第20話 審査請求が提起された

 1月下旬のある日、大阪府生活保護課保護係の山下さんから電話が架かってきた。


 「森山課長。一点ご報告があります。南大阪町福祉事務所の保護申請却下に対する審査請求が提起されました。このケース…こないだ泉州市と実施責任で揉めてたヤツではないでしょうか?」


 「山下さん、ケースの名前教えてください」


 「山木宏美さん…住所は南大阪町の九重病院です」


 「それ…こないだのケースですよ。でもなんで…?」


 「弁明書の作成をお願いすることになりますので、審査請求書副本も一緒にお送りしますが、ざっと見た感じでは、まだ泉州市での山木さんの保護が決定していないようで、南大阪町で保護を適用してくれという内容のようですね」


 「弁護士か誰か、代理人はついてますか?」


 「はい、弁護士先生がついてますね。法テラスを使えば無料でできちゃいますからねぇ…」


 「山下さん、情報提供ありがとうございます」


 3日後、山木さんの審査請求書副本と弁明書・証拠物件の提出要求が送られてきた。畠山主査に電話番を依頼し、5人のケースワーカーを会議室に招きいれた。


 「先日岩本主査と広瀬さんが対応してくれた山木宏美さんから、審査請求が提起されました。ウチの保護申請却下に対する不服です」


 私はケースワーカーたちに、粛々と伝えた。


 「審査請求って…誰の差し金なんでしょうかねぇ…まさか泉州市の仕返し?」


 阿部主査が苦虫を噛み潰したような顔をして、声を絞り出す。


 「私の説明がまずかったのかしら…」


 岩本主査は眉間にしわを寄せて俯いている。


 「いや。誰が悪いとかそういう問題ではないです。我々はきちんと調査をして、大阪府にも見解を求めた上で却下決定をしたんです。却下理由だって、誰が読んでもわかる内容です。とにかく、粛々と弁明をするしかありません。基本私が対応しますが、どなたか手伝ってもらえませんかね?」


 「課長。私にやらせてください!」


 挙手したのは玉城さんであった。そうか、彼は法学部出身である。


 「私、学生時代に行政不服審査法を専門に勉強してたんです。たぶん弁明書…書けると思います」


 「おーっ! 助かりますよ。実は私も15年くらい前に、大阪府生活保護課で審査請求の裁決書を書いてたんです。二人三脚で頑張りましょう!」


 「しかし…ウチの課って役者揃いですよね。役に立たないのは私だけですよ」


 阿部主査が苦笑いしている。


 「阿部主査。何を卑屈になってるんですか。阿部主査は町民からの人気がダントツです。十分役に立ってます」


 北山さんが阿部主査をなだめる。


 「ウチの課って、本当にいい職場ですよね。社会人になって初めての職場が生活保護課でよかったと思います」


 広瀬さんが北山さんに続く。


 「あと2ヶ月か…寂しいです、何か…。課長もう帰っちゃうんですよね。大阪府に…」


 岩本主査が、恨めしそうに私に視線を投げかける。


 「先のことはわかりません。とりあえず、今できることにベストを尽くしましょう!」


 私はケースワーカーたちに声をかけた。


 それから1週間ほどかけて、玉城さんと一緒に弁明書を書き上げ、大阪府生活保護課に届けた。そして2月中旬、「審査請求取り下げ」という形で幕引きを迎えた。我々の苦労は何だったのか…?


 山下さんから内々で聞いた話では、泉州市は法定期限ギリギリの2月8日付けで保護の開始決定を出し、それを踏まえ、利益が満たされたということで代理人弁護士が審査請求を取り下げたとのことである。何やらよくわからないが、後味の悪い話である。

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