七話 俺の畑2


 荷車にポーションを積めた木箱を載せる。

 これで在庫の確保は完了だ。


「そう言えば気になってたけど、なんだかポーションの数が増えてない?」


 レイナの指摘に俺はニヤリとする。

 よく見ているな。そこに気がつくとは。


 確かにその通りだ。

 俺が初めてチートを使った時、高級ポーションは五個までしか作れなかった。

 だが、今では一度に十個も生産できる。その理由はこれだ。


「ステータス」


 声と共に目の前に透明な青いウィンドウが出現する。

 実はこの世界では自身のステータスを見ることができるのだ。



 【ステータス】

 名前/山田明

 種族/人間?

 年齢/27

 性別/男

 スキル/異世界共通語Lv10、アイテムの種Lv2、モフモフフィンガーLv5



 見て分かるとおり、アイテムの種がレベル二にアップしているのだ。

 これのおかげで収穫数が二倍になり、作物の成長速度が格段に上がった。


 猫神様が言うには、チートは使えば使うほど成長して行くらしい。

 なので俺は密かにレベル十になった時に、どのような恩恵が得られるのか楽しみにしていたりするのだ。


 レイナが俺のステータスを覗いて「うへっ」と変な声を出した。


「スキルがたった三つって……鼻水垂らして犬を追っかけてる子供でも四つは持ってるわよ」

「そ、そうなのか?」

「このモフモフフィンガーってなによ。聞いたこともない」

「えっと、こんなスキルだ」


 俺が猫神様に触れると「んにゃぁぁぁ!」と喉を鳴らし始める。

 その顔は恍惚としていて俺の手に何度も顔を擦り付けてペロペロなめた。

 だが、一分後にハッとした様子で我に返った猫神様が、俺の手にがぶりと噛みつく。


「我が輩にそれを使うなと何度言ったら分かるのだ!」

「でも一日一回はおねだりするじゃないか」

「ば、ばかっ! こんなところで言うんじゃない!」


 恥ずかしさに耐えきれなくなった猫神様は、ぴゅーと畑の方へと逃げていった。

 別に隠さなくても。甘える猫神様は可愛いのにさ。


「くっ、私もそのスキルが欲しい!」

「ふっふっふっ、残念だったな。猫神様はすでに俺の手にメロメロなのだ」


 とまぁ、どうでもいいやりとりを終えて、俺は小屋の中へと入る。

 そこには鍬やスコップなどが置かれ、俺は畑を掘り返す為に適当な道具を手にした。


「これからするのは何?」

「ん? ああ、新しいアイテムの種入れだよ。新商品の準備は着々と進めているからな」

「それなんだけど、貴方これからもあの調子で売るつもり?」

「どう言う意味だ?」


 彼女が言うには、このままの勢いでポーションを売れば必ず限界が訪れるというのだ。

 初級ポーションだけで昨日は五百個、今日で千個売り上げている。

 だとすると明日は二千個、明後日は四千個準備しなくてはいけない計算だ。

 確かに不味い流れだな。一週間で生産が限界を迎えるかもしれない。


「ちゃんと数を決めて売るべきよ。一日百個限定とか」

「それはそうなんだが……ウチの商品はポーションしかないしなぁ。それに新しい品を入れるにしても、元となる物は制作者から許可をもらわないと」

「じゃあこれなんかどう? 制作者は私だし、性能も結構いいわよ」


 レイナはポケットから小さな革製の袋を取り出す。

 すると、ズボッと袋の中へ肘まで手を入れるではないか。

 俺はびっくりして腰を抜かした。


「これくらいで驚かないでよ」

「いや、だってそれ……」

「やだ貴方、ストレージバッグも知らないの? 本当にどこの人間なのかしら」


 やれやれと言った表情で、彼女は袋の中からネックレスの束を取り出す。

 数は全部で五個。いずれも飾りとして小さな水晶がぶら下げられ、その表面には魔法陣が刻まれていた。

 それはいい、それよりも気になるのは袋の方だ。

 ストレージバッグ……つまりマジックボックスか。

 見た目と違って中は大きな容量があるのだろう。


「こっちが腕力向上と脚力向上、こっちは耐久力に持久力向上ね。最後の一つは魔法威力向上。どれも上昇は一・五倍ほどよ。いずれも購入しようと思えば金貨数枚はくだらない」

「いいのか? お前が作った物なんだろう?」

「別にあげるとは言ってない。それに売り上げの一部もちゃんともらうから」


 それもそうか、俺のチートは元が借り物でもいいんだ。

 なによりタイミングがいい。アクセサリー系アイテムが欲しいと客から要望があったばかりだし。この際、遠慮なく借りてやろうじゃないか。


 そこでふと、とあるアイデアが浮かぶ。


「なぁ、そのストレージバッグってのも貸してくれないか」

「構わないけど……まさか!?」

「そんなに便利な物があるなら俺も欲しい」


 そう、俺もストレージバッグを手に入れて持てる荷物を増やすのだ。

 どれだけ入るのかは不明だが、あるのとないのとでは大違いだ。


 レイナは一瞬だけ渋る様子を見せてから俺に質問する。


「これって貴重なアイテムなのよね。我が家に代々伝わる物だし。店で売られている光景は本音を言うとあまり見たくないかなぁ」

「そこは心配するな。それは個人的に使いたいだけで売り物にはしない」


 彼女は「じゃぁいいかな。ちょっと待ってて」と少し開けた場所で袋を逆さまにした。

 ズガガガガッ、と革袋から大量の物が出てくる。

 服、貴金属、杖、何かの肉、小瓶に入った液体。

 どれもがごちゃ混ぜになって山となる。


「ひどい……」

「か、勘違いしないでよね! 袋の中ではちゃんと分別しているんだから!」


 顔を真っ赤にして目を泳がせるレイナ。

 絶対に嘘だ。こいつ意外にだらしないぞ。


「はい、貸してあげるだけだからね」


 感謝の言葉を言いつつ袋を受け取った。

 さっそく俺はチートを発動させて種を生み出す。

 これで俺もあの便利な袋が手に入るぞ。


 六つの種をまだ何も植えていない畑に埋めると、用意していたジョウロで水をかけてやった。

 これで完了。後は五日ほど待てばアイテムが複製される。

 ちなみにこまめに水をやれば複製期間も早まるようだ。

 五日は水をやらないでできあがる時間である。


「不思議よねぇ、これってちゃんと世話をしなくても枯れないの?」


 レイナは疑問を口にする。


「そこがこの力のいいところなんだよ。どんなに土地が悪かろうが、必ずアイテムは複製される。ただ、その場合は複製期間が延びるみたいなんだ」

「へー、じゃあ逆に栄養のある良い土地に種を植えれば、実りもそれだけ早くなるのね」

「そう言うことだ。まだ肥料を与えての成育は試してないけど、予想通りなら早まるんじゃないかな」


 ただ、俺には少し抵抗があった。

 この世界では栄養剤なんて売っていない。

 つまり自分で作らなくてはいけないのだ。

 果たして俺にあの強烈な悪臭に耐えられる自信があるだろうか。

 決断するにはもうしばらくの時間が必要だな。


「うにゃん! にゃにゃ!」


 声が聞こえたので視線を向ければ、畑で蝶々を追いかける猫神様の姿が目に入る。


「はぁ、こう言うのんびりした生活も悪くないわよねぇ」


 レイナは地面に座って猫神様をぼーっと見ていた。


「冒険者ってそんなに大変な仕事なのか?」

「そりゃぁ……ね。命がけだし」

「だよな。じゃあもし嫌になったらウチに来るか」

「え? ええぇぇえええ!?」


 なんだよ突然叫んで。


「そ、それってどう言うこと!?」

「どう言うことって……正社員に来ないかって言ってるだけなんだが」

「そうよね! はぁぁぁぁ、びっくりした! 勘違いするところだったじゃない!」

「勘違いって――あげっ!?」


 なぜか彼女は顔を真っ赤にして、えぐるようなボディブローを食らわせる。

 うっぷ、なんて強烈な一撃なんだ……膝がガクガク笑ってやがる。


「この話は終わり! もうここでの用事は終わったんでしょ、さっさと帰るわよ!」


 レイナは颯爽と荷車を引いて歩き出す。


 やだ、男らしい……ときめいちゃう。


 ――じゃない! そうじゃない!

 どうして俺が殴られなきゃいけないんだ! 断固抗議するぞ!



 俺は彼女の背中を追いかけた。





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