第七話

 ピューッ……。

 ピューッ……。

 静かな街に、各所から指笛の音が響く。


 信号弾を見た仲間が返事をしている。何発も鉄の様な殴打を食らい、口元から血を流しながらもヒューはウィラードと戦い続けていた。

 早く来い。早く来てくれ。


ダベンポートが立てた作戦は巧妙だった。このブロックに通じる路地全部で七箇所、どこから呼んでも残りの六箇所からすぐに集まれる場所に監視場所が設定されている。

 そして、集合が始まれば網は閉じたも同然だった。どちらに行こうが必ず敵は味方に遭遇する。


「…………」

 ウィラードは濁った瞳で周囲を見回した。

「何をよそ見をしている、お前の相手は俺だッ」

 ヒューはウィラードを挑発した。


 コキッ


 ウィラードが再びヒューを見つめる。

 突然の加速、痛烈なパンチ。

「グォッ」

 ヒューの身体が吹き飛ばされる。

 と、ヒューは背後から誰かに抱きとめられた事に気づいた。

「おっと危ねえ。なんだよヒュー、死にそうじゃねえか」

 見る間に仲間が集まってくる。

 すぐに六人集まった。

 先にヒューの身体を支えてくれた仲間がヒューの介抱をし、残りの全員でウィラードを包囲する。

「殺すなよ、行動不能にするんだ」

 小隊長が部下に命令する。

了解イエス・サー!」

 後から来た五人は静かに剣を鞘から抜いた。


「おいダベンポート、上がったぞ」

 宿屋の窓から港の方を見張っていたグラムは背後のダベンポートに声をかけた。

「赤い信号弾だ。誰かがウィラードと遭遇した様だ」

「よし」

 ダベンポートが椅子から立ち上がる。

「僕たちも行こう」

…………


 ダベンポートとグラムが現場に着いた時、騎士団はウィラードと交戦中だった。

 ウィラードが剣を受けるたびにその腕から火花が上がる。

 まるで剣同士がぶつかる様な甲高い音。

「……なんだ、これは?」

 思わずグラムが呟き声を漏らす。

「肉体強化呪文だ。グラム、気をつけろ」

 ダベンポートはグラムに言った。

「腕に鉄か石か何かの属性を付与エンチャントしているんだ」

 六人で同時に斬りかかる。だが、その斬撃はことごとくウィラードの素手での防御に阻まれる。

 騎士道もクソもない死に物狂いの全員攻撃。

 それでも騎士団は被害を出さない様にするので精一杯だ。

 グラムは目を怒らせると、シュラリという音を立てて幅広の大剣を鞘走らせた。

「なんだこのバケモノは」

 息を上げながら、騎士の一人が思わず呻く。

「お前らは下がれ。こいつは俺がやろう」

 グラムは部下たちを下がらせると、ウィラードに向き直った。


 グラムはダベンポートと共に魔法戦争を戦った歴戦の騎士だ。

 十数年ほど前に王国は隣国と魔法を使って戦った。二年続いた戦争は泥沼化し、最終的には和平が結ばれて終結した。

 その間に二人は経験を積み、今では騎士団と魔法院の中枢にいる。

 現在は交流の盛んな隣国と昔は血で血を洗う戦争をしていただなんて想像がつかないだろうが、これは事実だ。

 グラムの部下たちが一歩下がり、リングの様にウィラードとグラムを取り囲む。

 グラムは正眼に剣を構え、一歩前に出た。

 剣を突きつけ、ゆっくりと左回りに周り始める。

「ダベンポート、うまく手加減する自信がない。殺してしまってもいいか?」

 グラムはダベンポートに訊ねた。

「構わん」

 一歩下がったところにいるダベンポートがグラムに冷たく答える。

 荒事はグラムの仕事だ。ダベンポートが参加しても邪魔になるだけだ。

「うう……」

 ウィラードが唸る。

(こいつ、跳ね返りバックファイヤーを受けているな。知能レベルが下がっていそうだ……あるいは最初から知能が低いのか)

 慎重に観察しながらダベンポートは考える。

「判った」

 グラムが簡潔に答える。

「グラム、気をつけろ」

「……頭が、痛え」

 ウィラードは再びうめき声を上げた。

「させるかッ」

 グラムはいきなりウィラードに殺到した。肩口からの斬撃。

 うまい。

 右腕でガードされると見て、左肩を狙っている。

 だが不発、右腕にガードされてしまう。

「グラム、その右腕は落とせない。肩を狙え」

「あいよ」

 騎士団が取り囲むリングの中でグラムは周回する方向を逆にすると、今度は右へ右へと動き始めた。

 右に回転すると、ウィラードの身体がどうしても開く。

「クソ、……見えねえ」

 ウィラードは再びうめき声を上げた。

「目だ、目が欲しい」

「ハ、あからさますぎるなウィラード」

 グラムは鼻で笑った。

「娼婦の目を抉って歩いていたのはお前なんだな?」

「…………」

 ウィラードは答えない。無表情にグラムを見つめるだけだ。

「目を、目を寄越せ!」

 不意にウィラードは妙な形のナイフを抜くと、素早い身のこなしでグラムに襲いかかった。

「フッ」

 ナイフの刺突を剣で受ける。

 二発、三発。だがウィラードは怯まない。

 すかさずグラムの斬撃。ウィラードが右腕でそれを受ける。

 ギャリギャリギャリッ

 ウィラードの腕とグラムの剣が擦れ、金属の嫌な音を立てる。飛び散る火花、燃える鉄。嫌な匂いが周囲に漂う。

「ウォォォォォッ」

 グラムの肩の筋肉が膨れ上がる。

 グラムは剣を使ってウィラードのパンチをなすと、一歩前に出た。勢い余って背中を見せたウィラードに背後から斬撃。

 今度は、入った。

 まるでバターにナイフを立てるかの様にウィラードの背中に剣が滑り込んでいく。

「グゥッ」

 ウィラードが悲鳴を漏らす。

「うおらあッ」

 グラムはその場で一回転すると、透かさずウィラードの左肩口に斬り込んだ。

「ガハッ」

 鎖骨が砕け、肋が折れる。


 グラムの剣は重く、刃物と言うよりは鈍器に近い。その刃をグラムは毎日砥石で丁寧に磨いていた。

 機を捉え、グラムが一気に畳み込む。

 右肩だ。

 右肩を砕くんだ。

 グラムが右肩を狙って剣を振り下ろす。

 とっさにウィラードが背後でガード。

 グラムの斬撃は際どく脇腹を掠めるだけに止まる。

 今度は正面からの攻撃。刺突に次いで身体を回転させ、遠心力を乗せてさらにもう一発。

 グラムの切っ先がウィラードの脇腹を深々とえぐる。

 だが硬い。まるで筋肉の塊の様だ。

 無言のまま、ウィラードがナイフで襲いかかってくる。

「フンッ」

 グラムは剣の腹でそれを往なすと、返す一撃で下からウィラードの顎を打ち砕いた。

「う、うぅ……」

 ウィラードが血の混じったよだれを垂らす。

 ウィラードはふらふらと後ろに下がった。二歩、三歩。

 だが、怯んでいるのではない。

 反撃の機会をうかがっている。

 熟練の剣士であるグラムは相手の考えていることが手に取るようにわかった。

 つば迫り合いの様な腹の探り合い。

 と、突然、ウィラードは猛然とダッシュした。勢いをつけ、右腕でグラムに襲いかかってくる。

「ウーッ」

 ウィラードの口元からうなり声とも雄叫びともつかない叫び声が漏れる。

(クソ、間に合わねえ)

 身を低くしてウィラードのパンチをかわし、とっさに刺突。

 グラムの放った刺突がウィラードの胸に刺さり、吸い込まれる様に突き通って行く。

「ウォーッ」

 グラムは雄叫びを上げた。

 ドンッ

 体当たりをする様に柄まで剣を送り込む。

 辺りは静寂に満たされた。

 両者とも一歩も動かない。

「……ブッ、ブフ」

 不意に、ウィラードは大量に吐血した。足元にボタボタと血痕が広がる。

 ウィラードがそのまま崩折れる。

 ボチュッ

 グラムが剣を胸元から引き抜くと同時に、ウィラードの身体が横倒しに倒れて行く。

 ドスン……

 重たいウィラードの身体はそのまま路面に沈み込んだ。

 背中に達した傷から、大きな血だまりが赤黒く広がっていく。


 ウィラードは、死んだ。

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