危険な訪問=突撃☆今日の晩御飯

「旦那くんって、ボーカルのキルに似てるよね。」

嫁のひと言に、心臓が停止しかけた。


俺は嫁に秘密がある。

それは俺がvital signs(バイタルサイン)というバンドのボーカリストということだ。


そして嫁は、自分が追いかけているvital signsのキルが、俺だということを知らない。


「絶対キルに似てると思うんだよね!」


嫁の発言に対し、俺はすごく興味が無さそうに「ソウナンダ。」と棒読みで返した。


「なんか旦那くんって、MCのネタとか、好きな食べ物がキルと似てるんだよ。」


そりゃあ本人ですからね!と心の中で叫びながら、「ソウナンダ。」と棒読みで返す。


平静を装う俺だが、核心を突くような質問がとんでくるのではないかと内心ドキドキしていた。話題を切り替えるためにとったテレビのリモコンが震える。



「よくよく見ると、旦那君って顔立ちもキルに似てるんだよね。お化粧したらそっくりになりそう!」


化粧なんてしたらステージメイクだよ!本物のキルになっちゃうよ!と心の叫びを飲み込み、「ソウナンダ!」と震える声で返した。


嫁はテレビになんて目もくれず、俺の顔をじっくり観察している。


「……ファンデーションだけでも、塗ってみない?」


俺は嫁の目の奥に光るものを見た。

頭の中でサイレンが鳴る。逃げろ、もしくは話題を変えろと頭の中の司令塔から命令が聞こえる。


テレビでは、アナウンサーがニュースを読む。

『昨日、山に芝刈りに出かけた高齢の夫が帰宅しないと妻より警察と消防へ通報があり、現在も行方が分かっておりません。』


俺は嫁の肩を両手で掴み、ペイっと横へ投げた。

「ソ、遭難だーーーーー!!!」


俺がペイっと横へ投げた力は、そう強くない。しかし重心がずれた拍子に、嫁は床へ転がってしまった。

目を丸くしている嫁に、ほらニュース見てみろよ大変だぞと畳み掛ける。

えっと嫁がテレビを見た隙に、俺はキッチンへと逃げた。




ふう、とため息をつく。

心臓はまだ早鐘を打っている。


いつか嫁に秘密がバレてしまうのではないだろうか。

何かに集中して不安をかき消そうと、俺は鍋に水を張りフライパンを用意した。


「あれ、お腹すいたの?」

俺を追いかけてきた嫁がひょこっと、キッチンへ顔を出した。

「あ…ああ。もうすぐ夕飯時だから、今日は俺が作るよ。」

嫁はやったー!とリビングへ戻っていく。

少し思考を落ち着かせたい俺は、シメシメと微笑んだ。


今日は簡単に、パスタを作ろうと思う。

作ってみたいパスタがあるのだ。

お気に入りの飯テロ系マンガを取り出し、件のページを開く。


アンチョビを大量に誤発注してしまった主人公が、仲間の知恵を借りてアンチョビパスタを作りピンチを乗り切るというシーンがあるのだ。


この時に出てくるアンチョビパスタがめちゃくちゃ美味しそうで、ずっと食べたいと思っていた。


俺はパスタを茹でながら、アスパラやトマト、ベーコンなどの具材を切っていく。


わりと料理が好きなので、ふんふんと鼻歌を歌いながらマンガと同じ順序で調理していく。


らんららら。


主人公は料理を皿に盛ると決めゼリフを言うのだ。

俺も主人公にならう。

「今日もトレビアンだぜ!」


完成したパスタをテーブルへ運ぼうとすると、壁に半身を隠した嫁がこちらを覗いていた。


突然現れた驚きと、マンガのセリフを真似ているところを見られた恥ずかしさで、俺の体はビクッと跳ねる。


「旦那くん、いま歌ってたね。」

えっ、と思考が停止する。

「vital signsの歌、いま歌ってたね!」

俺は無意識のうちに、自身のバンドの曲を口ずさんでしまっていたようだ。やってしまった。


嫁には、「俺は音楽に興味が無い」と言ってある。当然、バンドの曲は知らないということになっているのだ。


しどろもどろしている俺に、嫁が詰め寄る。

「ねえ、どうしてその曲知ってるの?結構マイナーな曲なんだけど。」

再び、俺の体がビクッと跳ねる。

嫁は俺がファンになったのかと目をキラキラさせている。

ファンになったと言えば楽だが、ライブに一緒に行こうとか、コスプレをして欲しいと言われるに絶対決まっている。


「嫁子がいつも口ずさんでるから、俺も覚えちゃったみたい……。」


「え、私その曲あんまり好きじゃないから、口ずさんでないと思うけど。」


もう、喋れば喋るほど墓穴を掘る気がした。

というか俺が作った曲を、あまり好きじゃないとか言うな。


俺も嫁も無言となる。

なんと切り替えして良いか分からず固唾を飲んだその時、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「え、誰だろう?宅急便かな。」

俺は天の助けとばかりにドアへと向かった。


危なかったと胸をなでおろしたのもつかの間。

ドアスコープを覗くと、一難去ってまた一難。目を疑うような人物がそこに映っていた。


パーマをあてくるくるとしたチャラい髪型に、ピンク色のジャージを着たこの男は、vital signsのギタリスト、いざないだ。


「お前!なんでここに居るんだよ!」


勢いよくドアを開けて全力で慌てる俺に対し、誘は「チャオ☆」とのんきにピースサインで挨拶を返す。

このピースがまた、人差し指と中指をピッタリくっつけているので腹が立つ。


「ランニングしてたんだけどさ、いつものコースから離れちゃって。そういえばお前の家この辺だったなーと思って来ちゃった。」


ニコーっと笑うイザナイの笑顔は、春風のように爽やかだった。というか、記憶だけでここにたどり着くのすごいなと関心した。


「疲れちゃったから、ちょっと休憩させて!」


許可もなく上がろうとするイザナイを、俺は必死で止めた。


「いま嫁居るからやめて!まじで!」


そう言うと、彼の瞳はキラキラと光った。


「あのいつも話題に出てくる奥さん居るんだ!超見たい!」


「だめだってば!」


イザナイは身長も高く、鍛えているためスタイルが良い。

そして髪型やファッションも常に自分が最高の状態に見えるように計算し尽くされている(本人談)ので、顔を隠していても芸能人オーラが半端じゃないのだ。

こんな派手な男が一般人にそうそう居るとは思えない。


嫁もだてにファンをやっているわけではないので、もしvital signsのイザナイと気付かれてしまったら、芋づる式に俺のこともバレてしまうかもしれない。


互いに譲らず玄関でわあわあ騒いでいると、イザナイが突然、目線を俺の背中へ向けた。


「あ、奥さんこんにちは!」


騒ぎを聞き付けて嫁が来てしまったのだと思い、言い訳をしようと振り返ると、そこには誰も居なかった。


「え?」


「隙あり!」


俺が振り返ったその一瞬で、イザナイはズカズカと部屋へ上がってきた。


「まじでやめて!本当に帰って!」


俺の訴えも虚しく、腕を引っ張るもズルズルと引きづられてしまう。

俺を引きづりながらキッチンに到着すると、俺達は嫁とばったり会った。


目をパチパチとさせる嫁に、イザナイは「チャオ☆」と俺にさっき見せたピースサインで挨拶する。


「え、どなた?」


嫁は誘と俺を交互に見ながら、オロオロとした。そりゃそうだ。


「あっ初めまして!俺は……」


「同僚!そう、同僚!!」


イザナイが余計なことを言う前に、我ながらナイスな返しができたと思う。

嘘をついたわけでもなく、イザナイもその手があったかという顔をしている。そして、くすっと余裕の笑み。


「ご挨拶が遅れました。」


いちいちカッコつけて、右から左へ流れるようにサングラスをとるイザナイ。キラキラと目を輝かせて嫁を見つめないで欲しい。


「旦那君の同僚の者です。いーくんって呼んでね、嫁子ちゃん。」


パチンっと音が聞こえそうな瑞々しいイザナイのウインクに、嫁の顔は真っ赤に染まった。

さぞかし彼の一挙一動が、スローモーションのように時を忘れさせてくれたであろう。

俺は遠い目で2人を眺めていた。



「いただきまーす!」


3人で声を合わせて食卓を囲む。

イザナイは「いい時間に来たな~」なんて白々しいことをのたまっている。


それにしても俺の料理の腕はなかなかだなと思う。

アンチョビパスタはとても良い味に仕上がっていた。


ピローンと嫁子のスマホが鳴る。

嫁子が食事を中断してスマホを手に取ったので、俺は嫁子をたしなめた。


「嫁子、食事中にスマホ見るなよ。行儀悪い。」


一応お客さんだって来ているのだから、そういうマナーはしっかりとしてほしい。


「だって~」という嫁子に、イザナイが加勢した。

「旦那くんって超厳しいよね~。」

「でしょ~!」


2人のやり取りに腹が立つ。


「いまイザナイが、トゥイッター更新したみたいなの。気になっちゃって!」


その言葉に俺とイザナイは目を合わせた。


「きゃー!旦那くん見て!イザナイがキルの家でパスタ食べてるんだって!パスタシンクロしちゃったー!やばい嬉しいー!」


俺が真顔でイザナイを見つめていると、彼はてへぺろとでも言いたげな顔をするのでひっぱたこうかと手が出かけた。


「嫁子ちゃんはイザナイのファンなの?」


「ううん、私はボーカルのキルのファンなの!イザナイもカッコイイんだけどね!」


早くトゥイッターで呟きたいからと、食事のペースを上げる嫁子を、イザナイはニコニコと見つめた。


「そうなんだ、ラブラブなんだね。」


「うん!キルにラブラブなの!」


イザナイの攻める質問に俺は心臓が止まりかけるが、微妙に受け方の違う嫁に心底安心した。




「じゃあ今日は突然ごめんね。ご馳走様でした。」


もう来るなと手をシッシとやる俺とは反対に、「また来てね!」と愛想の良い嫁。


イザナイも最後まで「チャオ☆」とピースをして帰って行った。


「なんかいーくんって、vital signsのイザナイに似てたなー。」


嫁のコメントに固まる俺。


しかし嫁は能天気に「キルとイザナイは何パスタ食べたのかな。」なんて話しているので、ホッと胸を撫で下ろした。






閑静な住宅街をピンクのジャージを着た男がランニングしている。


ピンクのジャージの男もといイザナイは、スマートフォンの着信に応えるため足を止めた。


「もしもし、白ちゃん?」


「うわっ、なんでハアハア言ってんの。きも!」


「ちょっと、そっちから電話かけてきといて、それは無いんじゃないの!」


イザナイは爽やかに笑う。


「白ちゃんが見てきてって言うから、お嫁さん見てきたよ!可愛いかったよ~。」


白と呼ばれる男は、息遣いが荒く聞きとりづらいイザナイの声にイライラとした。


「今度は白ちゃんも一緒に家に遊びに行こうよ!」


白はふうっとタバコの煙を吐き出し、舌打ちをひとつ。そして「行かねー!」と返事をして電話を切った。


「もう、反抗期だなあ。」


勝手に電話を切る白にウンザリしながらも、いつもの事なのでイザナイは大して気にもとめなかった。


「白ちゃんはもったいないね。」


そうひとり言を呟いて、イザナイはランニングを再開した。

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