第10話奥底に

 影恐知不えいきょうしらず


 赤き片目が余韻を残しながら流れていった。

 風が緩やかに吹く、丑三つ時。

 気配が揺れる。

 風忍の目は、その赤が瞬きするのを眺めていた。

 流れて行くのを追いながら。

 影忍が、忍装束でなく着物を着崩していることに気付いたのは、灯りの傍に立った時だった。

 極めて静かに、それは過ぎる。

 座り込んだ影忍が、灯りの下で月を見上げる。

 風忍にとってこれは殺すのに丁度良いはずだったが、それが見せ掛けであることは重々承知。

 影忍が、無防備に寛ぐはずがない。

 きっと、狙ってくるのを狙ってくる。

 そう思い込んでいた。

 酔っているのか、眠たいのか、影忍はとろりとしている。

 動きも鈍っていて、いつでも殺せそうだ。

 それなのに、何故か殺す気になれない。

 この前、動きが鈍いなと思った瞬間、俊敏な対応をしていたのを思い出せば、切り替えくらいお手のものだろう。

 隙を見せるのは、誘っているだけで待ち伏せをしているのと同じ。

 引っ掛かるのを待っているのか、そうでないのかもわからない。

 ただ、自然なのだ。

 影忍の目の前に立っても、影忍は殺気や警戒、威嚇も見せない。

 ただ、少し此方を見上げただけだ。

 屈んで、その頬に触れれば何よりも冷たい素手がこの甲に重なった。

 甘えるように、目を閉じて。

 今なら、本当に殺せる。

 そのはずだ。

 それなのに、何故かできない。

 その軽い体を抱き上げても、抵抗はしなかった。

「…何処に連れて行ってくれるの。」

 からかうように、やわらかな声がそう言った。

 風忍自身も、わかっていない。

 何故、影忍を連れ去ろうとしたのか。

「どうした?」

「影が伝説の忍に連れ去られたようです。」

「そうか。」

 頼也の報告に墨幸は筆を置く。

 なんとも恐ろしい。

 きっと、あの風忍は影忍の語った話と同じに、まだ術に気付いておらぬだろう。

「可哀想に。」

 その言葉に刀也は首を傾げる。

「いいのか?」

「うむ。寧ろ、同情してもよいくらいだ。」

「同情?敵の忍に?」

「刀也殿はあれの恐ろしさをわかっておらぬ。」

 墨幸は微笑んでそう言うと、立ち上がる。

 障子を開けて、夜風に目を閉じた。

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