3‐3

 シャンパンが注がれ、重なり合うグラスの音。新宿の高層ビルの最上階。東京の夜景を見下ろせるレストランの個室に貴嶋佑聖がいる。

貴嶋の席は大きな丸テーブル。彼の向かいには眼鏡をかけた男がポワソン(魚料理)にフィッシュナイフを入れていた。貴嶋も自身のポワソンにナイフを入れる。


『スパイダー。君が使役したが面白いことをしているようだね』

『ええ。最大の見せ場はこれからですよ。奴にとってはここからが本番らしいです』


スパイダーと呼ばれた眼鏡の男は切り分けた魚を一口、品よく口に運んだ。


『狙い通り早河くんも動いている。ますますたのしくなりそうだね』


 貴嶋の左隣にはグレージュのロングヘアーを緩やかに巻いて、深紅のドレスを纏った女が座っている。貴嶋は彼女に顔を向けた。


『君はこの犯罪劇をどう思う?』

「この季節だからこそ似合う物語ね」

『くるみ割り人形だからかな?』

「なかなか気の利いた趣向だと思うわ」


上品なソプラノの声。彼女の長い睫毛の奥の漆黒の瞳が貴嶋を捕らえる。


『さて。早河くんはどこまで掴むかな』

「あなたも趣味の悪い人ね。早河探偵を使ってゲームを面白くさせているんでしょう?」

『ただ人を殺すだけではつまらないよ。追いかけてくる探偵役がいなければゲームは盛り上がらない』


魔王の囁きは穏やかで柔らか。

“愛している”と囁くように“殺せ”と命令を下す。それが犯罪組織カオスのキング。


 グラス越しに見える男は三人。彼らの名前はスパイダー、ケルベロス、スコーピオン。加えて隣にいる彼女。


最強の布陣を用意できた。父、辰巳佑吾たつみ ゆうごの時代の犯罪組織カオスでもここまで適任な人員は揃わなかった。


『新しい世界の幕開けだ』


        *


 聖蘭学園三年生の木内愛はひとりで公園のベンチに座っていた。風が吹き、スカートから覗く膝が寒い。彼女は身を屈めて膝をさすった。

携帯電話の時刻表示は午後7時40分。冷えた自分の手に温かい息を吹きかける。


「さむっ……。もう! 早く来てよね……」


 公園にまばらに灯る街灯の頼りない光がその人物を照らし出す。静けさに包まれた夜の公園に土を踏みしめる音が響いた。


一歩、また一歩。その音は愛に近付いていく。コートのポケットに入れたナイフの感触を確かめながら。一歩、また一歩。

間もなく最終章の幕開けだ。少女達よ、我の素晴らしいショーの生け贄となれ。

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