第8話戦運び

 戦略思考せんりゃくしこう


 刀也は内容を見、眉間にしわを寄せる。

 これで、希望があると言えるのだろうか。

「草然と伊吹…、そして雑賀衆と忍の里…。何故、この二つに?」

「あ、これこちとらの特権ね。」

「成る程。道理で珍しい組合わせを手に入れたなと思えば。」

 特権、というだけで納得できるものなのか。

「ならば、他にも手を出せば数の理。相性を考え、ここは伊吹の天敵と手を組むか。」

 サラリとそう早口に述べていく。

 それを影忍はきょとんとした顔で眺めている。

「どうかしたか?」

「伊吹の天敵?」

「それがどうした?」

「あの爺さん…今、隠居中じゃなかったっけ?」

 何の話だろうか。

 そんなこと、初耳である。

「隠居したのか?」

「あれ?知らなかっ…あ…報告してませんね…。」

 珍しい。

 報告すべきと判断しておいて未報告というのは。

 敢えて報告していない、というわけではないというのは。

「と、なると炎上に似た彼処を取っておくか?」

「というと、火鳥か。」

 名案だ、と顔を笑ませる墨幸とは違い、影忍は引き吊った顔をした。

 何が不味いというのか。

「うぅ…火鳥…。」

「どうした?」

「個人的にちと…ね。まぁ、名案でしょう!」

「大丈夫か?」

「どうせ戦場でご一緒しませんから!」

 どうやら自己解決したようだ。

 文を送ることは決定。

 互いに戦力確保、温存、そして策を。

 戦が大きくなってきていることに影忍は唸った。

 全体を一度、何処にも属さない目で見なければ。

 影を広げてみよう。

「火鳥の様子を見てから文を。あれが何処と繋がっているかわからん。」

「火鳥なら、部下が。」

「主、火鳥から文を。影、悪い知らせだ。」

 その二つの情報に眉間にしわを寄せる。

 文を受け取り、目を通せば同盟。

 三水に攻められてはたまらない、と思ったのだろう。

「好都合だ。」

「うむ。で、夜影の悪い知らせとは?」

「いやぁ…好かれる忍ってのは困りもんですよ…ははは……。」

 遠い目をしておる。

 だが、そう深刻なものというわけではないようだ。

 放っておこう。

「忍の方で何か問題はあるか?」

「伝説の忍ですかね。あれさえ抑えてしまえれば…とは思うんですけど。」

 溜め息をついて、筆を走らせる。

 決まり事は全て記さなければ、と。

 頼也は影忍に何かを耳打ちする。

 それに影忍は頷いて、口を開閉させ何かを伝えた。

 すると、頷いた頼也は姿を消す。

 何のやりとりか、はきっと答えないだろう。

 でなければ、わからぬようにはせまい。

「伝説の忍か…。お前ほどの忍さえ唸らせるとは、相当だな。」

「ま、伝説同士御互い様なんですけどね。」

「そうか、夜影も伝説があったな。互いに難しいものなのか?」

「難しいも何も、忍ですからねぇ。面倒な相手にゃ変わりない。」

 人に伝説と呼ばれた風忍と、忍に伝説と呼ばれた影忍の闘いは互角とされておる。

 勝ったためしがない、と誰もが言うがそれはどちらもそうで、引き分けとなる。

「伝説の忍を放っておけば、どうなる?」

「さぁて、どう動くでしょうね。」

 ぶっきらぼうにそう答えると、立ち上がった。

 外を睨み、殺気を飛ばす。

「失せろ。さもなくば、あんたの隊を潰す。」

 その声は重く低く、地を這った。

 まるで、蛇が獲物を睨むように。

「帰って伝えな。これ以上、忍を探りに寄越すようであらば、命は無い…と。」

 舌舐めずりをして、口角をこれでもかと吊り上げた。

 一歩、歩を進ませてる。

 威嚇のような、挑発でもあるような。

「それとも…此処で死んでおくかい?安心せい、箱に詰めて送り帰してやるさ。」

 片手を前へと伸ばしたその瞬間、何かの気配がすっと消えた。

 それに影忍は舌打ちをして、障子を閉めた。

 そして、座り直す。

「伝説の忍も、こちとらも御互いのことは予測できないのさ。」

 途端に調子を戻してそう愚痴った。

 先程の忍特有の恐ろしさは何処へやら。

「その忍も手懐けられないのか?」

「無理を申すでない。こやつが他軍に仕えぬのと同じようなものではないか。」

「そうですよ。あれはこちとらの居るお武家様にゃ絶対に仕えない。」

 それは墨幸も初耳だ。

 驚いて振り向けば、筆を噛んでおる。

「何故だ?仲が悪いのか?」

「仲は良好ですけどね。そうじゃなくてさ、あれはこちとらを殺す為に育てられた忍なんですよ。」

 良好というのも可笑しな話だが。

 影忍を恐れた者が、者を集めて影忍を殺す為だけに育てた者。

 多くのそれらは既に影忍に敗れ、この世に居らず。

 だが、風忍だけが唯一影忍に殺されなかった。

 実は、初めて風忍に出会った時、影忍が彼を簡単に殺すことができた。

 しかし、見逃したのだった。

 それを今は半分悔いて、もう半分はそれでもいいと思っている。

「あの時、殺してりゃ良かったんだろうけどさ。どうしても、殺したくなかった。」

「殺したく、なかった…?どういうことだ。」

「あれがまだ弱いときに会ってたんだよねぇ。なんとなく、期待してたのかもしんない。あれが、強くなるってわかってたから。」

 何を期待していたのか、影忍は口を閉じた。

 刀也と墨幸の催促を誘うようだ。

 少しを待っても、それ以上は語られない。

 思わず、その誘いに乗ってしまう。

「何を期待した?何故、わかった?」

 それに妖しげに笑んで、小首を傾げる。

「聞きたいかい?」

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