第13話 耀のバースデー

「しおりん、ただいま」


 耀は、お菓子やらお酒やら、なにやら大量に買い込んできた。


「あれ、珍しいね。しおりん飲んでたの? 」


 テーブルに置いてあった空き缶を手に取ると、耀は汐里を見た。


「お祝いをね」

「俺の? 」

「あ、うん。ほら、二十歳っておめでたいでしょ」

「嬉しい! 俺のお祝いしてくれてたんだ。しおりん、何飲みたいかわからなかったから、いっぱい買ってきちゃったよ。とりあえずビールでいいのかな? 缶酎ハイもあるよ」

「とりあえずビールで。買わせてごめんね。お金払うよ。耀君の誕生日だし」

「今度おごってもらうからいいよ」


 耀は、汐里にビールを開けて手渡した。自分の分も開ける。


「じゃ、俺の誕生日と、俺達の初キスのお祝いに! 」


 汐里は、おもわずビールをふいてしまう。


「馬鹿なこと言わないの! 」

「いや、しおりん気にしてるかなと思って」

「あれは、そういうんじゃないでしょ。追い払うためにしただけでしょ。わかってるから。勘違いしてないから大丈夫よ」


 汐里は、ビールをグイグイと飲んでしまい、いっきに一本空になる。

 いっきに身体が熱くなった。顔も真っ赤になっただろう。


「しおりん、お酒弱いんでしょ? そんなに急に飲んだら……」

「大丈夫! ほら、二十歳! 飲め飲め!」


 つい、いつもDVDを一緒に見ている習慣からか、ベッドに寄りかかって二人並んで座っていた。


「しおりんさ、キスしたのっていつぶり? 」

「それ、セクハラ! 」

「だって、気になるんだもん。彼氏とか、いつまでいたのかな? とかどんな相手だったのかな? とかさ。」


 耀は、さりげなく汐里の手に自分の手をのせた。酔っぱらった汐里は、特に気にするふうでもなく、自然に受け入れていた。

 たぶん、さっきのキスがなければ、手が触れた途端手を引いていたかもしれない。


「彼氏って言っても、だいぶ前よ。学生の時だし」


 似たような質問を牧田にされた時は嫌悪感しかなかったが、耀には自然に答えることができた。


「学生同士? 」

「そうね。高校生の時と、専門の時かな。両方とも、あんま長持ちはしなかったな。浮気されておしまい」

「そいつらバカだな。しおりんと付き合えたのに、他の女に手を出すなんて」


 いつの間にか、耀の手が恋人つなぎで汐里の指に絡んでいた。


「この手は何かな? 」


 汐里が手を上げて見せると、耀はニッコリ笑って指に力を入れた。


「ダメ? 」

「ダメじゃないけどさ……」


 汐里は、語尾を濁して缶酎ハイに手を伸ばした。片手じゃ開けることができず、缶酎ハイを汐里が押さえると耀がプルトップを開けてくれた。


「じゃあ、俺はしおりんの三人目の男になるわけか」

「誤解を受けそうな発言は止めとこうか」

「なんで? チュー三人目じゃないの? あ、もしかしてチューだけなら他にもいたりする? 」

「いないわよ! 」

「じゃ、やっぱり三人目の男じゃん」

「耀君はいっぱいいるんでしょ?両手じゃ足りないんじゃないの?


 耀は、何か考えるように上を向くと、指を折って数え始めた。


「五人だね。片手で足りた。今まで彼女は五人だったから、チューしたのも五人。しおりんは六人目だ」


 こちらもまた正直に答える。


「二十歳で五人って、多くない?

「そう? なんでかすぐにフラれちゃうんだよ。浮気してないのに浮気疑われたりしてさ」

「耀君は周りに女の子ばっかだからね。心配になるんじゃない? 」


 本人にその気はなくても、女の子達は耀狙いで側にいるのかもしれないし、彼女にしたらやはりそういう女の子達が側にいたら、疑ってしまうのもしょうがないことかもしれない。


「しおりんも心配になる? 」

「私? そりゃ彼女ならね。もし私が彼女で、私みたいな友達が別にいたら嫌なんじゃないかな。耀君に彼女ができたら、こういうのは止めた方がいいよ」

「こういうのって? 」

「家を行き来したり、手をつないだり……」


 耀はうーんと唸る。

 汐里の指をキュッと挟んだり、指の股のところを指で弄ったりしながら、そうだよな~とつぶやいている。

 少しHっぽいその動きに、汐里は背中がムズムズしてきてしまう。たかが手、されど手だ。


「うちに女友達が来たことはないよ。しおりんだけだし。まあ、数人で女友達の家には行ったことあるけど。手をつないだりはしないな。でも、女の子って仲良くなると腕とか組んでくるよね」

「まあ、そうかもね。ね、手を弄るの止めようよ。なんか、恥ずかしい」


 汐里が手を引こうとしたが、耀は手を離してくれなかった。


「ヤだ! しおりんの手、気持ちいいから。チューとどっちがいい? 」

「その二択何? 」

「だって、どっちも気持ち良かったから」

「バ…バカなこと言わない! 」


 汐里が真っ赤になってうつむくと、耀は下から覗きこむように唇を重ねてきた。


「ほらね、やっぱり気持ちいい」

「だから、こういうのは止めた方がいいんだって! 」

「なんで? 」


 耀はさらに唇を重ね、舌を入れてきた。

 久しぶりの感触と、まったりとした耀の舌の動きに、つい汐里も合わせるように舌を絡めてしまう。


 頭がボーッとして、何も考えられなくなる。

 頬があめ玉を転がしているように動き、唾液が混ざり会う音だけが響いた。


「フ……ウウン……」


 思わずキスだけで声が出てしまい、汐里は我に返った。

 耀を押しやり缶酎ハイを煽ると、耀も同じようにビールを飲んだ。


「あのさ、家を行き来するのも、手をつないだり、キスしたりするのもしおりんだけだからね」


 それはどんな関係なんだろう?


 汐里は聞くに聞けず、とりあえずうなずいた。

 耀は汐里がうなずいたのに満足したのか、汐里と手をつないだままビールをグビグビ飲んだ。


「今日は泊まってもいい? 」

「それは……」


 つまりは、セフレみたいな関係ということだろうか?


 それを断固として拒否できないでいる自分に驚いてしまう。

 でも、汐里の性格的に、そんな軽々しい関係をよしともできない。


 そんな汐里の戸惑いをどう受け取ったのかわからないが、耀は汐里にソフトタッチのキスをした。


「大丈夫、キス以上のことはしないよ。だから、泊まってもいいでしょ? せっかくの二十歳の誕生日、しおりんと過ごしたいんだ」


 汐里はそれから、缶酎ハイを三本飲んだ……らしい。その後の記憶は……。

 何回もキスをして……、もうキスが挨拶代わりというか。

 今まで付き合った相手としたキスの回数を、一日で上回ってしまったほどだった。

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