第34話 居酒屋での美麗

「ねえ、本当に呼び出すの? 」


 汐里は、文章を打ったメールを送信しかねて、耀を見上げた。


「もちろん」


 美麗のことは、雫が呼び出すことになっていた。すでに約束をとり、あと一時間後に美麗は雫と高田馬場に現れるはずで、汐里は高田馬場で飲まないかと、牧田を呼び出すべく、メールの文章はすでに打ってあった。

 内容は……耀のことが信じられない。別れようか考えているが、まだ雫と耀がそういう関係だと信じたくない気持ちが勝っている。相談にのってほしい……みたいなことが書いてあった。

 同じ店舗で飲む予定で、店も押さえていた。耀は美麗の席の後ろの席で話しを聞くことになっている。

 座席の間仕切りが高いので、普通にしていればばれないだろう。

 汐里達は奥の座敷をとったので、かちあうことはないだろう。


「じゃあ、送るね! 」


 用事があると断られたら……と心配したが、牧田はすぐに飛びついてきた。この間のリベンジとばかりに、食い気味な返事がすぐにくる。


 牧田:もちろん、相談にのりますとも! 高田馬場ですか? ちょっと今仕事が終わったばかりなんで、一時間半ほど時間がかかりますがいいですか?


 汐里:ありがとうございます。では、先に店探しておきます。高田馬場についたらライン下さい


 牧田からスタンプが送られてきて、ラインは終了する。


「酔っぱらったふりだからね。本当に飲まないように」


 雫には美麗の会話を録音してもらい、汐里は泥酔したふりをして牧田と美麗の動きを見るつもりだった。


 三十分後、汐里と耀は店に入りスタンバイした。

 すでに飲んでいた体で、ほろ酔いメイクを施した汐里は、いつものナチュラルメイクと違い色っぽく感じてしまい、耀は個室にしたのを若干後悔する。


「いい、牧田がきたらすぐに俺にライン通話してね」

「うん」


 耀は、頼んでおいた芋焼酎のボトルの中身を、水のデキャンタに移す。代わりに、ボトルには水を入れる。

 牧田は、今まで汐里と飲んだ時はだいたい水と焼酎6:4の水割りに拘っていた。なにやらウンチクを述べ、これが黄金比で、これ以外飲めたものじゃないとか言っていた。しかも芋焼酎じゃなきゃ駄目みたいな、ツウぶるところは見合いした当初から変わっていなかった。


 ★

「幸崎さん! こっち、こっち!」


 高田馬場ビックボックス前で待ち合わせした雫は、にこやかに手を振りながら美麗に駆け寄った。

 本当は、すぐにでも問い詰めて怒鳴り散らしたい気分であるのだが、耀に美麗の企みを知りたいから話しを合わせてくれと言われ、いまだに騙されたふりをしていた。


「店予約してあんだ。居酒屋なんだけど、ちょい料理が美味しくてさ。行こ! 」

「私、あまり飲めませんが」

「大丈夫、大丈夫! 料理美味しいから、ジュースだってOKよ」


 馴れ馴れしく美麗の腕をとると、目的の居酒屋に美麗を連れていく。予約しておいた席に案内され、雫はビール、美麗はオレンジジュースを頼む。


「ね、この間の写真、どうした?うまく写っていたでしょ? 」

「あれ……ちょっとやり過ぎじゃありません? 」

「なんで? 幸崎さんが迫れって言ったんじゃん」

「そうですけど……あまりハレンチなのは耀君は好きじゃありませんから」

「そう? 喜んでいたみたいだけど? 」


 あっけらかんと言う雫に、後ろの席で聞いていた耀が思わず咳き込む。


「そんなはずありません! もしそうなら、あの女のせいです!」

「あの女? 」

「鈴木汐里です」

「なんで? 耀に付きまとってるだけなんじゃなかった? 耀はあたしみたいなのがタイプだから頑張れって言ってくれたじゃん」

「も……もちろんそうです。私は中学から耀君を知っていますし、付き合ってきた人達とも親しいですから。耀君の初めての彼女は私の親友です。佐々木さんに似ています」

「へえ……。で、何で二人は別れたの? 」

「……何故聞きますか? 」

「好きな人のことは気になるじゃん」

「耀君の親友に心変わりしたんです。で、キスしてる現場を耀君が見てしまっておしまいです」

「へえ……、その親友っての、耀よりいい男だったんだ」


 美麗は冷たい視線を雫に向け、ダンッとオレンジジュースのグラスをテーブルに叩きつけた。


「何を馬鹿なこと! 耀君以上の男なんているわけないじゃないですか! 」

「だって、浮気したんなら、耀にない何かがあったんじゃないの?」

「違います! 耀君に言い寄る女がいて、そのことを麻友は佐野君に相談していたの」


 俺に言い寄る女?

 何言ってんだ?

 そんな女いなかったぞ。


 耀は記憶を辿ったが、言い寄られた記憶はなかった。ラブレターを貰ったことはあったが、彼女がいるからって断っていたし。


「相談してるうちに、耀よりその佐野君とやらが良くなったんでしょ? 」

「ハア? そんなわけないですよ。耀君の彼女になれたんですよ? 他に目が行く訳ないです」

「じゃあ何でキスなんか? 」


 美麗は、オレンジジュースを飲み干し、お代わりを頼んだ。頬が赤く、息が上がっているのは、話しにエキサイトしている訳ではなく、雫がオレンジジュースを頼むときにスクリュードライバーを指差して頼んだからだ。

 スクリュードライバーはオレンジジュースとウォッカを割ったカクテルで、アルコール度数高めのわりに、口当たりがよく飲みやすい。美麗は、お酒と思わずイッキ飲みをし、酔っぱらった状態になっていた。しかも、お代わりももちろんスクリュードライバーがきて、さらにピッチを上げて飲む。


「私が佐野君に言ったんです。麻友が耀君よりあなたを好きになってしまったみたいだって。麻友には、耀君のことは親友の佐野君に相談した方がいいって」

「何でそんなことしたの? 」

「何で……何で? 」


 美麗の目はすでに据わっていた。


「ただ席が隣りだっただけなのに、図々しく耀君に告白なんかするから! 耀君の初めての彼女になんかなれる女じゃないって、耀君に分からせるためよ。まさか佐野君が無理やりキスするなんて思わなかったけど、結果オーライだわ」


 無理やり?

 二人はそういう仲なんだって……あれは幸崎美麗から聞いたんだった。


「へえ……。他にもなんかしたりした? 」


 それから、美麗は今までのことをベラベラ話し出した。

 雫はさっきまでの愛想の良い笑顔を引っ込め、無表情でそんな美麗を見ていた。


「なんかさ、幸崎さんって、耀のこと好きみたいに聞こえるんだけど、そんなことないよね? あたしのこと応援してくれたわけだし」


 美麗は、ヒクッとしゃっくりをしながら、トロンとした目を雫に向け、ケラケラと笑いだした。


「それ、楽しいジョークだわ。私があなたを応援? あなたみたいなアバズレ、耀君が相手にするわけないじゃない? 」

「ふーん、それが本心だったわけね。でも、あなたのおかげで、耀といい関係になれたんだから、感謝しなくちゃね」

「い……いい関係って何よ?! 」

「それは、あの写真見ればわかるでしょ? 」


 雫は意地悪く笑うと、千円をテーブルに置き立ち上がる。


「あたしの分はこれで足りるわよね」

「わ……耀君が、あんたみたいなのに引っかかるわけない!!」

耀君? いつあんたのになったのよ」

「今度こそ、今度こそ、あの女と別れたら私に告白してくれるはずなんだから! 」

「それ、絶対あり得ないよ。耀はあんたのこと大嫌いだから」


 雫は後ろの席の耀に目配せすると、さっさと店を出た。

 しばらくすると、許さない!許さない!とつぶやく声がし、美麗はスマホを開いて耳に当てる。どうやら、どこかに電話をかけたようだった。






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