7.うわ……私の戦闘力、低すぎ……?

 ニルスはアシュレイの言葉に肝を冷やした。彼自身、アシュレイの人生を変えてしまうほどの衝撃を与えたことに、無自覚だったのだ。

 対する彼女は、自身に多大な影響を与えたニルスはかけがえのない存在だと、恥ずかしげもなく口にできた。


「ニルスが望むなら」


「ちょっと、今は困るって」


 迫るアシュレイにニルスは訴えながら指を差すと、腰に刃渡りが大きめの剣を下げている男が岩壁の中から透過するように出てきた。


 呪剣の反応も同じ場所からきているようで、目的地はその隠された場所で間違いないようだ。とはいえ、ここまで来るのに時間がかなりかかってしまったのは反応の正確性に欠けていたからに違いない。


「あそこがそうなの?」


「恐らくな」


 アシュレイが尋ねるとニルスは入口へと歩いていく。魔力によって隠されたそれは周囲の岩肌と同化し、居場所を知りさえしなければ容易に侵入できそうになかった。

 まさに何かを隠すには最適な場所だった。


 中は洞窟らしく、岩の無機質な凹凸が目立つ。先ほど男達が警戒しながら出入りしていたのもあり、ニルス達は見つからないよう、息を潜めながら奥へと入っていく。

 内部構造は蟻の巣のようになっており、通路の脇には小部屋が幾つか存在した。

 掘り進められた箇所もあり、狭い通路で突然に出くわすことがなければ咄嗟に隠れることもできそうだった。


 しかし案の定、通路の間隔に足を取られ、ただ前方からやって来ただけの巡回員に見つかってしまう。


「侵入者だ! お前らは周囲を警戒しつつ、排除するんだ! それからお前はボスに伝えてこい!」


 真っ先にニルス達を見つけた男が大声で指示を出す。どうやらそれなりに立場のある人物らしい。彼らはそれに従い、迅速に行動を開始した。

 前から迫る武器を持った男性達、一見すると脅威ではなさそうに思えた。


「ニルス、こっち」


 するとアシュレイに手を引かれて逃げ込むと、小部屋へと出た。しかしそこは行き止まりで、追ってきた3人に距離を詰められてしまう。


「二人だけで攻め込むなんて無謀な。……迷子か?」


「剣を返してほしいんだ」


「剣?」


 眉間にシワを寄せる男に尋ねられ、ニルスは両手を広げて表現する。


「このくらいの大きさなんだけど」


 大きさとしては一般の長剣とは変わらないものの、ニルスが背中で優に掛けられるようになったのは9歳になってからだった。それだけに扱いには苦労したと、彼の記憶には残っている。


「そんくらいのは多く盗んできたからなあ……」


 彼らはどうやら盗賊のようだった。見れば全員が身軽な格好、盗みを働くには最適と言えた。

 その呟きに今度はアシュレイが答える。


「禍々しいオーラを放ってるやつ」


「ああ、それなら……」


「見たことあるよ、な」


 遠慮もなく彼女が紹介すると、よほど印象に残っていたのだろう、組織の末梢である彼らが一々覚えてもいない盗品を記憶していたのだ。


「しかしその在り処が知りたいなら俺達と共に盗賊稼業を始めにゃな」


「だめ。ニルスが盗んでいいのは私の心だけ」


 ニルスが考えるまでもなく、彼女が男を睨みつける。そのアシュレイの言葉からするに、既に心は彼の元とばかりに関係性を公言するようだった。

 不機嫌そうな彼女にニルスが呆れていると盗賊の小隊長が笑い声を上げる。


「なっはっは! 面白えことを言う嬢ちゃんだ。しかしよお、それを断ればこの場所を知ってるお前らを生かして返す訳にはいかないんだがなあ」


 それを聞いてニルスはこの状況のまま逃げ切れるかと考える。盗賊団は彼らだけなはずがない、恐らくこれの5倍から10倍、場合によってはそれ以上に渡るはずだ。

 それを払い除けつつアシュレイを守れるものかどうか。そして目的の物を取り返せるか。


「それに中々に整った顔立ちをしてやがる。へっ、こりゃいい」


 すると一人の男が下卑た笑みでアシュレイに近づく。咄嗟にニルスは彼に飛びかかろうとするが、体が動かない。その完全な敵意と攻撃的な視線に、呪いがニルスを制限するのも納得と言えた。


「ほう、すぐに飛びかからないとは少々見所あるじゃねえか」


 思わぬ高評価を得てしまったが、本意でないことにニルスはさらに盗賊の男を睨みつける。

 ところが次の瞬間、予想外なことにアシュレイが剣を抜きさって振り上げていた。

 金属音が、響く。


「私が誰に心を寄せているか、さっきの会話で分かってたはず」


「太刀筋も悪くねえ、これはますます手に入れたくなったぜ」


 アシュレイは内心、思い上がるなと呟いた。こんな、他人の物を盗んでしか生きられない集団の下っ端に、ニルスの母の剣術が負けるはずないと。

 その勢いよろしく、アシュレイの剣は体重を乗せて男の剣を弾き、脇腹に傷を入れる。


「なっ!」


 剣に有るまじき軌道、その柔軟にも思えた剣は男には捉えきれず、思わず驚きの声を上げてしまう。それがニルスの母の剣技だった。

 そして彼女は隙を逃さず、剣を一薙ぎする。男はすぐに剣で防ごうとするものの、緩急のつけられた剣さばきに己の剣と思考を揺さぶられ、押し負ける。


 アシュレイは一閃、男を斬った。とはいえ切り口は浅く、すぐに治療を受ければ致命傷でない程度のものだ。


「ふう……」


 彼女は軽く息を吐き、ニルスの方向へと目を向ける。するとそこには二人を相手に苦戦を強いられているニルスの姿があった。


「くそっ! こいつ化物かよ!」


 しかし苦戦とは言っても齟齬があった。彼は向かってくる刃を止めようと手を伸ばし、咄嗟に折ってしまったのだ。

 盗賊達は折れた剣で懸命にニルスを斬ろうと奮闘するもその手を途轍もない力で押さえ込まれて動けない。


 そして対するニルスも、攻撃すること叶わずそこで立ち止まってしまっていた。

 否、攻撃を繰り出そうと意識はしていたのだが、呪いにより動かずにいたのだ。


 そこへアシュレイが容赦なく斬り込む。彼らは一瞬のことに何事かわからず、衣服に血を滲ませながら仰向けに倒れた。


「ニルス、怪我は無……さそうだね」


「ああ。アシュレイは?」


「大丈夫。でも初めて人を斬った感触、忘れられそうにない」


 アシュレイは俯き、心傷を感じているようだった。しかしすぐに顔を上げて扉の先を見据える。


「ここからはニルスが受けて私が叩く」


「え?」


 彼が受ける、とはそのまま、盾になるという意味合いだったが、突然の提案にニルスは間抜けな声を出してしまう。


「さっき程度なら私でも余裕だけど、ここから先どんなに強いのが出てくるかわからない」


「なるほど合理的」


 そうは言っても、ニルスは腑に落ちなかった。


「そこまで無理していくべきか?」


「剣を取り戻さないことには、ニルスだけじゃなくて私にも害がある。このままニルスに触れられないのは耐えられない」


 呪剣との距離が近づいたとはいえ、ニルスの体には未だに電気が流れている。何の訓練も施されていない者が触れ続けていれば、すぐに失神するのは免れなかった。


 ここで引き返せば、彼に近づける者は余程魔術に耐性を持った人物だけとなる。彼としてもそれは避けたかった。


 だがアシュレイは、逃げ帰るという選択を完全に捨てたわけではない。


「もし、その痛みが恋の痛みと言うのなら、私は甘んじて受けるけど」


「いや、行こう。アシュレイには剣一本も触れさせない」


 彼女がこれほど想ってくれているのならばニルスもそれに応えないわけにもいかなかった。そして彼は部屋の端に転がっていた木の棒を拾い上げる。


 それは以前愛用していたものと同じ種類のロブストの棒だった。ひょっとすればあの時呪剣と同じ経路を辿って来た、ニルスのそれかもしれない。

 どうやら運んできたものの用途がなく、放置されていたようだが。

 彼はその棒を握り、警戒を強めながら歩みを進めた。


「……私がもっと強ければ本当はニルスを守ったのに」


 距離が近いためにアシュレイの呟きが耳に入ってきた。彼女はニルスの母から剣技を教わりはしたが師の腕を見るに、たった一年では到底追いつけないと感じたのだった。

 そんな自信のなさが表れてしまった。ニルスはそんなことを気にせずともいいのにと思うのだが。


 そこへ、さらに数人の足音が近づいてくる。その雑多な足音にニルス達は顔を顰めながらもそれぞれの武器を構えた。


「あいつらか! 捕らえろ、いや殺してしまえ!」


 盗賊の一人が仲間の死体、もとい死にかけの体を見て判断を下した。その号令を聞き、一斉に10人ほどが襲い掛かってくる。


 振り下ろされる剣、その中のタイミングが遅れたそれを音で感じ取り、アシュレイを庇いながら攻撃を防ぐ。

 そこを逃さずアシュレイが一突き。さらにニルスが両腕を広げると左右にいた二人の武器が折られ、透かさずアシュレイの素早い剣戟でうち一人が斬られる。


 それだけで、彼らの顔には動揺が表れていた。


「怯むな! 取り囲め!」


 再び成される指示に、ニルスも動く。ニルス達は部屋の中、盗賊はそこへ入り口より駆け込もうとしていた。

 そのため彼は通路を塞ぐべく突進の体勢をとる。すると勢い余って一人を突き飛ばし、壁に埋め込むとともに気を失わせてしまう。


 やはり、意図していない所で危害というものは加えられてしまうらしい。日常ではこのようなことが起きないよう、常に力加減に注力しなければならないことも、ニルスには煩わしさでしかなかった。


 しかしニルスは自分の思うように動かない体に対しての不満を、相手にぶつけることもできず、ただアシュレイに次々と斬られていくのを見ているしかなかった。

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