第三章 HEROINES~夏の選択の日~

第21話

「今の哀斗には徹底的にやる気が掛けている」

「どうしてだろう、今のアスモウラ超かっこよく見えるよ」

 

 そうだったアスモウラ先輩、詳しいって言ってたんだった……ってそうじゃなくて……。

管理人不在のため、乱雑に伸びきった雑草や枯れ木に囲まれた歴史を感じさせる鹿跳神社の本殿。


 気温が高い晴天続きということもあって、地面は酷く乾いていた。

 本日も晴天ナリ――正午を回ったばかりで、日差しが強い。だというのに、彼女はマフラーを巻いていて……見ている哀斗もたまらずTシャツの首元を軽く動かす。


「……暑くないの?」

「あ? そんなにオレの裸が見たいのか?」

「どうしてそうなるんだよっ⁉」

「でけぇ声出すんじゃねえよ……あんまりな、出したくねえんだ……鱗。馬鹿哀斗が」


 夏休みまで一週間をきったとある休日。

 哀斗は久しぶりにアスモウラと会っていた。リミリーが転校してくるイベントを提示されてからというもの、こちらから顔を出すことはしなかったのだが、心境の変化もあって訪れた次第だ。賽銭箱の上にあぐらをかき、腕を組んでいたアスモウラからは依然として不機嫌さが伺い知れた。


「お前さ、最近腑抜けすぎだぜ?」

「……な、なんのことだよ」

「わかってんだろ」


 溜息をついてから、紅の髪から覗く左目が、哀斗を捉える。


「『主人公になりたい』って言っておきながら、積極的に美少女どもといちゃいちゃする節が見えないんだが、どういうことだ? あ?」


 アスモウラの起こる姿は完全にヤンキーのソレで……哀斗は目を泳がせる。


「え、えーと突発的なシスコン発言もでるから、やっぱ厳しいかなーって……」

「ちげえだろ。前はその枷があったとしても、少なからず抵抗の意思は見えたてたぞ?」


 オレにはお見通しだぜ? と煽られる。どういう仕組みで監視しているのかはわからないが、しっかりと見守られていたらしい。確かに、少し前までは無意識に出てしまう哀果への好意的な言葉に、反抗的な気持ちがあった。魅力的な美少女ヒロインと甘い学校生活をおくる上で障害になってしまうと危機感はあった。しかし、今は違っていた。正直、無くなって得しかない不可解な現象ではあるが、アスモウラの魔力強制も入るし目くじらを立てる必要も無いだろう、と。といっても、一番大きい所で言えば、目的――というより重きを置くところが哀斗の中で変わりつつあるからだった。


「せっかく駄目押しとばかりにメイド服まで調達して、お膳立てまでしてやったのによお。据え膳食わぬは男の恥って言うだろ」


 まさに哀斗はソレ、とアスモウラが睨みつけるように指を差す。

「アスモウラの仕業だったのね……」


 書庫にメイド服。いくら文化祭で使われた備品とはいえ、どうすれば収納場所を間違えるんだと疑問だったが、アスモウラが気を遣って根回ししていたというわけらしい……。


「仕業ってお前なあ……」


 項垂れるアスモウラの姿から哀斗は、願いを叶える側からすれば、願った側にやる気がないのを見れば、がっかりして当然か……と気づいた。


「……今のは少し気遣いが足りなかったかも、ごめん」

「ふん……」


 暑さか、苛立ちか……いや、その両方だろう。アスモウラの鼻息は荒い。

 時折、ビックシルエットをはためかせる仕草の度、ちらちらと素肌が覗いていた。うっすらと見える玉の汗に、哀斗は視線を引き寄せられていた。


「色々としてくれたのは嬉しいし、大変なのかなって思うんだけどさ……えーと、すごく言いにくいんだけ……その……」


「言いたいことがあるならはっきりと言え。もじもじしてっと胸揉むぞ」


 自身の大きく膨らんだ胸に向かって両手を構えるアスモウラ。なんて破壊力のある脅しだ……と哀斗は生唾を飲む。見たい……、という内なる獣を必死に抑え込み嗜める。


「そ、の脅し方は女の子として良くないと思う」

「う、うっせえぞ、童貞のくせに」


 再びの哀斗からの突然の女の子扱いにアスモウラは怯む。それを見て、やばいまた顔が赤く……絶対キレてるやつだコレ……と、哀斗は怖気づきそうになるが、すんでの所で耐えて意を決する。3回大きく深呼吸をして、本題に入る。


「俺が願った、『主人公になりたい』という願い。それをもうやめにしてほしい」


 彼女の今までの行動を無下に帰してしまうような発言をしてしまったという罪悪感が、哀斗の胸中を巡った。哀斗が喜ぶような美少女を選んでヒロインに見立ててくれ、イチャイチャできるようイベントの裏方的な事もやってくれたアスモウラ。こうして中途半端な形で願いを放棄することにアスモウラは悲しだろうし、もしかしたら怒りを露わにするかもしれない。――そう予想を立てていたが、実際は違った。


「まあ、そうくるよなあ……悪いな、哀斗」


 哀斗の不躾な発言にアスモウラは気を荒くすることは無く、諦めたような雰囲気でむしろ詫びてきたのだ。


「どうして謝るの? むしろ、悪いのは俺なんじゃ……」


 戸惑う哀斗に、アスモウラは断言した。


「もうお前に……願いを止めることはできねえからだ」

「願いが止められない……だって?」


 アスモウラは頷く。


「そもそもな、願いを叶えるのをやめて欲しいって哀斗が思った時点で願いは終わるはずだ。勝手にな」

「勝手に……そっか……!」

「思い出したか?」

「願いを叶えてもらう期間の決定権。それは、俺にあった」


 ずいぶんと昔のことのように思える、契約をした時のセリフが頭に浮かぶ。


『契約の代償として、願いを叶えている間だけ寿命をもらうって言ってたけど、線引きはどこにあるの?』

『哀斗の主観だな。対価事態、哀斗からオレへと流れる仕組みだしな、供給側がストップを掛ければ止まるのは当然だぜ。つうか、オレがそんな詐欺師みたいに見えるか?』


 哀斗の主観次第で『主人公になりたい』という願いは継続も中断も思いのままのはずなのだ。


「哀斗、お前今満足してるだろ」

「……ああ、すごく」


 哀斗が『主人公になりたい』という願いに満足しているのは間違いない。この数週間の間、美少女たちと触れ合うことで嫌というくらい笑ったし、楽しいと心の底から思ったからだ。

 だから、現時点で願いの効力は働かなくなっていないとおかしいのだ。

哀斗は先日のいちゃいちゃイベントを思い出す。バニーガール姿をした、ヒロインリミリー、ヒロイン憧子、そして――。

 ちょっと待って、おかしい。どう考えても一つだけ謎な点が――。

 ある疑問を憶えた哀斗は、アスモウラ聞きたいことがある、と言いかけるも、彼女本人の難解な一言に阻まれ、更には思考を停止させられた。


「哀斗、オレはお前の願いを叶えてなんかいねえからだ」

「……どういう、こと?」

「まあ、見方によっちゃ哀斗の願いを叶えてるってことになるっちゃなるんだけどよ、厳密には違う。それは、哀斗から寿命をもらっていねえからだ」

「寿命をもらってない……だって?」


 それはつまり、対価を支払っていないということになる。そうだというのに、ヒロインが接近してきた事実。つまり、アスモウラは無償で願いを叶えてくれていたということになる。

 ただ一方的に哀斗が得するだけの契約だ。


「だけど……」


アスモウラがそんなするとは思えない……というか、見ず知らずの他人を無償でサポートするなんてうまい話は信じ難い。


「哀斗のここ数週間の現実は、他人の寿命を使って叶えられているんだ」

「俺の対価を他人が肩代わりしている……?」


 つまりは、人の命を食いつぶしていい思いをしていたということになる。

 この問題は哀斗自身、顔も知らない他人だからと、割り切れるようなことではない。

 じっとりとした嫌な汗が噴き出る。


「だけどな、これはお前のために寿命を削っているそいつ自身の願いのせいだ。だから、そんな顔するんじゃねえ」


 息を呑む。

 哀斗が『主人公になりたい』という願いを叶えることを、更に願った人物がいるということになる。ということは――。


「俺の願いを含んだ願い事をした人がいる。だから、大元のその人から対価が支払われている……」

「理解が早くて助かるぜ」


 相変わらず表情のすぐれないアスモウラの顔を見ながら、哀斗は簡単な解決策を言ってみる。


「じゃあ、その人にもう叶えてもらう必要はないって言えばいいわけ? アスモウラがその人の願いも叶えてあげたってことは本人を知ってるんじゃ」


 哀斗の願いを叶えほしい、と願うためには必然的にアスモウラとの接触が必要不可欠なはずだ。

 ……願いを叶える悪魔、なんていうのがこの街にゴロゴロいるのなら話は変わってくるが哀斗にとってそんな存在はアスモウラしか知らない。

 万が一、そんな存在が複数人居たとしても、比鹿島市に集約している可能性は低い。そうなれば、既に噂となって耳にする機会があったはずだ、と哀斗は推測する。


「そうだな、確かに叶えた。だけど、誰だったか覚えてねえんだ」

「そんな大事なことを……?」

「オレも流石に数十年も昔に2、3度会った関係とかは忘れちまうんだよ。そういうとこは、お前ら人間と一緒だ。まあ、なんだ。少なくともここ2、3年で零細哀斗っつう名前を聞いた覚えがない。確かに経路(パス)は繋がってるから、今も尚、寿命が流れ込んできている感覚はあるんだけどな……これに関してはオレが悪い。すまない」


 契約を行った上で始まったアスモウラとの関係。寿命を対価にして、良い思いをたくさんさせてもらった。だというのに、それは他人の寿命を削ってのものだったという事実。

 すなわち、その現実を鑑みて哀斗とアスモウラを一対一で見た場合に、そこに対等な立場は存在していなかった。

 ――それなのに、対面している彼女は、紅の髪を下へ垂らす。……頭を、下げたのだ。

 アスモウラの紳士的な対応に、哀斗は少しの間、呆気に取られた。


「あ、頭をあげてよ。少なくとも、アスモウラが俺に謝るのは間違ってる」


 彼女を、アスモウラを責められるわけがない。

 哀斗にとっては無償で、ここまで献身的に願いを叶えてくれたのだ。恩を仇で返すのは、あまりにも理不尽がすぎるし、非情だ、哀斗は心の底からそう感じた。

ふん、ありがとな、と顔を上げたアスモウラの琥珀色の瞳が柔らかく細まった。

 そうして、アスモウラは躊躇いがちに口を開いた。


「……『主人公になりたい』という願いを受け入れてくれ」

「受け入れる、か……」


 ただ身を任せるとしかないということか。


「ああ、そして、もっと幸せになれ。哀斗」

「もっと幸せに……?」

「そうだ。哀斗の願いのために自らの寿命を割く。そんな願いをするってことは、哀斗の幸せを願ってるからだ。そうでもねえと、こんな狂った願いするわけがねえ」


 分かりづらいゴールの形だ。それでも、アスモウラの言っていることは理解できた。

哀斗がどう感じていようと、相手が『哀斗が幸せだ』と認知しない限りは願いは終わらないことは確定である、とアスモウラは断言したのだ。


「だから、提案がある」


 哀斗が思い悩んでいると、アスモウラが人差し指を立てる。


「ヒロインを、彼女にするしかねえ」

「な……!」

「そう驚くんじゃねえよ。最初はそのタマだったはずだぜ?」


 数々の美少女といちゃいちゃイベントを重ねて、最高のリア充生活を送りたい。そんな願望はの基に哀斗が契約をしたのは確かだった。

 だが、今の哀斗にとって選び難いものになっていた。。

 もし、誰かと付き合うことになったら、リミリー、憧子、花火との関係が崩れてしまう気がするからだ。

 だけど、


「……わかった」


 そうするしかない。これ以上、他人の寿命を削ってしまう現状は避けるべきだからだ。

 哀斗のために願った見ず知らずの誰か。

 

 ――その人は、自分の寿命を削る程に、俺のことを思っているのだから……。

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