだ。心の声と、実際に口に出している声は聞き分けられるようになるといいだろう。そうした方が、不便がない」


「そうか……ありがとう、神父様っ! 俺、みんなに報告してくるよ!」


「ああ、気をつけるんだよ」


 微笑む神父様に背中を向けて、俺は村へと走り出す。その時、神父様の顔に若干の陰が落ちたような気がしたが、早くみんなに教えたいと迅る(はやる)気持ちが、それを頭の隅に追いやった。


◆ ◆ ◆


「ルディっ!」


 俺は両親より先に、ルディに報告すべく、彼女の家の戸を叩いた。すると中からドタバタと足音が聞こえてしばらく、扉をあけてくれたのは、ルディ本人だった。


 家ではだらしないのか、服はちょっと乱れていて、ちょっと汗とかいているようだった。一瞬、疑問に思ったけれど、すぐに気づいた。それだけ俺へのプレゼントに、精を込めて込めていてくれているのだろう。

 俺は心が満たされるような気分になりながら、ルディに語りかける。


「ルディ、俺、スキルを授かってきたぞっ!」


「ほ、ほんと? 早かったんだね。そんなものなのかな?」


「わかんないけど、数分でおわったよ。俺、ルディに早く報告したくて、まっすぐここに来たんだ」


「そうなんだ……私、嬉しいよっ」


 ルディは自分のことのように喜んでくれているように、満面の笑みを浮かべている。それが本当に嬉しくて、ちょっとした悪戯心が芽生えた。


「へへ……俺のスキル、すげーんだ。ルディ、見せてやるよ!」


「本当? 見たい、見たい!」


 ルディはきゃっきゃっとはしゃぎ、期待する目を向けてくる。俺は参加ルディの心を覗くのだという背徳感に、罪悪感も感じながら、スキルを発動する。


(あー、カイゼルだりぃ……はやくネトラーに抱き直して欲しいなぁ……ったく、情事中にするなんて、ほんとカイゼルクソだわ)


 俺は自分の耳を疑った。

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