第30話 九人の傭兵

 特大火球が着弾し爆発する。一瞬、頭をハンマーで打ち据えられたような音の衝撃が訪れ目の前が真っ白になった。


『……き! きつね、憑き……!』

『ニカ、さん……?』


 酷い耳鳴りのする頭を振って周りを見渡す。衝撃のせいで意識を一瞬刈り取られたような気分だ。交信しているニカさんは無事だ。ヨウコは苦い物でも食べたような表情で耳鳴りに耐えているようだが、ハンドサインで無事を知らせてきた。

 トリスも怪我はなく健在なようだが、かなり堪えたらしい。肩を落とすと同時に俺達を守ってくれていた大盾がバラバラと地面に転がる。

 俺達を中心にした爆心地周辺の建物はそのほとんどが半壊している。


『ふぅーー、なかなか、キツかったな』

『怪我はない?』

『ああ。かなり消耗してきたが、な』


 トリスは応答しながら手を振り次の盾を召喚する。隣でニカさんが回復薬の栓を抜いて彼女に手渡しているが、そろそろ過剰投与オーバードーズじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると空気が震えた。バカになった耳ではわからなかった答えをヨウコが指さした。

 巨竜タイラントがこちらに狙いを定めて大玉の火球を再び練り始めていた。くそ! ふざけてる!


『立て続けに、キツいな……』

『トリス! 無理なら担いで逃げるよ⁉』

『大丈夫だ。あと一回くらいなら防ぎきれる。それに……』


 盾を前面に展開しながらトリスは何かを探す様に周囲を見渡した。俺達と敵以外の動きのない世界で応えは目に見えない形で返ってきた。


『あー、聞こえるか? 捕捉した。デカブツとお前ら四人。援護、開始するぜ』

『遅いぞ、ゼロ』

『へっ! そっちこそ予定地点から遠いぜ、ねぇちゃん?』

『何もかもがぶっつけ本番の作戦だ。仕方ないだろう?』

『違いない! 。まだまだ難儀だ』


 ゼロの嗄れ声が広域通信で響いた。軽口を叩き合うトリスが口角を釣り上げる。


『それでもお前達なら出来るのだろう、九人の傭兵レイブンズナイン?』

『ったりめぇよぉ……!』


 その言葉を引き金トリガー巨竜タイラントの顔面が爆発した。


 ゴォォ、オオォォォ……?


 突然の爆発に面食らったかのように巨竜タイラントが首をゆらゆらと揺らす。かなりの衝撃を受けていそうなものだが大してダメージはないように見える。


『けっ! ふざけた面の皮の厚さだな……! 狙撃を続ける』


 巨竜タイラントはギョロギョロと目玉を動かし周囲を探るが、何も見つけられないようだ。苛立たし気に吠え、再びこちらへ向けて火球を放とうと大口を開いた。


 キンッ――ドォォゥン‼


 蒼い閃光が空を裂き金属音に似た響きの後、爆発が生じた。またも火球を撃ちそこねた巨竜タイラントはヒステリックに首を振り回し暴れるが、その長い首を捩じりながら伸ばし再び狙いを定め始めた。

 首は地面に水平に頭を出来るだけ低い位置のままこちらへと伸ばす。顔面を傾け過ぎたせいで大角が地面を削り、ついに折れるがお構いなしだ。裂けんばかりに顎を開き、丸い煉獄を産み出さんとする奴の瞳にはゾッとするほどの憎悪の念がこもっている。


『なんですか、こいつ……? 気持ちが、悪い』

『悪知恵を働かせ、人を憎む……まるで人間ですわね』


 巨竜タイラントの異様さにヨウコが身震いし、ニカさんが嘲笑を浮かべる。こいつは他の巨大生物とは違う。九人の傭兵レイブンズナインの狙撃を回避しようとしている。いったいどうなってるんだ?

 だが、俺達を見下ろす奴の瞳に底意地の悪い光が宿った瞬間、九人の傭兵レイブンズナインの長は指揮を下したタクトを振った


『しゃらくせぇ! ファイブ、スリー、セブン、ワン――撃てファイア


 キンッ、ギャッ――ドォォゥン‼


 高音と共に閃光が奔り巨竜タイラントが三度爆発した。広目天の視力でようやく捉えられた蒼い光は高所から真っ直ぐに伸びてきた後に何度か屈折して着弾したようだ。

 

『領域は俺達が抑えた。忌々しい火球はもう撃たせねぇよ、大トカゲぇ……!』


 ゼロの声に反論するかのように巨竜タイラントが咆哮するが、その叫びは負け惜しみのようにも聞こえた。トリスが笑みを深くて頷く。


「さあ! 反撃を始めようか!」

 


 § §



 トリスの宣言を合図に広域通信魔法メッセンジャーでゼロが作戦概要をがなり始める。前線が敵を誘導し結界のある第二城壁を目指す。観測と火球の妨害は九人の傭兵レイブンズナインが担当、作戦指揮はゼロが行う。状況の確認と並行して戦力の追加投入を行っていく。

 巨竜タイラントの撃破は最優先ではなく結界と城壁、軍隊を有する国家へのが目標であること。市民の避難は順調に進んでいるので戦いに逸って命を無駄にしないようにと告げられ、最後にギルド長ギルマスからのくれぐれもよろしく頼みますの言葉で〆られた。

 通信の最中に巨竜タイラントは火球を放とうとするがそのことごとくは暴発で終わった。


『……さぁ、こっからはお仲間だけに通達だ。作戦概要に変更はねぇ。ただ、全力で叩いておかねぇと、後々メンドーな連中に目を付けられかねないからよ……参加者全員、申し訳が立つ程度には戦え。それから逃げろ』


 その言葉に応える声が通信網から溢れ返る。ゼロはギルド本部にいるのか、冒険者たちの雄叫びは凄い勢いだ。その喧騒を割るようにゼロから個別通信が入る。


『きつね憑きぃ、二人とも無事みてぇだな⁉ 無茶しやがって!』

『ええ、おかげさまで! すいません、先走りました!』

『はっ! 悪いなんて欠片も思ってないくせに!』


 言葉とは裏腹に愉快そうにカカカとゼロが笑う。隣でまだクラクラと頭を揺らしているヨウコの頭を撫でると、耳がまだ不調だったのかヨウコがカッと牙を剥いた。すまん、悪かったよ。


『お姫様救出したからってノロケてんじゃねぇぞ! お秘めゴトでもおっぱじめる気かぁ? 見えてるからなぁ⁉』


 その言葉に相棒の尻尾がピクンと跳ね上がった。それから気まずそうに俯く彼女の頬はほんのり赤く染まっている。人目を気にして恥ずかしがるのは少し意外だ。


『見られても構わないので、ゆっくりしっぽり休憩させてもらえませんか?』

『却下だぁ! 無事なら働け! きつね憑きお前ら救出のリソースが浮いたんだ! あのふざけた大トカゲをブッ倒すぞ! きつね憑きは指定する合流地点へ向かえ!』

『了解です』


 ゼロが指示を終えて通信を切ると、居残り組の二人が巨竜タイラントを睨みつけ笑った。


『行ってこい、きつね憑き。私はまだアイツに借りを返し切れていない』

『私は人の真似事がなってないこの怪物と遊んでますわ。まったく、お辞儀の後に火を噴く紳士がどこにいるのかしら?』

『わかった!』


 トリスとニカさんにこの場は任せよう。まだあたふたしてるヨウコを抱きかかえて俺は駆け出す。

 背後で巨竜タイラントが一層憎らしそうな叫びをあげているが無視する。交戦が再開されるとゼロの広域通信が響く。


『さっきは戦って逃げろと言ったが、倒しちまうのも当然アリだ。その場合、戦い続けた連中の取り分は当然増える。出遅れるなよ? いまんとこ、無茶に乗ってるのは九人の傭兵レイブンズナイン、市の騎士団、きつね憑き。それから――だ』

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