第十話~その転生、ちょっとおかしくねぇ~

 水に黒糖を溶かし、沸騰させたものを、片栗粉に注いだ。

 それを練って、練って、練りまくり、べたべた感がなくなるよう片栗粉を足してまた練った。

 いい感じにできた生地を今度はサクレと二人、パチンコ玉サイズにチネリ出す。

 量だけはかなり多いので、黙々と作業を行った。


「あーもう、なんでこんなことしているのよ。もう嫌、ダーリン、やめていい?」


「お前が言ったんだろ。タピオカミルクティーが飲みたいって。だったら作れ、お前の為に作ってやるんだから文句を言うな、俺に感謝しやがれ」


「でも、タピオカってこんな感じに作るって知らなかったんだもん。めんどくさいよ」


 こいつ、マジでうるさいな。お前のためにしかたなく作っているというのに、なんでこいつは文句ばかり……。

 ところで、なんで俺が、こいつのために、何か作らなければならないのだろうか。

 あれかな、こいつの旦那だからだろうか。いや、それはない。それだけはない。

 そこそこ量があったタピオカ生地も、考え事をしながら作業を行ったおかげか、あっさりとなくなった。

 自分の分が終わったので、サクレの様子を見ると、俺が文句を言った時と何も変わっていなかった。

 いや、なんかめんどくさい表情には変わっていた。


「ダーリンが私のために、だけどめんどくさい。私はいったいどうすればいいのっ」


 だからチネリをやれって。いつまでたっても終わらないだろう。

 仕方ない、そう思った俺はサクレから生地を半分ほど奪った。


「……え」


「仕方ないからやってやる」


「うん、ありがとう。ダーリンは優しいね」


 お前がもうちょっとしっかりしてくれたらなーと思っていて、この時サクレがなんて言っていたのか聞こえなかった。

 俺は黙々とチネリ続けた後、それを沸騰したお湯に投入、生タピオカが浮いて来たところで火をとろ火にして、30分、その後火を止めて30分程置いて、タピオカを完成させた。


 俺は北欧紅茶のアールグレイスペシャルとサクレがどこからともなく持ってきたミルクを使って、ロイヤルミルクティーを作った。

 グラスにタピオカを入れて、ロイヤルミルクティーを注ぐ。

 手作りしたせいで、タピオカが大きくなりすぎて、サイズの合うストローが見つからなかった。

 こればかりはしかたがない。


「サクレ、出来たぞ」


「わぁ、ダーリンが入れてくれたタピオカ入りロイヤルミルクティーだ」


「すごくいい香りですね。私たちにも入れてくださらない?」


「タピオカとは何なのでしょうか。ちょっとおいしそうです」


 サクレに渡しに来たわけなのだが、知らない女性に、私たちにも入れてくれと言われてしまった。

 この人たち、誰?


「あ、ダーリン、紹介するね。今回の迷える魂である、乙女ゲーム主人公ちゃんと、悪役令嬢ちゃんよ。二人とも同じ世界の出身で、日本の乙女ゲームをイメージして作られた世界なの。それでね、ちょっとトラブっちゃって……」


「お前……、今度はいったいなにしたんだよっ。謝れ、今すぐに謝れっ」


「え、なんでそんなに怒っているの、ちょっと失敗しただけなの、ごめんなさい、ぎゃあああああ」


 俺は無理やりサクレの頭を下げさせた。サクレは抵抗したが、それでも俺の力には勝てず、渋々といった感じに頭を下げている。


「女神様、落ち着いてください」


「私たちは別に気にしていませんよ」


 彼女たちがそういうので、サクレの頭を押さえつけている腕をどけた。


「ちょっとダーリン、私の扱いひどすぎない? ねぇ、ひどすぎない」


 まあ、サクレだし、別にいいんじゃねぇ、と思っているが、口には出さない。出したら出したで拗ねてしまいそうだ。めんどくさい。


「じゃ、とりあえず何があったのか、たまにしかやらない回想シーンを見ようぜ」


「たまにしかやらないって何よ。いつもやっているじゃない、え、何、馬鹿なの?」


 いつやってんだよ、俺は知らねぇぞ。

 しかも馬鹿にされてちょっとムカつく。でも知らないから反論できない。

 すると俺の袖を主人公ちゃんが引っ張ってきた。


「ねえ、タピオカ入りミルクティーはまだなの、早く飲んでみたいわ」


 まさかの催促っ!

 仕方ないから俺は先にタピオカ入りロイヤルミルクティーを入れることにした。


 さて、皆の前にタピオカ入り以下略がそろったところで、俺たちは見慣れた60インチのテレビに視線を向けた。

 サクレがテレビの電源をつけて、回想シーンが流れる。

 ……って映ってんのここじゃね。


『残念ながら、あなたは死んでしまったのです』


『そ、そんな、なんで、なんで私が死んでしまったのです。あの人は』


『ピンピンしてますよ。ほかの女の尻を追っかけてます』


『なっ! どういうことですか。私たちは……』


『っぷ、愛し合っているわけないじゃない。あなたは人生に失敗して、好きな人に裏切られて捨てられちゃったのよ。自分が愛されていると思ってたの? ぷぎゃぁ、自意識過剰乙』


『ぶ、ぶっ殺してやるっ』


『ぎゃあああ、首、首が閉まる、しまっちゃううう』


 なんだこの茶番。

 俺はちらりとサクレの方に視線を向ける。

 サクレは俺の視線に気が付いたのか、そっと目線を逸らした。


「てめぇ、何迷える魂を煽ってんだよ。え、何。お前自分の仕事を口に出して言ってみろっ」


「ぎゃあああ、ちょ、待って、待ってよ。この件はほかの神様にこっぴどく怒られたんだから、ダーリンまで怒らないでよ~~」


 他の神様に怒られているのなら、まあ仕方がない。これ以上責めてもかわいそうなだけだ。


「ふう、助かった……」


「大丈夫ですか、女神様」


「私たちが付いていますから、この鬼畜っ! 女神さまに何しようっていうのよ、これだから男は……」


 え、何、俺が悪いことになっているんだけど。何なのこの雰囲気。


「二人とも、ダメよ。この人は私のダーリンなの。だから、どんな体罰でも受け入れるわ……」


「お前、実は反省してないだろう」


「ギクッ……」


 口でギクッていうやつ初めて見た。全然反省していないじゃないか。

 とりあえず、コブラツイストを食わらせてやり、回想ムービーの続きを見る。


『あなたを好きな世界に転生させてあげちゃう。だから許してよ』


『じゃあ、私をあいつに、あの世界の悪役令嬢に転生させてよ』


『オッケー、そんなんで許してくれるなら安いものよ』


 そして、主人公ちゃんは転生していった。

 あれ、これ死んだときの回想じゃないの。前回の転生の回想…………。あれ?


「ダーリンも気が付いた。私がやっちゃった問題に」


「あ、うん。なんとなくわかった。お前、本人が生きている時間軸に記憶をすべて継承した別人に転生させただろ」


「うん、そのせいでこの子たちの魂が二つに割れちゃって……」


 でもこの展開、ちょっとだけ面白いな。乙女ゲームの主人公的なキャラクターがバッドエンドを迎えた後に、悪役令嬢に転生したみたいな感じの話だろ。

 ぶっちゃけ、ラノベにありそうな展開だよな。


「わぁ、おいしい。タピオカおいしいよ」


「本当ね。女神様、ありがとうございます、あとお前もな」


 俺の扱い雑じゃねぇ。


「さて、そろそろ仕事をしましょうか。次の転生どうする?」


「記憶の継承はもういいです、平和な世界で幸せに暮らせたらそれで……」


「後、私たちがまた一緒になれたら……うれしいです」


「オケオケ、チャチャッとやるね」


 乙女ゲームの主人公と悪役令嬢は、聖なる光に包まれて、ゆっくりと一つになっていき、そのまま消えていった。


「ふっふっふ、今度はちゃんとやったわよっ」


「それ、ドヤ顔で言うことかよ、転生神様」


「ふふふ、もっと褒めて」


 別に褒めていないんだが、嬉しそうに笑っているし、まあいいか。


「やっぱ次の転生先は平和な日本よね。日本が舞台の乙女ゲームの主人公として転生させてやったわっ。ふふ、幸せになる彼女の姿が目に浮かぶ」


 …………俺は無言でアイアンクローをした。

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