Act.33『心の闇に通される糸』

 アクターズ・ネスト関東支部 医務室前廊下



「彼女ならひとまず意識は取り戻したよ。幸い怪我も大したことはないみたいで、とりあえず今はベッドの上で安静にしてる」



 少女の見舞いに訪れていた麻倉朔楽と神崎双葉は、ドアの前に立っていたメリーから容態を聞くなり、ホッと胸を撫で下ろした。



「そっか……よかったぁ」


「面会はできねぇのか? ちょっと気になるっつーか、あいつに聞きてぇコトがあるんだけどよ」



 そのように訊ねた朔楽だったが、メリーはどこか深刻そうな面持ちで首を横に振るう。



「それは無理かな。今はまだ」


「まだ? でもさっきは大したことないって……」


はね。問題があるのは彼女自身よりも、彼女が持っていたアイテムなわけで。どうやら上も彼女の処遇について判断に困っているらしい」


「アイテム……?」


「押収した実物が保管してある。ついてきたまえ」



 百聞は一見にしかずと言わんばかりに、メリーは詳しい説明を後回しにして歩いて行ってしまう。

 朔楽と双葉のふたりも困ったように顔を見合わせてから、通路を進んでいくその小さな背中を追っていった。



「こっちだよ」



 先導するメリーが手招きしたその部屋は、基地の最深部にある研究区画の一室だった。

 入り口は厳重なセキュリティが敷かれており、ただでさえ分厚いドアを開くためにカードキー、パスコード入力、指紋、虹彩認証……とあらゆる手段で本人確認のための情報が要求されていく。


 メリーはそれらを難なくクリアしていき、閉ざされていた扉のロックは30秒と経たずに解除された。



「入りたまえ」



 そうメリーからの承諾を得て室内に通されるなり、朔楽たちの目にすかさずある物が飛び込んでくる。

 部屋の中央を陣取る巨大な解析用ボックス。多くの危機に接続された透明な箱の中に、少女から押収されたという件のアイテムは置かれていた。


 鮮血のように鮮やかな緋色で塗装された、機械的な外見のデバイス。先端部は針のように尖り、また末端には手で握るためのグリップが存在しており、指で引くのかトリガーも備わっている。

 そんな得体の知れないものを一目見た朔楽は『拳銃?』と言いかけたが、それよりも先に双葉が別の言葉で“ソレ”を言い表す。



「レーザーメスよね、それって……」


「さすがだねフタバちゃん。見ての通り色々と怪しいカスタマイズが施されちゃってるけど、ベースとなっているのは医療現場とかで使われてる小型サイズのレーザー照射装置だ」



 外見的にはむしろSF映画に出てくるレーザー光線銃のようだったが、どうやらそれは武器ではなく手術用具の最新機種だったらしい。

 予想を外してしまった朔楽は、こっそり小声で隣にいる双葉へと耳打ちする。



(てか、なんでお前が知ってんだよ)


(言ってなかったっけ? これでも私、医者を目指してるのよ)


「マジでぇっ!?」



 とはいえ、ミリタリーや医療分野に疎い朔楽が知らないのも無理はない。というのも2037年現在、拳銃サイズにまで小型化されたレーザー兵器は、一般にはまだ浸透していないものの確かに実用化している。

 ただし(重量が軽く発射音が鳴らないなどのメリットも一応あるものの)バッテリーを携帯しない限りすぐに充電切れを起こす取り回しの悪さと、最低数秒間は照射を続けないと標的を確実に仕留められないという殺傷性の低さから、もっぱら武器としては『ほぼ使い道がないレベル』という低評価に甘んじていた。


 強いて功績を挙げるならば、このレーザー兵器の開発でつちわれた技術が医療分野において、のちに手術用器具として応用されるようになったということくらいだろうか。まさにそれがこの“レーザーメス”である。



「こんなものを一体誰がどこで作ったのかは、残念ながら今のところわかっていない。ただ1つだけ判明しているのは、コレがとんでもないことのために使われる道具だってことだけ」


「……っ」


「彼女に聞きたいことがあったということは、君たちも薄々気付いているんだろう? そして、おそらくその想像は当たっている……。


 これは、なんだ」



 『ちなみに“ダークスレイダー”っていうらしいよ』と、メリーは事情聴取によって少女から聞き出すことのできた名称を忌々しげに吐き捨てた。名前の由来はおそらく針糸通しスレイダーから来ているのだろう。


 そのアイテムがもたらす効果は朔楽たちも予想こそしていたものではあったが、それが的中していたことを喜ぶ気にはとてもなれない。ケースの中で現在進行形で解析が進められている悍ましい改造レーザーメスを睨みながら、つい朔楽はやり場のない思いを吐き捨てる。



「ダークスレイダー……なんだよソレ、なんでそんなもんをアイツが……?」


「『黒いローブの男から買った』と、彼女は証言していた。どうやらこれは撃った対象の体内にヴォイド粒子を直接送り込むことで、その人物が持つ心象イメージや深層心理をアウタードレスとして具現化させているみたいなんだ」


「! それって……!」


「そう。この仕組みは、君たちのアーマード・ドレスにも搭載された“オーダーメイド・システム”に酷似しているんだ」



 その単語を聞いた朔楽は、以前にハルカから受けた説明を思い起こす。


 オーダーメイド・システム。それは人体に害のないレベルの微量なヴォイドをアクターの体内に注入することで、アウタードレスを発現させる機能である。

 朔楽が初めてゼスサクラに搭乗したときも、そのシステムを利用して“スティール・バイク”を発現させた。



「違いを挙げるとすれば、このアイテムによって注入されるヴォイドの量は“オーダーメイド・システム”のそれよりも遥かに多いということ。


 今回はたまたま被弾者に耐性があったから大事には至らなかったけど、もしそうでない者がこれを使えば……」



 それより先の説明を、メリーはあえて口にしようとはしなかった。

 しかしそれほどに危険なアイテムであるということは、朔楽にも双葉にも十分すぎるほどに伝わっていた。とくに医者志望の双葉には色々と思うところがあるようであり、どこか懐疑的な面持ちで自らの推測をボソボソと呟き始める



「オーダーメイドシステムの技術が何者かに漏れたか……あるいはそのアイテムを作った人物自身が、こっち側の関係者だっていう線もあるかも……?」


「フタバ?」


「だって許せないじゃない、人を守るために作られたシステムをこんな風に悪用するなんて……! 犯人がわかったら絶対タダじゃおかないんだから」



 双葉は一刻も早くダークスレイダーの出所を突き止めたがっていたが、現時点ではあまりに情報が不足しているのも事実である。

 彼女を落ち着かせる意味もこめて、メリーは一旦これまでの話をまとめようとする。



「とりあえず“黒ローブの男”のことや製造元の特定も含めて、調査は引き続き行なっていくつもりだ。ただ、しばらく君たちには……」


「戦ってもらうことになる、か?」



 朔楽が先んじて言うと、メリーはコクリと首を縦に振った。

 一度は終わったと思っていた戦いが、また始まってしまう。それも今度は災害と同じような自然的な原因ではなく、ヒトの明確な意思によって──



「今後ひとまず黒ローブの男については、便宜上“ダークスレイダー・シンジケート密売者”と呼称することにする。なにか情報が入り次第、君たちにも……ん?」



 情報共有を行なっている最中、メリーのかけている眼鏡型のスマートターミナルがとつぜん青白いランプを点滅させた。

 朔楽たちからは見えないが、おそらくメッセージを受信したのだろう。レンズの内側に映っているであろう電文を読み進めていき、次第にメリーの顔から血の気が抜けていく。



「た、たいへんだ……」


「メリー?」


「サクラくん、フタバちゃん! すぐに他のアクター達を集めて! 緊急招集だ……っ!」



 メリーは一方的に指示を飛ばすと、なにやら慌てふためいた様子で部屋を飛び出していく。

 しかし突然のことでまったく事情が飲み込めていない朔楽と双葉は、すぐに出て行こうとするメリーの背中を呼び止めた。



「ま、待ってください!」


「何があったんだよ? ただでさえダークスレイダーやら何やらで混乱してるって時に……」


「それもあるけど、それどころじゃないんだよぉ!」



 メリーは扉を出たところで振り返り、焦れたように答えた。



「世界各地にあるアクターズ・ネストの基地が、一斉に陥落したんだ……っ!!」





















「退屈な空ね」



 灰色に覆われた昼下がりの空を見上げながら、黒い翼を背負った少女はつぶやいた。

 彼女の足元には、幾多もの金属片が瓦礫となって朽ち果てている。それらはつい数分前まで鋼鉄の脚で大地に立ち、人々を守るべく立ち塞がっていた守護神たちであった。


 アクターズ・ネスト イル=ド=フランス・パリ支部。

 ヨーロッパエリアの中でも最大規模と戦力を誇るその基地は、たった20時間あまりの戦闘の末に虫一匹さえも残らない焦土へと変わっていた。そんな枯れ果てた土地をぼーっと見渡しながら、壊滅の元凶たる少女は不満げにポケットから端末を取り出す。



「ハロー、キュリオテテス。そっちは終わった?」


《無論だ。アフリカエリアが保有していた戦力は、当方が100%沈黙させた》


「そっ、んでアイツの方は? アメリカだっけ」


《ヴァーチス殿ならまだ連絡はないが……まああの方のことだ、とっくに片付いてしまっているに違いない》


「……ハァ。その“殿”とか“あの方”って喋り方、堅っ苦しいからやめてくれない? は常に対等、序列はないハズでしょ」


《むっ……決して当方にはそのような意図はなかったのだが……》


「……まあいいわ。それで、次はどこに飛べばいいんだっけ? たしか極東にある小さな島国の──」



 言いながら、少女は端末が投影したホログラムのウェブページを慣れた手つきで操作していく。

 人類の叡智が培った技術にさえも、異星より舞い降りた存在たる彼女はすでに順応しきっていた。



「そうそう、ル・ジャポン! 本当こういう時にネットって便利ね、素直に感心しちゃう」


《幾多の発明を生み出した惑星……滅ぼすには惜しい、か?》


「べつにー。アタシはあんたと違って、宇宙全体の未来とかそういう無駄なコトは考えてないから。アタシが楽しければそれでいいわ」



 心底退屈そうに話していた彼女は、そこでふと何かを思い出したのか急に声を弾ませる。



「楽しいコトといえば、東にいけば“あの子”にも会えるのよねっ?」


《奴か……我々が赴けば、十中八九交戦は免れないだろう。彼方あちらの基地には対侵略者用に特化した試作機が配備されていると聞いている》


「あははっ。その情報を掴んだだけでも、デュナミールの奴は無駄死にじゃなかったってコトね」


《……なぜそこまで極東の基地に固執する? たしかに読心能力を打ち破るあの兵器は、我々にとっても注意の対象足り得るが──》


「解ってないわね。アタシがヤりあいたいのはあんな人形じゃなくて、それを操る人間アクターのほう」



 受話器から聞こえる声を遮るように、少女は悦楽に満ちたような表情で言った。



「アタシ、あの子にメロメロなの」


《……貴殿が何を考えているのか、当方には理解しかねる。そう言っていつも壊してしまうではないか》


「簡単に壊れちゃうような玩具ならいらないわ。アタシが求めるのは、本能と本能を剥き出しにした者だけが至ることのできる……“究極の絶頂エクスタシー”」



 瓦礫の山のうえにそっと立ち上がり、少女──西針のエクスシアは万感の思いを込めた表情で手を天高くへとかざす。



麻倉朔楽あさくらさくら……きっとアナタなら、アタシをへ導いてくれるわよね?」



 彼女は雲の隙間からわずかに覗けている太陽を手のひらで覆い隠し、そして歪んだ微笑みとともに握りつぶした。

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