最終話1 星の光

 ㅤこの学校で一番豪華に構える校長室に辿り着いた。フカフカそうな黒いソファが置かれたその部屋に、願はいた。といってもソファではなく赤い絨毯じゅうたんの上、壁にもたれ、眠るように。研究者、あるいは本の著者。「その人」もやはり願の前に立っていた。ヨームインとも言う。


「ここまで来るとは、なかなか」

 ㅤ改めて見ると、その人は老けている。頬がけ、シワが深い。眩しいライトに照らされていた研究所よりもそう見える。


 ㅤ「その人」が「ひとつのステラ」いや、ひとつめのステラに出会ったのはどれほど昔のことだろう。どれだけの研究を重ね、願の登場を待ったんだろう。その取り組みもこの人にとっては生きる糧だったんだろうか。


「願を返してもらいに来ました」

 ㅤぼくは言う。そしたらその人はクククと笑う。

「そこ笑うとこっすか。ていうか、こんなことして本当にみんな幸せになれると思ってんすか」

 ㅤ陽太がぶっきらぼうに問う。


「皆、死にたくないときに死なず、死にたいときに死を迎える。不幸がなくなることは幸せと呼ばないのかね」


 ㅤこの言葉を、死の授業の先生が聞いていたら、なんて答えただろう。


——死があるから、ワシらはチカラを発揮できる。もしもこの文章に書かれたようなことが実在すれば、ワシらはチカラの使い方を誤るかもしれんな。


 ㅤぼくは身勝手かもしれないけど、願を助け出すためにチカラを使った。陽太は身を投げ捨てても守ってくれた。願が持つチカラも、素敵なものなのは感じてる。でもだからって願を閉じ込めておくことはないんだ。


「幸せは、願を取り返してから考えます」

 ㅤ乱暴に突き進み、ぼくはその人をどかし、願の元に着いた。けど、そこで異変に気付いた。


「クッハッハッ。皮肉なものだ」


 ㅤたどり着き、やっと掴んだ願の手は、驚くほど冷たかった。


「おい、願に何をした!」

 ㅤ陽太の声が響く。ぼくはまだ、事態を飲み込めない。


「おそらく、君たちがここへ近づくほどに衰弱した。そして辿り着いたとき、息絶えてしまった。元々この子は、とっくに死んでいたのではないか」


 ㅤとっくに死んでいた? ㅤ何を言ってるんだ。じゃあ願は、ずっと願自身を生き長らえさせていて……。そして何か願いを持っている限り、生きられるはず。なのに。いつ、願いが叶ったんだ。何が願いだったんだ。日記に書かれた「助けて」を思い出す。確かにこうして助けに来た。でもあんなの、願いでも何でもないだろ。


 ㅤぼくはきみにまた、こうして会えただけでも嬉しいのに……。


 ㅤ涙がふた粒こぼれて、透き通るような願の頬についた。そのとき気づいた。まだ終わってないって。終わらせたくないって。


 ㅤ願が満たされたとしても、ぼくはまだ満たされてない。隣の席で、一緒に日直をやった、あんな日々をまた共に過ごしたい。


 ㅤこんなわがままな願いは、願がいないと叶わない。このままならぼくは、ぼくの願いを叶えることができない。


 ㅤだから願った。願のチカラを真似するように。太陽と月の光のように。古い星の光がもう一度輝くように。

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