エンジェルウォー・フロントライン

@Reguls

〜プロローグ〜

最前線の死神


 西暦2040年。

 世界人口は減少の一途をたどるといわれていたが、傲慢で怠惰な人類は減少することを知らず、じんこうはその予想を大幅に裏切る増加に伴い、人類は尽きる資源と減って行く国土の補充を求め宇宙への足を運ぶ。

 人類は、その移民先に最適な星と断定された火星の探索を開始すると、そこにはかねてより求めていた膨大な資源の宝庫ではあったものの、移民には向かず、人類にとって有害であり、世界はそこを移民先として選ぶことは無かった。


 先を急いだ人間は資源の宝庫となった火星を奪取すべく、世界各国で戦争を勃発させ、行き場の無くなった人類は《ユグドラシル》と呼ばれる地下都市へと移民することになる。


 それからそう時間も経たぬほど微塵な未来、平凡な生活に慣れすぎた人類は突如として天より舞い降りた天使に支配されることとなった。


 人類が地下への移民を開始したその10年後、天使達の急襲、そうそれはまさしく人類の数合わせをするかのように、地球を周回する人工衛星を各国に墜落させ、後に《天地落とし》と呼ばれるテロ行為を行った。


 その戦火は地上だけに収まらず、人類の生活する地下都市にまで天使はその当時の人間では適うはずの無い巨大兵器を用いり人類を蹂躙していく。

 幼き童子の目の前に広がる戦火は、家を焼き、友を焼き、兄弟を焼いた。

 父母らは我が子を逃がすべく《ユグドラシル》の出口に出向くも、すでに無数の天使が人々を蹂躙し、少年の両親は自分の命よりも大切なものを守るべく、天使の眼にはつかない物陰に隠れる。


「いいか、ミツキ、お前だけは生きろ……」

「母さんと父さんは、今から時間を稼ぐから。絶対に振り向いたりしちゃだめよ……」


 少年の両親は背中を向け、将来を背負った子供にすべてを託し最後の時間稼ぎにその身をゆだねた。


 少年は健気にも両親の言いつけの通り、目から零れ落ちる涙と共に木の根のように伸び切った道を走り抜けると、爆風と共にその体が吹き飛ぶ。

 瓦礫にあたり擦り剝けた膝を持ち上げる少年の目の前には、我が子を守らんとする親の瞳が転がり、その腕は夫婦仲を示すかのように、手をつないでいる。

 少年は両親の変わり果てた姿を信じることなどできずただただ呆然と腰を抜かしていた。


 人類はこれを機に、地球という一つの星をなされるがままに奪われていった。

 しかし、人類も学ぶ生き物であった。


 人類は天使に抗おうと様々な対抗策を取るうちに一つの結論へと至った。


 というよりかは、人類はその少ない脳では、天使と同等の力を使い天使のそれと同じものを作り抗い勝利するという結論にしか至らなかった。


 その結論へと至ったのはいいものの、それを実現するには些か足りないものが多すぎることが、発覚する。

 搭乗者の必要性、人間の心のもろさ、しかし、最も足りなかったのは天使達のそれに対抗できる機械の創造であった。

 そんな中ゲリラ軍が2年の歳月を重ね一機の天使を撃墜することに成功したという一報が軍の耳に届く。


 世論や、世界の理は残酷なもので、ゲリラの奮闘も国からすればいい鴨でしかなかった。


 絶好の鴨となったゲリラのことを聞いた世界中の生き残った国々がその事を見過ごす訳もなく、その天使を回収せんとゲリラに攻寄る。


 無論抵抗するゲリラはいたが、そのゲリラを殺しつくしてまで各国はその残骸を入手した。


 各国が回収したそれを共有財産と銘打ち、多額の支援金をもとに科学者は研究し、その駆動源や内部構造を理解し、科学者はそれを〈天機〉と名付けた。

 天使の乗っていた〈天機〉には、現在の地球上の技術を集めても追いつくことのできない技術が数多く詰め込まれ、材質もどこか異質に思える様子。


 しかし、人間は考える生き物だった。


 科学者はその内部構造の研究結果から人間の技術への応用などを具現化し、実装までたどり着くことに成功した。

 その後長い年月の末科学者は天機をも上回る大型兵器を完成させ、科学者はそれを〈Angel Buster Frame〉通称〈ABF〉と名付け、各国は〈ABF〉の完成に伴い天地落としの最初の被害国である日本を中心に新都市を開発すると、さらには天使に奪われたままの土地を《天使領域》と名付け、その目前に天使殲滅策略本部を設置。

 それからも年月を重ね人々は〈ABF〉を強化し続け、天地落としから10年が経っていた。



「おい! あまり前線に行きすぎるな!」

「司令! また一機やられました!」

「クソッ、またか」

 作戦司令室にある大型液晶画面を殴り失意の念に駆られた司令と呼ばれるその男は、6番の無線のスイッチに手をかける。

「仕方ないアイツを前線に出す」

「いいのですか?」

「背に腹はかえられん。おい、ミツキ。出番だ」

 暗闇の中に禍々しく光る二対の瞳、大型の機械に纏われたその布、片手に握られた大鎌は正しく死神を具現化した見た目をしていた。


「天使を殺してこい」


「了解した」

 格納庫で幽遊と光る眼を持つ〈死神〉は戦士としての意を全うすべく戦場の最前線へと送り込まれる。


 戦場へ送り込まれた〈死神〉と呼ばれる〈ABF〉は、次々と天使を蹂躙していく。


 その命をも刈り取られた〈天機〉から漏れだしたオイルを浴びた〈死神〉はその覆われた布を夕焼けの炎で赤くし、戦場の悪魔へと化していた。

「糞! これじゃ数が多すぎる!」

「部隊長!」

「どうした」

 部隊長と呼ばれる男の元へ、一般機と思われる〈ABF〉から1本の無線が入る。

「後方から一機の〈ABF〉が高速で接近中! この信号は……」

 その信号に身に覚えのあった部隊長は、少し鼻で笑い後方を振り返ると、そこにはすでに禍々しい〈ABF〉の姿があった。


「安心しろ、〈死神〉だ」


 戦場へ高速で接近してきたその機体は行く手を阻む天機の首を、大型の鎌で切り落としていく。

 己が目標を果たすために不必要な遺物を切り捨てては、その首をサッカーボールのように蹴飛ばし〈天機〉の司会を奪い、八つ裂きにしていった。

 通常の機体の何倍も速い速度で動く〈死神〉の元へ部隊長は、一通の無線を入れる。

「全く……ミツキ、ちょっと遅いんじゃないか?」

「五月蝿い、俺は天使を殺すだけでそっちの手助けに興味はない。早かろうが遅かろうがその事に大差はなく、俺は俺の望みを叶えるだけ」

「はいはい、そうですか、そうですか。ってミツキ、ひょっとしてお前今何か無茶なことを考えてるんじゃないよな?」


 兵士の予感というよりかは、人間の危機察知能力は、実際問題その本人が迷惑なときに働き常に予知とも呼べる正解を導き出すものだった。


「トオル、その背中の大剣で、俺をあそこまで飛ばしてくれ」


 ミツキの無理難題は日常茶飯事ではあるものの、トオルは妙な困惑を感じ、頭を抱え苦悶の表情と共に大きくため息をつく。

「はあ……全く、無茶言うなよ」

「え? 出来ないの?」

「出来るよ! つーか、やるんだろ? こんな無茶受けてやるんだ、終わったら飯奢れよな!」

 中世の鎧を纏ったような見た目をした〈ABF〉は構えていた双剣を鞘にしまうと、背中にはマウントしていた大剣をプロ野球選手のように大きく振りかぶった。

 細身な腕の〈ABF〉ではありえないほどの大きさを持つ、鉄塊とも呼べる大剣に〈死神〉は除けることもなく、あろうことかその上に飛び乗る。

「アモン、ターゲットはあの隊長機だロックオンしろ」

『了解』

 アモンが隊長機を認識すると、コックピット内のモニターと連動するようにミツキの片目にスコープが表示された。

「行くぞ! ミツキ!」

 トオルの合図と共に西洋の鎧を模した〈ABF〉が振り下ろした大剣に合わせ、その上に乗っていた〈死神〉はホームランボールのごとくその大剣のスイングで加速し、隊長機であろう〈天機〉へ物の数秒で向かい、両手に握られたその鎌でその首を落とす。

『ミツキ、活動限界まで残り30秒です』

「大丈夫。分かってるよ、戻るぞアモン」

『了解』

 隊長機の首を大鎌で切り飛ばし撃墜した〈死神〉の残り活動時間を考え、ミツキは何の焦りも見せることはなく轟音とともにその場を走り抜けようと、フットペダルを踏みこむ。

 関節に負荷をかけながら戦場を駆け回る〈死神〉はその道中一機の〈ABF〉が、大型の隊長機と交戦しているのが目に入った。

「ほんとなんなの! こいつしぶとすぎるんですけど、もう!」

『落ち着いてくださいカオル』

「分かってるわよ! アテナ」

 隊長機と交戦していた女神のような見た目をした〈ABF〉は、バックパックを展開させると、そこからサブアームを展開し、天機と同じ槍を数10本装備し、その全てを隊長機へ地面もろとも突き刺した。

「ざっとこんなもんよ」

 自身の機体の横を、援護する気もなくただ淡々と通り過ぎていく〈死神〉の姿を見かけたカオルは、その機体に乗るミツキに対して無線を繋ぐ。

「ちょっと、見てたんなら助けなさいよ」


 そういうもミツキは、止まる気もなくただ無線でボソッと一言。

「いや、カオルなら行けると思って、それにしてもあとすこしで動けなくなるし」

 そう言いその場をあとにした。

「はあ……全く、私達も帰るよアテナ」

『そうですね』


 隊長機を撃墜された〈天機〉たちは次々と活動を停止していき、その場で鉄くずとなり崩れていく。

 その数おおよそ100機のうち半分は〈死神〉が撃墜したものであり、その〈天機〉には切り裂かれたような損傷が残っていた。

 トオルは中世の鎧を模した〈ABF〉の装備していた大剣を地面へ突き刺すと、コックピット内で安堵するようにため息をつく。

「はぁ……本当に無茶な野郎だ。すまなかっまたなジーク」

『いや、こちらは問題はないんです。しかし、〈オーディン〉は』


 中世の鎧を模した機体は〈オーディン〉と呼ばれ、その関節からは限界を示すかのように火花を散らせていた。


「ははっ、これじゃまたおっちゃんに怒られるな。そん時は一緒に怒られてくれよ? ジーク」

『はい。まあ、いつも通りですねトオル』

 荒廃した世界を守る彼らは常日頃から、自分たちの生活や体を削り天使からその世界を守り抜き、賞賛などされることはなく、己が使命を果たす。


 人類は天使を上回る人形大型兵器を使い天使から残った人類を守っていた。


 その目的は復讐であるのか、英雄的思想からなのか、そのような事は誰にもわからない。


 ただ一つ天使は自分たちが世界の中心にいると考え、その優越感に浸り油断していることで忘れていることがあった。


 天使はその油断に気が付くころにはすでに手遅れだった。


 そう、成長とは天使だけが手にした特権では無いということを。

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