第二十一話~私は新世界の神になる~

「私も崇め奉られたいっ! どうして私のことを誰も崇めてくれないのっ」


 また唐突にサクレが喚きだした。

 今度はいったい何なんだ。どうせまたくだらないことなんだろうと、俺は適当に聞き流す。

 サクレのことなんかより大事なことがある。

 それは、鳥ガラに内蔵が付いていないか確認することだ。

 内臓が付いていないことをしっかりと確認した鳥ガラを、鍋に入れて、強火にかけた。


 今俺が作っているのはチキンブイヨン。

 要は、肉や骨でとる出汁だ。洋食関連で主にスープなんかに使われる。

 日本人で馴染みのある出汁といえば、カツオ出汁や昆布出汁だと思うのだが、それの鳥ガラ版とでも思って貰えばいいだろうか。


 何故にチキンブイヨンを作っているかといえば、コンソメを使わないポトフを作ろうとしていた。

 市販で簡単に買えてしまう洋風出汁の元であるコンソメ。それを使ってしまえばポトフなんて簡単にできてしまうだろう。

 だけどなんか使っちゃいけない気がした。

 料理を本気で楽しみたいのなら、楽しちゃいけない。まずは自分で作ってみろ。

 という訳で、俺はコンソメを遣わずにポトフをしっかりと作ろうと思う。

 それに、コンソメの元を使うと一定の味しか出せないけど、しっかりと出汁を取れば、自分好みに作れるしな。


「ちょっとダーリン、なんで私の話を聞いてくれないのっ。ねえ、聞いてよ」


「うっさい、今日の夕食作っているんだよ。邪魔するな」


「今日のご飯は」


「今日はポトフを作る。あとつぶつぶマスタードも用意してあるから米に合うと思うぞ」


「わぁ、すっごく楽しみ……ってそうじゃないわよ。私の話を聞いてよっ」


「はいはいなんだっけ」


 俺は鳥ガラを煮ている鍋を見つめながらサクレに答えた。

 結構灰汁が出るな。取り除こう。


「まじめに聞いてくれないし。まあいいわ。私はね、崇め奉られたいの。ちやほやしてほしいの、甘やかしてほしいの」


「そのセリフ、あの有名な青い髪をした駄女神と同じようなこと言ってるぞ」


「私もあんな駄女神にはなりたくないから気を付けるわ」


 俺はあの駄女神、結構好きなんだけどな。きっとサクレの理想としている女神像とはちょっと違ったんだろう。

 まあ、今のサクレも結構ダメダメな女神なんだけどな。


「でも、あの作品の駄女神ですら、崇めてくれる信者がいるんだけどな」


「そうなのよ、でも私にはいない。これだけ人を転生させているのに、私を崇めてくれる宗教が生まれないのよ。ねえどうして、どうしてなのっ」


「どうしてって言われてもなー」


 ある程度灰汁を取り除いたら、玉ねぎにクローブを刺す。

 ちなみにクローブとはチョウジノキの開花前の花蕾からいを乾燥させて作った香辛料のことだ。

 んでもって、ニンジン、セロリをカットし、鍋に投入。ついでに鳥ももとローリエも投入する。

 あ、ローリエも月桂樹の葉を乾燥させてつくられる香辛料のことね。

 これを2時間ほどよく煮込む。うん、煮込むのってなんて楽しいのだろう。


「まじめに話聞いてくれないし」


「タイマーをかけてっと。よし、このタイマーがなるまでお前の相手をしてやろう」


「本当っ! ダーリン大好き」


 本当にちょろい奴である。こんなちょろ子が女神様で本当に大丈夫なのだろうか。ちょっとだけ心配だ。


「それでね、私思ったの。私をあがめてくれないのは、私をあがめてくれる人を世に送り出していない、または既にほかの神様によって宗教が生まれてきてしまっているのがいけないのよっ」


「んで、お前は何をするつもりなんだ」


「というわけで、今回の迷える魂ちゃんがここにいます」


「えっと……こんにちわ?」


 唐突に紹介された今回の迷える魂。背丈が低く、ちょっと童顔だけれども、かなり大人しい雰囲気をまとっている女の子だった。

 こう、あれだな。小学6年生を見ているようだ。

 あの時期の子供は急に落ち着いた雰囲気になるからな。親戚からしてみれば、少し寂しい気持ちになるのではないだろうか。

 んで、そんな幼気な子供を連れ込んで、サクレはいったい何をしようというのだろうか。


「という訳で、今回は私のすごさをこの子に教え込んでから、新世界に転生させたいと思います」


 また知らない単語が出て来た。


「あ、あの……」


「はい何かな?」


「新世界って、何ですか?」


 よくぞ聞いてくれた。俺はもうすでにツッコミ疲れたし、鍋見てたいから相手をしてくれるととても助かる。

 でも、サクレが変なことをしないように、耳だけは傾けておこう。


「世界っていうのはね、突然生まれるの。そこに理由なんてないわ」


「は、はぁ」


「地球だってなんの理由もなく突然生まれたでしょう。まあ、その時人間はいなかったから、憶測でしかわかっていないかもしれないけど。とにかく、世界っていうのはポンッと突然生まれるものなのよ」


「なんとなく分かったような分からなかったような」


「分からなかったら適当に流していいぞ。こいつ、いつもわけの分からないことを言っている頭の残念な子だから」


「そ、そうなんですか……。可哀そうに」


「ちょっとダーリンっ! その子に変なことを教えないでよ。あと君、私のことを見ながら可哀そうとかいうのやめてくれるっ。本当に傷ついちゃうから」


「もう一度言ってやれ」


「わかりました。本当に可哀そうに……」


 少女の目は、本当に悲しみに満ちた表情をしていた。これが演技だったら、この子は役者になれる、そう思わせるほどだ。

 はたから見たら、サクレのことをからかっているようにしか見えない。

 だけど、あの妙にリアルなセリフと態度をとられたら、あっさりと騙されることだろう。

 もちろんサクレは騙された。


「ねぇ、本当にやめてよ。私が可哀そうな子に見えるじゃない」


「可哀そうに……」


「もうやめてよ、ねえ、お願い。本当にやめてぇぇぇっぇぇ」


 サクレがボロボロと泣き始めてしまったので、俺は少女に声をかけたら、やめてくれた。

 悲しみに満ち溢れた表情が一転、幸せを御裾分けしてくれそうな満面の笑みを浮かべていた。

 この子、なんて恐ろしい子っ。


「うう、と、とりあえず君に私のすごさを教えてあげるわ」


 可哀そうな目を向けられてぐずったサクレは、もう騙されまいと気合を入れる。


「私はね、すごいの」


 そこからサクレは懇切丁寧に、自分のことを指導し始めた。

 気が付くと、俺が仕掛けていたタイマーがなった。


 サクレの長話にふらつく少女を哀れに思いながら、俺は鍋の火を消す。シノワにキッチンペーパーを敷いて、シノワのした辺りにボウルが来るようセットする。

 そして、先ほどまで煮込んでいたものの汁を、キッチンペーパーが敷かれているシノワに注ぎこんだ。


「なんかいい匂いがしますね」


「そうなのよ、私のダーリンは世界一かっこいいもの」


「あ、あの、話聞いてます」


「今日はポトフなんだってっ」


「こっちの話を聞いてくださいよっ」


 サクレはすでに出来上がったおじさんのように、自分が話したいことだけ話続ける。

 俺は邪魔にならない程度の位置に陣取って料理を続けた。


「あ、君には使命をあげないといけませんね」


「使命……ですか」


「そう、私の存在を世界に広めるっていうね」


「えっと、それになんの意味が……」


「意味なんてないわ」


 サクレが無駄などや顔をした瞬間、少女は少しだけイラっとした表情を見せた。

 サクレはそれに感づいてしまったのだろう。

 あろうことか、その少女をいきなり転生させやがった。

 聖なる輝きが少女を包み込む。突然の展開に戸惑いながらも、少女は無事に転生させることが出来たようだ。

 サクレは静かにガッツポーズをする。

 きっと俺の料理がとられたくなかったのだろう。

 サクレはこの日、4杯のご飯をお代わりするほど、いっぱい食べた。


 後日談ではあるが、転生された少女は新世界にて結構幸せに生きている。

 どれぐらい幸せかって?

 そりゃもう、サクレに指示されたことを完全に忘れ去っていた。


 サクレは「いつできるかな、宗教」と楽しみにしていたようだったが……。

 サクレに真実を語るのは、もう少し後にしよう。

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