09 可能性のひとつ

「おいおい」

 青年は天を仰ぐ。

「話が違ってきていないか?」

「違わない。真犯人を探すと言っているだろう」

「まさか、君はバルキーを犯人と疑ってるのか?」

 少し驚いてヴァンタンは言った。

「彼だとは言わない。けれど、つながるんじゃないかと思う。クレスに今日、小刀を持たせたのは?――バルキーだ」

「まあ、待て」

 ヴァンタンはゆっくりと両手を上げた。

「お前さんは少し、先走っているようだ」

「それならあんたは、足踏みをしているんだろう」

 苛つくようにリンは手を振る。

「言うもんだねえ」

 返された言葉にヴァンタンは思わず笑ってしまった。

「違う考えがあるのなら言ってくれ。私も〈腑に落ちるために陥穽に落ちる〉ような真似はしたくないから」

 リンは解いたままの長い髪をかき上げた。ヴァンタンは感心するやら呆れるやらで、首を振る。彼女はまだ十代のようなのに、二十代半ば近いヴァンタンよりもずっと大人のようだ。

「心配する必要、ないのかもな」

 先には「アーレイドの人間ではないだろう」「君は余所者だ」とばかりに突っぱねたが、それは口実のようなものだ。彼の気分としては少年少女を危ない目に遭わせたくないのである。

 だが、呟いてしまった通り。彼が心配する必要などなさそうだ。

「いいだろう、リン。俺も本当のことを言おう。実はバルキーはかつて、ダタクと繋がりがあった」

「――ダタク?」

「名前は聞いてないか。クレスが働かされてた隊商の主、街に幻惑草を持ち込んだ悪党イネファだよ」

「……そんな男と繋がりのある店主が、クレスを引き取った? 偶然のはずが、ないな」

「先走るなって。まあ、たぶん、知っていて引き取ったんだろう。過去にどんな悪事をやらかしたのかは知らないが、子供を世話して罪滅ぼしをしたいというような意味もあったのかも」

「その考えは、人が好すぎる」

 リンは遮った。

「あんたはおかしな人だな、ヴァンタン。事象に猜疑の目を向けて検証をするくせに、出す結論はお気楽だ」

「お気楽で悪かったな」

「おかしいとは思うが、悪いとは言っていない」

 リンの返答はそれだったが、どうだろうとヴァンタンは思った。馬鹿にしているという感じはしないのだが、何と言うか、とでも思われているような。

「バルキーは、昔はともかくいまじゃ真っ当だよ。本当だ。ウィンディアのために、やばいことからはみんな足を洗ってる」

 だが少女の評価は特に気にしないことにして、青年は続けた。リンはゆっくりと首を振る。

「私が言うのはな、ヴァンタン。足を洗うために最後の一仕事、と命じられることは珍しくないって話だ」

 リンはそう告げた。ヴァンタンは唸る。

「仕方ない。俺の考えを言おう、いいか、リン」

 ヴァンタンは嘆息して続けた。

「バルキーの様子が近頃おかしいことは、確かだ。ウィンディアが心配してアニーナに相談をし、俺はそれじゃ様子を見てみようと思って〈赤い柱〉亭に行った。あそこに飯は食いに行くが、店主と話したことはなかったんで、ばれないだろうと『雇ってくれ』とやってみたんだ」

「それで?」

「人手を増やす余裕はないと言われた。俺はかなりの好条件――つまり、雇い主にとっての好条件、俺にとっては低条件を提示したんだが、その返答だ」

「断る口実としては、珍しくなさそうだが」

「そうでもない。断るなら『雇う気はない』だけでいいんだ。財政が実は非常に厳しいんだと言いふらしたい商売人がどこにいる?」

 今度はヴァンタンが首を振った。

「俺の出した条件から、バルキーは俺が本気で困っていて、どんな低賃金でもいいと頼み込んできたと信じたんだ。だが自分はそれを雇う余裕もないと、そういう返答だったんだよ」

「そんなに、金に困っているようには見えない」

 リンは答えた。〈赤い柱〉亭は繁盛している。毎晩満席ではないが、客のこない日などはない。

「なら、君はいまの話にどういう整合性をつける?」

 試すつもりでもないが、ヴァンタンは尋ねた。

「――大金を必要としてる。日常業務を回す以上の」

「俺もそう思う」

 仕方なく、ヴァンタンは同意した。

「つまり、リン。君が思っていることと同じだ。バルキーは、脅されてる。金を出せば二度と関わらないでやる、とでも悪党につきまとわれているのかもしれない」

「推測ばかりだな」

 リンは言ったが、ヴァンタンを馬鹿にしたのではないようだった。彼女自身が口にするのも推測に過ぎない。

「しかしバルキー親父の件は、クレスの現状とはつながらん」

「いや、それは判らないな。小刀のことがある」

 リンはそこを気に留めるようだった。

「バルキーがクレスに刃物を持たせ、ファヴを殺して彼に罪をなすりつけたとでも思っているのか?」

「有り得る、と思うだけだ」

 少女の返答は、応と言ったも同じだった。

「それは無理だ。彼はファヴが死んだと思われる頃、いつものように自分の厨房で料理を作っていたんだから」

「――確かか」

「確かだよ」

 ヴァンタンがうなずくと、リンは悔しそうに唇を噛んだ。自分の推測が外れたことを認めたのだろう。

「それじゃ、あんたの考えをもっと聞こう」

 しかし彼女は瞬時に切り替え、ヴァンタンに要請した。了解、とヴァンタンはうなずく。

「言ったように、ダタクは捕まった。残党はいないはずだ。だが、どこかで話を聞いた奴が自分もヤバい薬でひと儲けしようとファヴ――殺された踊り子に儲け話を持ち込んだ。俺はそいつが、ジェルスの一座から幻惑草を仕入れようとしたんじゃないかと、思う」

 ヴァンタンはリンの反応を窺った。娘はじっと聞いている。

「とにかく、話は思ったようには巧く運ばず、ファヴは金をせびりでもしたのか、邪魔に思われた。そこに、生贄にしてくださいとばかりにクレスが飛び込んでくる。都合のいいことに、身寄りのない子供だ。ファヴを殺してその犯人に仕立ててしまえば、面倒は一気に片付く」

「待った」

 リンが片手をあげた。

「『真犯人』は、クレスが身寄りのない子供だとどうして判る」

「さあ」

 ヴァンタンは肩をすくめ、何気ない調子で続けた。

「――魔術とか、かな」

「座長を疑ってるのか?」

 青年のはっきりしない回答から、リンは彼の言おうとしたことを聞き取った。

「疑ってるとは言わない。ただ、あの奇妙な煙と言い、踊り子を串刺しにしちまう手口と言い……演技だと言われりゃそれまでだが、何と言うか、堂に入っている気がしたね」

 手慣れてる、とヴァンタンは呟いた。

「成程」

 リンは顎に手を当てた。

「ジェルスが幻惑草を持ち込み、ファヴを使ってアーレイドの街に売りさばこうとした、と」

「可能性のひとつとして話してる」

「なら私も可能性を話す。それが、バルキーがクレスをはめたということ」

「まだそれを言うのか。無理だと言っただろう」

「いや、あんたの説明では、直接に手を下したという可能性が消えただけだ。クレスに刃物を持たせたのが彼であること、私はどうしても気にかかる」

「よせよ。クレスを犯人に仕立てて、バルキーは何を得る?」

「ウィンディアの安全」

「誰が何のためにバルキーと彼の娘をおびやかす」

 青年がまとめて問えば、リンはうなずく。

「それだよ」

「何がだ」

「『何のために』は金だろう。『誰が』も予測がつくようだ」

「誰だ」

「――真犯人」

「成程」

 今度はヴァンタンがそう言った。いささか飛躍しているようだな、と感じたが、リンが主張したいことには気づいた。

「君が言いたいのは、こうだな。余所からやってきたジェルス座長は真犯人じゃないと」

 彼の言葉にリンはうなずく。

「時間帯を考えれば当然だ。女が死んだ頃バルキーが調理をしていたというのなら、座長は私と話をしていた」

「はっ?」

「私と話をしていたんだ」

 リンは律儀に繰り返した。

「確かに彼は魔術師だから、ほんの数ティムもあればその宿に行って女を殺してくることができるだろう。だが、彼は一度だって中座しなかった」

「だがそれは」

「まあ、魔術師だからね。手妻はあるだろう」

 ヴァンタンの反論を先取りして、リンは続ける。

「それとももっと単純に、他の誰かを使った可能性もある。でも、彼は手を下していない」

「確かか」

「確かだ」

 彼らは先と逆のやり取りをした。

「参ったな。正直、その線が濃いと思ってたのに、振り出しだ」

 ヴァンタンは天を仰いだ。

「理解してくれたなら、それでいい」

 出来の悪い教え子を指導するかのような調子の年下の娘に、ヴァンタンは乾いた笑いが浮かぶのを感じた。

「だがこれでは、互いに振り出しだ。材料がもっと必要だ」

「どこからどんなものを手に入れる気だ?」

「クレスから詳しく話を聞くのが、最上のようだ」

 リンはそう言ったが、果たしてトルーディが彼との面会を許すだろうかとヴァンタンは考え――無理じゃなかろうか、と思った。

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