Act.25『ドレスクロス』

『おや? 意外とはやく追いついてきましたねぇ』



 横殴りの驟雨しゅううが降り荒ぶ首都高のアスファルトを切りつけながら、真昼の暗闇を走り抜ける“東針とうしんのデュナミール”は依然として余裕ありげに後ろを見やった。


 重心を低くしたスピードスケーターさながらの姿勢で走行している化身アバタールの、さらに数百メートルほど後方。そこにはバイク形態へと変形を遂げた“スティール・ゼスサクラ”が、上に“バミューダ・ゼスライカ”を乗せた状態で道路を突き進んでいた。

 2機の追跡者チェイサーは一刻も早く距離を詰めようと、決して加速をゆるめることなく“デュナミール・アバタール”の背中へ追いすがろうとしている。そんな彼らの必死な姿を見るなり、追われている側のデュナミールは今日で何度目かのたのしげな笑みを浮かべた。



『ヌフフフ、ならばこれはどうですかッ!?』



 “デュナミール・アバタール”は滑走しながら、その場ですばやく足払いをしてみせた。

 それによって勢いよく飛び散った水飛沫みずしぶきを瞬時に冷却させ、朔楽たちの進路上にいくつもの障害物をつくりだす。



「──っ、ライカ!」


《問題ない。このまま突っ切る……!》



 そのように啖呵たんかを切った来夏はすぐさまハンドルを操作し、右へ左へとバイクを駆りながら次々に氷塊をかわしていく。

 やがて宣言通りにすべての障害物を回避してみせると、ゼスライカは勢いよくバイクのフロント部分を持ち上げた。一輪状態──いわゆるウィリー走行のまま、振り上げた前輪を“デュナミール・アバタール”の背後めがけて叩けつけようとする。



『ハッハア、そんな一直線な攻撃など通用しませんよぉ!』



 が、先手を打つべくして繰り出されたデュナミールの回し蹴りが、バイク形態のゼスサクラへと突き刺さった。

 横合いからの一撃によって大きくバランスを崩し、ゼスサクラはそのまま盛大に飛沫を上げながらスリップしてしまう。同時にシートの上にいたゼスライカも、蹴りの衝撃によって空中へと投げ出された。



『惜しかったですねぇ。ですがこれで、君達はもうワタシに追いつけなく──』


《諦め……る、もんかぁぁぁぁぁっ!!》



 自らの勝利を確信したデュナミールの嘲笑ちょうしょうは、しかし来夏のいつになく泥臭い叫びによってかき消された。

 彼の機体は空中でバランスを取るべく宙返りをしながら、防護シールドに覆われた高層ビルの壁面へと足を踏ん張ってしてみせる。そして頭頂部が横に向いたまま足底に磁石がついているかのように立ち上がると、道路の上で横転しかけていたゼスサクラへと触手を伸ばし、掴んで自分のもとへと引き寄せた。



《僕たちに決まった道なんていらない……!》


『!? ば、バカな……』


「道がねぇなら、押し通るッ!!」



 およそ信じがたい光景を目にし、デュナミールは思わず目を見開いてしまう。

 座席に再びゼスライカを乗せたバイク形態の“スティール・ゼスサクラ”は、なんと垂直に立つビルの壁を地面として走行していたのだった。


 壁から壁へと飛び移りながら尚もスピードを上げていき……そして十二分に加速をつけたところで、ハンドルを握る“バミューダ・ゼスライカ”は一気に車体を持ち上げた。かくして空中へと飛び上がったバイクはまたたく間に敵の頭上を取り、2機はそのまま前輪で踏みつけるべく急降下していく──!



「喰らいやがれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


『ちょ、流石にそれはマズ……あぶびぶべぼぶぉぁぁっ!!?』



 無茶を承知のうえで“デュナミール・アバタール”へのバイクによる体当たりを繰り出した朔楽と来夏は、激突の勢いがあまって自分たちの機体もろともアスファルトの上を激しくもつれ合うように転がっていく。

 やがて数百メートルほど進んだ地点でようやく静止すると、両機はダメージを負いながらもどうにか立ち上がってみせる。捨て身の作戦が結果として功を奏したのか、彼らの目の前には直撃を喰らった“デュナミール・アバタール”がうつぶせに倒れていた。


 ついに2人の追跡者は、逃走する敵を追い詰めることに成功したのである。



《チェックメイト……あんたの負けだよ、デュナミール……》


「言っとくが、この前みたいに逃がしてやるつもりはねぇぞ。寿子のドレスを返しやがれ……ッ」


『…………ヌ、フフフ……ヌルフハハハ……』



 2機のアーマード・ドレスが進路も退路も阻むように立ち、これでもう完全に逃げ場を失う形となっしまったデュナミール。

 ……が、それでもなお彼の壊れたような笑い声は止まることを知らなかった。もはや気味の悪ささえ感じられる常軌を逸した悦楽えつらくぶりに、朔楽は当惑しつつも怖気付おじけずくことなく詰め寄ってみせる。



「テメェ、なに笑ってやがる……?」


『ヌルフフ……君たち今、“勝ち誇った顔”をしていましたね? これまで敵わなかった相手をついに下すことのできた喜びと、敵にはもう力が残されていないだろうという安堵あんどに満ちた表情かおを……』


「コイツ、またわけわかんねぇことを……!」


《こんなヘンタイに耳を貸す必要はないよ、サクラ。はやくこいつにトドメを──》



 言いながら、来夏はゼスライカの計12本からなる触手を瀕死の敵へと差し向けようとする。

 “デュナミール・アバタール”に異変が生じたのは、まさにその瞬間であった。


 それまでも巨大な骨格フレームを構築していた黒い結晶体たちが突如として肥大化を始め、全長や横幅をまるで風船のように増幅させていく。いつしかその“カタマリ”は人型を留められなくなるほどに大きく、そしていびつな形態へと変わり果てていった。


 いかづちのようにからだをくねらせ、月明かりのように冷たく光る黒結晶のうろこで覆われたその姿は、まさしく──大蛇おろち

 纏っていた文明の象徴アウタードレスさえもかなぐり捨て、ついに異星からの侵略者は野蛮な怪物としての本性をさらけ出したのだった。



『この“東針とうしんのデュナミール”がもっとも好きなことのひとつ……ヌルフフ。それは山の頂上へようやく登りつめたと信じきっている輩に、実はさらに無限にも思える道が続いていた──という、無情な現実を突きつけてやることなのですヨ』


《……っ》


『あはっ、もしかしていま『そんな……じゃあ今までは手加減していたっていうのか……?』なんて思ったでしょう!? ええ、残念ながらその通りです! 君たちの乗る人型兵器インナーフレームと同じ姿に擬態していたのだって、地球人類の造った戦力がどれほどのものかを調査するためでしかありませんでしたからねぇー』


「調査、だと……? たったそれだけの理由で、テメェは寿子を目覚めねぇままにしたってのかよ……」


『コチラとしてもそのつもりだったんですけどねぇ。まさかサクラくんのそんなにも悔しそうな表情かおが見られる事になろうとは……いやはや、実にもうけモノでしたよー!』


「……ッ、テメェは……!!」



 一瞬にして臨界点まで燃え上がった怒りを即座に蒼炎へと変換し、“スティール・ゼスサクラ”は全長の2倍以上はある大蛇に向かって真正面から殴りかかった。

 突っ走る相方をフォローするように、来夏も“バミューダ・ゼスライカ”を敵の死角へと滑り込ませる。かくして2機のアーマード・ドレスは前と後ろ、双方からの同時攻撃が寸分違わぬタイミングで“デュナミール・アバタール”へと挟撃をしかけていった──



『もはや先の手を読むまでもありませんねぇ』



 が、拳と蹴りを一手に受けたはずの大蛇の巨体は、しかしそびえ立つ岩のように全く動じる気配がなかった。

 渾身の一撃を与えてもなおダメージが通らなかった事実に、朔楽たちは思わず動揺を晒してしまう。その間にも“デュナミール・アバタール”は長大な尻尾を存分に振るい、群がるハエをはたき落とすようにいとも容易く2機のアーマード・ドレスをなぎ払った。



「ぐわぁぁぁぁっ!!」


《くぅ……っ!?》


『ヌルフハハハ、君たちの玩具とはシンプルに性能スペックが違うのですよ! さぁ……もっと怯えたまえ、すくみたまえッ! 子猫の頭を撫でるように、ゆっくり……じっくり……ねっとりと、このワタシへと抱く絶望を飼い慣らしてやりましょうッ!』



 もはや微塵も隠すことのなくなったサディストの笑みを浮かべて、デュナミールはアスファルトの上で怯んでいる2機のアーマード・ドレスをじっと見据える。

 明らかに甚振いたぶることだけを企む大蛇の冷たい双眸まなざしは、恐怖に身体を震え上がらせるには十分すぎるほどのプレッシャーを秘めていた。


 “絶対に勝てない敵”が、自分たちの目の前にいる。

 しかしそれは決して、来夏がすべてを諦めて勝負を投げる理由にはなり得なかった。



《前に言ってたよね。僕が君を信じ続けている限り、たとえ何千回……何万回でも付き合ってくれるって》


「ライカ……?」


《僕は君を信じてる。だから君も僕を信じて》



 恥じる素振りもなく、さも当たり前のことを言うように何気なく──しかし強い意志を持って、来夏ははっきりとそう告げた。

 そんな彼の意気込みに応えるかのごとく、膝をついていた“バミューダ・ゼスライカ”がゆっくりと再び立ち上がる。そしてすぐに後ろを振り返り、尻餅をついている相方の機体へと迷わず手を差し伸べた。



《手、貸そうか?》


「……いらねぇ。一人で立てる」



 朔楽はぶっきらぼうに答えると、独りでに機体を起き上がらせた。


 “スティール・ゼスサクラ”と“バミューダ・ゼスライカ”、紅と白の好対照をなす両機が並び立った。そして邪悪そのものが形となったような物の怪を眼前に見据えながら、朔楽は右隣にいる来夏へといま一度語りかける。



「言っとくけどよォ……俺にとってお前は今でも、相棒である前にライバルだかんな。油断してるとあっという間に追い抜いちまうぜ」


《フッ……張り合っているつもりかい? なら競おうよ。どちらが先にアイツを倒せるかを》


「……その勝負、ノった!」



 刹那。それぞれの片翼を羽ばたかせた2人の機体は、弾丸が弾けたように左右二手へと散開した。

 互いが互いの囮役を買って出るように飛び回りながら、パンチや触手による連撃を交互に浴びせていく。それらの攻撃は敵にダメージを与えるばかりか──逆に尻尾のフルスイングによるカウンターを許してしまう悪手にさえなり得てしまっていたが、それでも2機の猛攻は止まらない。


 どれだけねじ伏せてもすぐに立ち上がってくる2人の果敢かかんな姿に、はじめは愉快そうだったデュナミールの表情にも、徐々に困惑の色が見えはじめていた。



『ヌゥ……おかしい、なぜ未だに心が折れない……? 絶望のあまり正気を失ったのか、あるいは勇気と無謀を履き違えているのか……?』


《べつにお前との勝負に負けるのは構わないさ……だけど僕は、サクラにだけは負けたくない……!》


「へっ、無謀上等よォ。どんなに汚くもがいたってなぁ、ケンカは最後に立っていた方が勝ちなのさ! ライカのやつに勝つためにも……まずはてめーからぶっ飛ばす!!」



『なっ……よもや君たちは、とでもいうのか!?』



 ともすれば奇行ともとれる2人の行動。それを目の当たりにしたデュナミールの口を突いて出た言葉は、しかし図らずも彼らの心理を的確に言い当てていた。

 たしかに本来の姿を現した“デュナミール・アバタール”とまともにり合おうとしていたならば、その圧倒的な力の差によって心など簡単に折れてしまっていたことだろう。


 だが『SakuRaik@サクライカ』の2人にとって“真に勝つべき相手”とは、他でもない──お互いに背中を追い続けてきた相棒パートナーという存在だった。

 それは地球侵略を目論む異星人などと比べれば、あまりにも身近で普遍的な仮想敵だろう。……そう。普遍的であるがゆえに、勝利する可能性も幾らか現実味を帯びてくる。


 彼らが戦っている相手は、もはやとっくになどではなくなっているのだった。



『そ、揃いも揃ってワタシを虚仮コケにしようなどと……あまり感心しませんねぇ、そういうのはッ!』


「『うるさい高橋!!」』



 朔楽と来夏が意図せずとも声をハモらせたふたりの心がひとつになったそのとき──突如として全天周モニターを覆い尽くした光が、彼らの視界を一瞬にして奪い去った。



【シンクロ率99.9%への到達を確認。『仲直りプロトコル』、制限解除──】


「メリーの声? ……いや、少し違う……こいつはいったい……!?」



 謎の現象とともにゼクスブレスから発せられたその声は、どうやら朔楽たちもよく知っているゼクストシステム開発主任の肉声をサンプリングした電子合成音のようだった。

 コントロールスフィア内に立体映像ホログラムとして現れたメリーは、両手をいっぱいにひろげて彼らを褒め称える。



【2人とも、まずはおめでとうと言っておくよっ。これで君たちは名実ともに“さくらい”となり……いや、“らいさく”? ……ああん、どっちも捨てがたい〜】


(このメッセージ、録音のはずだよな? なに言ってやがんだコイツ……)


【コホン。ともかくそんな君たちへ、私からとっておきのプレゼントだ! 2機のフレームを極限までパワーアップさせる、ゼクストシステムの最終フェイズ──その発動キーワードは『      』!】


《…………!》


【さあ、これで私から託せるものはすべて開示した! あとは君たちが、次代を引っ張っていく先導者とならんことを……私は、心から願ってい、るよ──】



 安らかな笑みを残して、メリーからのメッセージはそこで再生が止まった。

 それまで全天周モニターを覆っていた光がようやく収まり、視界に再び大雨の降りしきる街並みが映る。まるで白昼夢を見ていたような奇妙な心地となっていた朔楽は、おそらく同じ現象を体験していたであろう来夏と機体越しに顔を見合わせた。



「ライカ! 聞いたか、今の……!」


《うん。やろう、サクラ……!》



 決意を固めた表情で来夏が言い、朔楽も間髪入れずそれに応じる。

 2人はそれぞれの機体の中でゼクスブレスを掲げ、そして先ほどメリーより伝えられた“合言葉”を力の限り叫ぶ。



「『ドレスクロスD R E S S - X……!!」』



『なにがあったのか知りませんが……そうはさせませんよッ!』



 それまで蚊帳の外にいながらも“何か”を察知したデュナミールは、静止しているアーマード・ドレスたちに向かって素早く尻尾を振り下ろそうとする。

 しかし咄嗟の攻撃も、2機を中心として発生したバリアフィールドの出現によって拒まれてしまった。おそらくヴォイドテクスチャーの技術を用いて造られたであろう地球人類の最先端技術であるドーム状の盾に守られながら──向かい合ったゼクストフレーム両機はシステムの導きによって、まるで相反する磁極をもった磁石のように引き寄せられていく。



IN SIDEインサイド! OUT SIDEアウトサイド!》


            《2つのチカラが……》


   《一切合切いっさいがっさい!》


        《今、ひとつになる!》


ARE YOU READYアーユーレディ!?》《BREAK SHOWDOWNブレイクショーダウン!》


  《 《さらなるたかみへ──ゼクステージ- X E X T A G E -!!》 》



 やがて極彩色のベールが風とともに立ち退いたとき、そこにはが雨のシャワーを浴びながらも立ち尽くしていた。

 無機物バイク有機物海洋生物──2種類の装甲アーマーが歪な形をしたブロック同士のように絶妙なバランスで複雑に噛み合い、誰も見たことのないまったく新しい姿形へと生まれ変わった衣装ドレス。そしてそれを全身にまとうフレーム部分もまた、マネキンのような細身だったのが全長30メートルはあるであろうマッシヴな体型へと変化を遂げていたのだった。



「これが、メリーの言っていた……新しい力……」


「……ドレスクロス……」


「……ん?」



 決してスピーカーから発せられてるものではなく。しかし明らかに肉声と思われる相方の声が、どういうわけかすぐ隣から聞こえてきた。

 朔楽は咄嗟にそちらへと目を向けようとし──そこで左手首のゼクスブレスにセットされている“スティール・バイク”の力を内包したヴォビンから、一筋の赤い線が伸びていることに気付く。



「なんだこりゃ……ハッ」



 思わず軌跡を目で追っていくと……その“糸”は途中で色違いの青い線と、まるでロープのように螺旋を描いて結び付いているのだった。

 まるで上糸と下糸のごとく交互に絡み合っているそれは、どうやらこの場にあるもう1つのゼクスブレスから伸びているようである。その持ち主が誰であるかなど、もはや顔を見るでもなく明白だった。



「あン……? おいライカ、てめーいつの間に俺のゼスサクラに乗りこんでやがった」


「それはこっちのセリフなんだけど……狭いし、はやく僕のゼスライカから降りてくれないかな」


「…………えっ」


「……まさか……」



 それまで別々のコントロールスフィアにいたはずの2人は、気がつくと同じ空間に閉じ込められていた。慣性制御装置の影響により無重力となっている鉄の子宮の中で、双子のように肩を寄せ合いながらお互いの顔を見合わせる。



「……もしかして」


「俺たちの機体……」


「「しちゃった……!!?」」



 これまでメリーが意図的に存在を隠し続けてきた、人類最後の切り札──その名も“サクライカ・ゼクステージ”。

 2つの装甲ドレスと2つの骨格フレーム……そしてふたりの心が一体となった究極の巨人が、今ここに降臨した。

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