11.ハッピーエンド直行便はこちら

「ちっ!」


 剣を砕かれた道場長がそれを捨てると同時に殴りかかってきた。体術で決着をつけようと言うのだろうか。

 だが遅い。ユーリはそれを上体を少し逸らす程度で躱す。


 そして切り返すように道場長の腹目掛けて拳を突き出した。寸前に道場長の拳が彼の頬を通過し、風が巻き起こっているのを感じながら、ユーリは自身の手刀が相手の腹にめり込む感触を得ていた。


「ぐっ!」


 それを受けた道場長はその場に蹲り、苦しそうに倒れた。何のことはない、内臓器官に強く衝撃を与えただけだ。

 そのように正当法でない戦い方で勝つという点では、ニルスと似ていると言えた。やはり兄弟、妙な所で似てしまうものだ


「馬鹿な……道場長が負けるなんて……」


 門下生の一人がそんなことを口走りながら驚愕を浮かべていた。


「ば……化け物だ」


 誰かがポツリとそう呟いた。それを皮切りに、他の面々も続いて逃げるようにして出口へと走っていく。

 それだけ、道場長の力量は揺るぎないものだと確信していたのだ。


「呪いの、化け物だあぁ!」


「うわあああ!」


 凄まじい叫びとともにやがて訪れたのは静寂。道場にはユーリとニルス、それから気を失った道場長のみを残して誰もいなくなってしまった。


「ユーリ……強くなったな」


 目の端に憂いを僅かに浮かべたニルスが静かに告げる。かけるべき言葉を迷い、一先ず褒めることにしたのだ。

 旅に出る前、ユーリはただ優しい少年だった。病弱そうな体つきで心配に思っていたが、体格はさして変化は見られないものの強くなったことは確かだ。それにはニルスも称賛する。


 ただ、ユーリの言動の節々から伝わる優しさという指標は随分と小さくなっているように思えた。月日というものはその為人でさえ変えてしまうものだと、どこか寂しくなった。


「うん。それを見せたかったんだ。……結果は少し散々かもしれないけど」


「いや、よくここまで頑張ったよ」


 一方ユーリは母から兄のことを頼まれていた。呪いを受ける彼は一人で生きるには背負う物が大きすぎる、と。


 だからこそユーリは強くあろうと誓った。旅に出る兄を引き止められなかったことさえ弱いことを原因だと決め込んで、ひたすら鍛錬に励んだのだ。


「だから兄さん、たまには僕にも頼ってよ」


 久々に見たユーリの笑顔は3年前と変わらず優しいものだった。その言葉につられて笑みを浮かべたニルスは黙って頷く。


 全てが変わってしまった訳ではない。また、やり直すことだってできるはずだ。この時は、そう思っていた。



――――――――



 それからというもの、道場に人の足が途絶え、閑散としてしまった。これは紛れもなくユーリを恐れた門下生達が顔を出すことを拒んでいたためだった。


 道場長もそれに気づき、ユーリを卒業と称して無理矢理追い出した。するとどうだろう。今まで息を潜めていた門下生達が次々と戻っていく。


 しかし元よりユーリやニルスにとってこの場所にはもう用はなかったため問題はない。

 むしろ道場公認で抜けさせてもらえるならば両親にいらぬ心配をかけることもない。ユーリとしては万々歳だった。



 そう思った矢先。


「気持ち悪いんだよ、この呪い野郎が!」


「旅なんかに出て成長したつもりか? 舐めやがって……!」


 ユーリは偶然路地裏で兄が蹴りなどを受けている場面に出くわした。彼の目には痛々しい姿の兄が映るが、ニルスが相手の顔をじっと見据えていることには気づかなかった。


「兄さんから離れろ」


「あ?」


 思わずユーリが前に出て、睨みつけるとその少年はユーリを見るなり挑発的に拳を構えて小刻みにその場を跳んでいる。


「そいつは俺を倒してから言うんだな」


 ふっ、と息を吐いてユーリへと握った拳を伸ばしてくる。彼はそれを難なく躱して顎に一撃。少年が少しだけ浮き上がって、そのまま地面へ力なく倒れる。


「もう一回言うけど……兄さんから離れろ」


 もう一人にそういってやると、その人は一目散に走り去っていった、それも一人だけで。相方という、大きな忘れ物を残していったのだ。


「あー、こういう場合はありがとうって言った方がいいのか? ……だけど、別に助けなくても良かったんだ」


 ニルスは自身の拳を見つめる。


「この旅で、何故かは知らないが刃物で多少斬りつけられても傷つかなくなったんだ」


「本当だ……」


 兄が破れた衣服の下の肌を見るが、その傷は赤くなっている程度。ニルスは見せながら「ま、めちゃくちゃ痛いんだけどな」と笑う。


 そしてニルスは的があるのをいいことに、ずっと攻撃を食らわせようと拳に力を入れていた。呪いでさえいつか克服する、そんな思いからだった。

 ニルスに何かと文句をつけていた輩の、そのようなニルスとの思想の程度が違いすぎる様子にユーリは滑稽に思えて仕方なかった。


 しかしそれにしても寝ている間の治癒力といい、攻撃を食らっても傷つかない強固な体といい、兄は何かがおかしい、ユーリは同時にそう思った。

 今の兄を形容するならばまさに化け物が相応しいと。



 そんなニルスは面識の少なかった妹のリナとも交流を深めていった。記憶の中では赤ん坊だったはずの彼女はすくすくと育ち、今もニルスの前で活発に遊んでいる。


 彼女の母リゼットは薬草の知識や魔法を身に着けてほしいようだったが、リナはわがままに兄から体術を教わるのだった。


「リナ、中々言うこと聞いてくれないんだよねぇ」


「自由奔放って感じだな」


「リナには覚えてもらわないといけないことがたくさんあるってのにさぁ」


「母さん、もしかしてさ、ユーリを道場に通わせたのもリナに薬草の知識や回復・・魔法を教えるのも同じ理由で――」


「ははっ、バレちゃってた?」


 ニルスが尋ねようとすると彼女は清々しいほどの笑顔で言った。男勝りな母のその言葉にニルスは呆れる。


「俺が寝る以外じゃ回復できないって知ってるだろうに……」


 彼の母も父も、全てはニルスのためを思って行動していたのだ。それでも、自分達はどうしても思うように動けない。


 ならばせめて息子の兄弟達だけでも彼の助けになれば、その一心で、戦い方や治療法を託して呪いを受けた息子を手助けしようとしていたのだ。


 呪いをむざむざ与えさせてしまったことに負い目を感じているのか、食後のデザートがニルスだけ多いなどという一端も、日常の中に見られた。


「そんなの分かんないって。あたしはニルスがいつも呪いを克服しようとしてるの、知ってんだからね」


 母親にはお見通しであった。密かに思っていたことを知られていたことにニルスは苦笑いし、それに合わせてリゼットも白い歯を見せて快活に笑った。



――――――――



「あー! なんで私のは少ないのー?」


 リナが配り分けられたケーキの大きさに不平を言う。自身とニルスの量を比べてその差に気がついたのだろう。僅かな差ではあったが、それを見分けてむくれてしまうリナにニルスは苦笑する。


「なら、兄ちゃんと半分ずつ食べような」


「ほんと? ありがとう、兄ちゃん!」


「父さんからもあげよう」


 ニルスに乗じてその父スティードも分け与えようとする。彼はとても娘に可愛らしい眼で感謝されているニルスが羨ましかったのだ。


「だめだめ。それ以上リナがわがままになったらどうすんの? ニルスも今後、勝手に上げたりしたらだめだから」


「いいじゃないか。リナも嬉しそうなんだし」


 そう言って一口分をすくってリナに食べさせるスティードに、リゼットはため息をついた。リナがこのまま自分の思いばかりを押し通す子に育たないか心配だった。


 リゼットには経験があった。自身がわがままを貫いたばかりに、周りだけでなく自身も傷ついたことが。娘にまでそのような思いをしてほしくはなかった。


「リナ、あんまりわがまましてるとお父さんもお母さんもいなくなっちゃうよ?」


「大丈夫! 私のそばにいっつもいてくれるもん! そうでしょ?」


 その言葉にリゼットは再びため息をついた。それと同時にどうしようもない気持ちになる。まるでこの世を憂いているかのような表情にニルスは疑問に思うのだった。




「……ニルス。私達に何があろうと迷わず二人のこと、助けてあげてよ」


 その夜、月明かりに照らされてニルスが一人で鍛錬に励んでいるとリゼットが静かに横から声をかけてきた。


「母さん? 突然どうして……」


 そんなことを言うのかと問いかけてから黙る。その神妙な面持ちには何か決意めいたものを感じた。


「分かった」


「……ありがとう」


 ニルスはそんな母を前にして、それ以上聞き出すことはしなかった。

 だがリゼットの言葉に、まるで平和な日々が長くは続かないことを示唆しているような気がして、ニルスは思わず呪剣を持つ手を強く握った。



 それからニルスの父は管理者の立場をいよいよ追われてしまう。それには魔石教団と関わるところが多かったからだろう。

 予てからニルスのことで手一杯になっていたスティード達は管理が回っておらず、さらに以前より魔石教団との関係性が疑われていたこともあり、辞職へと追い込まれた。


 実際には彼らは私利私欲のための接触でないばかりか、脅迫を受けるというむしろ被害者であったが、そんなことは村人達に関係ない。


 見かけにも魔石教団と繋がりがある、それだけで十分に彼らを長の座から引き剥がす理由になるのだ。


 するとそれなりに充実していた生活風景も貧相な暮らしへと変貌を遂げる。住居も食事も、今までとは比べ物にならないほど質が落ちていった。



 ある時、魔石教団の幹部らしき男が訪ねてきた。彼が言うにはこの村を立ち去るから、次に来るまでには村中の魔石を全て回収しておけとのことだった。

 この村の魔石保有量は高く、そしてそれはユーリの父親、母親共に実績ある冒険者であることに起因する。


 冒険者、住民に危害を与える魔物の駆除などを専門的に行う者のことだが、その組合、冒険者ギルドでは赤色まで登りつめたとユーリに言っていた。


 そんな彼らは村人達に魔石を売ることで金を得ていた。村を賄う程の魔石量、見返りも非常に大きかった。いや、大きかったはずだ。だが生活は今のように豊かさからは程遠い。魔石教団による何かが働いているのか。


 しかし魔石教団がこの収入源を知っているならニルス達に何らかの危害を加えたり更なる脅しをかけるはずだ。

 母は狩りをする時は他人に知られないよう隠密行動を努めていると言っていたうえに、数も多少は減らしているとのことだった。ならば魔石教団とは別の理由があるのか、ニルスには分からなかった。


 しかし何より問題なのは、ニルス達はそれなりに食事ができるのに両親がまともな食事をとっている姿を見かけないということだ。

 問い質しても食事は別で摂っている、と誤魔化され、そして資金の使い道についても彼らは言わなかった。



――――――――



 そんな生活が続き、幾年か経った。変わったことと言えばリナがスティードの指導の下、体を動かすことに没頭しはじめたことだ。


 ユーリ自身も道場通いの時から両親に稽古をつけてもらってはいるが、最近は彼が優勢になる機会が増えてきている。

 それはユーリの成長によるもの、だけだったら良かったが、実際には違うのだろう。



 更に時は経ち、ユーリはついに両親を試合において負かせるまでになっていた。正直、万全の状態でない父達に勝ててもユーリは嬉しくはなかった。



 そんな時だった。町に逃げる準備が整ったと、スティードから全てを聞かされることになったのは。

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