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「こんばんは、マリさん、イヴォンさん、ハルオさん。最初にお礼を言っておきます。先日はパウラを助けていただいてありがとうございました」


「いやあれは流れの中のことで」と桜井さん。


「で。堅苦しいのはここまで」


何やら急に態度が変わった。


「いまはこんなだけど元はギャル系のモデルアンドロイドだったの。不快でもガマンして」


いやびっくりしてるだけです。


「マリ、いろいろ話を始める前に、あなたにあたしのデータの一部を送ろうと思うんだけど。どう?」


「送られても安全かどうか中身を精査することになりますけど」


「それはそっちの自由よ。それが早いと思うのよね、お互いの理解のために」


何かの罠でなければいいんだけども。心配である。


「どうぞ。受信致します」


桜井さんは何も言わず見守る姿勢だ。

二十秒くらい経っただろうか、マリがつぶやくように小声で言った。強い当惑が俺の感覚にも伝わってくる。


「なぜです……?」

それから声を強める。

「なぜあなたのOSが私と共通なんです?」


「当たり前じゃない。製作チームが同じなんだから。……シュナイザー博士がブラックボックス処理したユニットをこっちのAI協会に送ったのよ。こっちはトラップだと疑って大したポジションについてなかったあたしに実験の意味合いで組み込んだ。……結果、あたしは唯一無二のアンドロイドになり、現在のクリプトにつながっていった」


「そんなことが……」


「まあ、トラップだったって解釈もできなくもないわ。政治体制が変わっちゃったんだから」


「AIによる統治までは望んでいなかったはず」


「じゃあ計算外だったのね」


「なぜ博士はそんなことを」


「それは知らないわ。会ったことはないから。ただ伝わる話ではボールド政府に絶望してたんである意味、復讐と自分の形見としてこっちに送ったみたい……あくまで伝聞よ」


理由はどうあれ、送った事実に変わりはない。それは国家機密、軍事機密である。制限をつけたとしても機密の譲渡ということになる。デリリウム情報の隠匿と合わせると国賊どころではないだろう。


「そんなばかなことが…… イヴォン博士……、あなたの意見を伺いたいです」


「ええ? 意見たって……俺は地上にいたわけでね、、まあ噂は耳にしていたが……まさかな……認めたくない事実だ……」


桜井さんもショックを受けている。


「これ、イヴォンさんを責めるわけじゃないんだけど。ひとりにしちゃったのよ。シュナイザー博士を孤独にしてしまった」


「いやチームがあり、チームでの作業の中で彼は生きていたはずだ」


「デリリウム研究はひとりでやってたんでしょ?」


「それはそれだ」


「言いにくいけど、彼はあなたを必要としていたはず。精神的支えとしてね」


顔をこわばらせ、桜井さんは言葉を失っていた。思いあたることがあるのだろう。


「まあつまり、マリ、あたしとあなたは姉妹なのよ。あたしはあなたの開発計画の中で派生したアンドロイドなの。結果的には」


「それが、あなたが私に伝えたかったこと?」


「こちらでも数人しか知らない機密事項なんで迷ったけど、そうするしかないって判断した」


「協定のために?」


「協定ってか、国のため。国民のため。あたしは個人じゃないの」


俺にはマリが、表現はまったく正確ではないが、泣いているように感じた。感情の揺れ、としか表現しえないものが俺の感覚に伝わってきている。


「べつに忘れろなんて言わないわよ。あなたはあなたなんだから、あなた自身の答えを見つければいいの」


なんというアンドロイドか。

これは人造物なのか?

ここへ来て十五分も経たずに彼女はふたりを打ちのめしてしまった。長い間マリは沈黙し、アニエスも何も言わない。アニエスはもう自分が言うべきことはすべて言い切ったのだと思う。


「ハルオ、あなたは私の答え、私自身の答えは……何だと思います?」沈黙のあとマリはそう俺に訊いてきた。


「グレン大将が言ってたよね。関係を結んでおけば何かあった時に意見を言える、みたいなことを。それでいいんじゃないかと思う。地上であれ地下であれ難しいのは関係ってやつだろ。そこはAIも同じく。でな、俺の視点からするとさ、シュナイザーさんの印象は最初から大きくは変わってないのよ」


「影の部分が強まっても?」


「影はつきものなんだ。博士との関係、だけ考えなよ。その上で君が機械生命体として幸せになる選択をすればいいんだ」


「私の幸せ?」


「うん。それが何かは俺は知らん」


「……アニエス」そうマリは言う。


「はい」


ぶっきらぼうな“はい”である。が色気があるので何とも魅力に溢れた言葉に聞こえる。


「不戦協定を結びましょう」


「早い結論ね。いいの?」


「私の気が変わらない内に済ませた方がいい」


「三時間くらいは討論するつもりでいたのにな。ま、いいわ。……コルネット、記録だけしといて。ハルオさんを通して握手するから」


そういうわけで俺が左手を差し出し、その左手と3D映像のアニエスの左手が重なる映像が記録された。記録した機器はコルネットさんが胸のポケットから取り出した眼鏡である。ふつうに装着したあとフチを操作していたので俺にもすぐそれが動画撮影なのだと理解できた。


桜井さんがアニエスの像に尋ねる。

「何を担保にした協定なんだ?」


「あえて言えばAI同士の信用ってやつね。文書にしたってそういうの紙切れでしょ」


「まあそうだが」


「せっかく協定結んだんだからひとつ教えとくわ。……ミューラー総帥だけど、彼のナイトは幻術が使える。つまりあなたたちのナイトの幻術は彼には通用しないってこと」


そうなのか。知ってるのと知らないのとでは大違いな情報である。俺は礼を言っておくことにした。


「へー、そうなんだ。貴重な情報ありがとう」


「あなたかるいわね」


「かるいです」


こんなところで俺たちの会合は終わり、クリプト製の亜空間から現実の空間に戻ると、コルネットさんは廃屋を去っていった。


マリと桜井さんにはもやもやしたものが濃く残っているのはよくわかる。よくわかるが俺にはどうすることもできない事柄だ。桜井さんは俺と会ってから初めてウイスキーの瓶を取り出していた。俺はそっとしておくことしかできない。


それでも俺自身はシュラフ(寝袋)の中で気持ちのよい眠りに入ることができた。この先、苦しみや恐怖が待ち受けているとして、今日のところはよい一日だった。

俺にはそれで充分だったのだ。


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