Act.22『ヒーローが消える日』

「やあ、朔楽くん。おっはー!」



 朔楽の乗ったエレベーターがタワーの展望台に到着するや否や、ちょうど扉を出てすぐのところにいた風凪奏多に声をかけられた。

 時刻は午後2時55分ごろ。待ち合わせ時間の5分前である。



「古っ……てかもう『こんにちは』の時間だぜ、奏多」


「あはは、それもそうだね」


「にしてもどうなってんだ? 日曜の昼過ぎとか、普通ならイチバン混んでる時間帯じゃあねーのか……?」


「やっぱり朔楽くんもそう思うかい? なにか様子が変だよね」



 顔を見合わせた2人は、念のためもう一度辺りを見回してみる。

 少し離れたところに『トリニティ・スマイル』の三人娘がいるのは確認できたものの、アクター関係者ではない一般客がこの展望台にはなんと1人もいないのであった。そんな観光スポットとしても明らかに異様と言える光景を朔楽たちが訝しげに眺めていると、横から呑気そうな甘ったるい声が舞い込んでくる。



「ふっふふーん。今日は展望台ココ、貸し切りだよーん」



 案の定、こちらへ歩いてきたその人物はメリーケン=サッカーサーだった。



「料金はざっと1人1億円ってところかな」


「いちおっ……!?」


「うそうそ、冗談だよっ! 会計ならちゃんと私のポケットマネーで済ませておいたから安心してくれたまえー」


(……えっと、それも冗談だよな?)



 あいかわらず発言のうち何割が本気なのかわからないメリーだったが、こと今日に限ってはいつも以上に何かを企てているような気配を感じさせた。

 やがて待ち合わせの予定時刻だった午後3時を迎えると、メリーはこの展望台にいるメンバーたちに改めて集合をかける。



「ハルカさんに奏多くん、ヒトエっちにフタバちゃんにミツキ姉さん、そして朔楽くん……っと。うむむ、来夏くんはやっぱり来てないかぁ」


「えっうそ、今日ライカきゅん来てないんですか?」



 相方サクラよりも先になぜかミツキが反応した。

 それについてメリーは困ったように説明をする。



「来てないというか、数日前からどうも連絡が付かないんだよねぇ。ゼクスブレスの位置情報を見た限りだと、いちおう自宅にはいるらしいんだけども」


「そんなぁー。せっかく目の保養ができると思ったのにぃ……」


「……ミツキあんた、何しにココ来たのよ……?」



 冷静にフタバがツッコミを入れると、それで何かを思い出したようにヒトエがハッと口を開いた。



「そうだった、ここに集められた理由をまだ教えてもらってないよっ!」


「自分もそろそろ教えて欲しいかな、メリーさん。君のことだ、たとえ拠点ネストを留守にしてでも此処ここへアクターたちを呼び寄せる理由があったんだろう?」



 奏多がそのように訊ねると、他のアクターたちも同じようにメリーの顔を見やった。

 かくして全員から次の言葉をじっと待たれる中、ようやくメリーは勿体ぶるのをやめて本題へと入っていく。



「はてさて……諸君らをここへ集めたのは他でもない、マスコミご法度の重大発表があるからさ」


「なんだよそりゃ?」


「ふふっ、百聞は一見にしかずだろう。まずはこれを見てくれたまえ!」



 言いながらメリーが指を鳴らした、その刹那であった。

 不意に地面から突き上げる衝撃が押し寄せてきたかと思えば、今度は天井から複数の大型機械が蠢いているような駆動音のコーラスが聞こえ始める。

 タワーで何かが起こっているということは、この時点で既に疑いようのないものとなっていた。



「! 窓の外をみて!」



 何やら興奮気味にヒトエが声を発していたため、思わず朔楽もそちらに目を向ける。

 先ほどまで何もなかったはずの窓の向こう側には、いつの間にかリング状の巨大な構造体が出現していた。土星のを彷彿とさせるそれは、樹木のようにそびえ立つタワーを中心に回転しているようにも見える。



「あれは……」


「別にいきなり出てきたわけじゃないよ、あれはだ。ヴォイドテクスチャーの技術を応用した、ちょっとした迷彩ステルスシステムってやつだね」



 思わず呆気にとられていた奏多に対し、メリーはどこか誇らしげに応えた。

 その説明を捕捉するかのように、あのリングの正体を初めから知っていたらしいハルカが続ける。



「5年前に東京の新たな電波塔として建てられたこの“ベツレヘムツリー”にはね、実は公にされていない真の造られた目的があったのよ」


「ハルカさん。やはりアナタも知っていたみたいですね……」


「まあ、私もこの計画プロジェクトには初期の頃から関わっていたもの。これでもアナタにずっと黙っておくの、結構タイヘンだったんだからね?」



 そう言ってハルカは奏多にウインクをしつつも、再び説明役をメリーへと引き渡す。



「でも、ドッキリのネタバラシを我慢するのも今日まで。そうでしょう、メリーさん?」


「そうだね、今日という日をどれだけ心待ちにしていたことか。ボク……いや、私も実に嬉しいよ」



 普段からどこか掴み所のないミステリアスな人物であるメリーだが、その時に垣間見せた安堵の微笑みだけは、着飾っていない心からの笑顔だったように朔楽には思えた。



「これから私が話す内容は、アウタードレスという脅威に脅かされ続けているこの星に、本当の笑顔を取り戻すための計画だ」


「計画……?」


「ああ、そうとも。そして聞いて驚くといい。


 我々アクターズ・ネストはついに、アウタードレスが出現する原因……すなわち“ヴォイド”の活動を抑制するワクチンの開発に成功したのさ!」



 全員が見守る中で、メリーは誇らしげに告げた。

 数瞬ほど置いて──徐々にその言葉の意味を理解し始めたアクターたちは、驚きや戸惑いを口々にする。



「えっ、ヒトエよくわかんない。どーゆうこと?」


「ヴォイドっていうのは有り体に言えば、人のストレスや心の闇に寄生してアウタードレスを生み出す病原菌ウイルスみたいなものよ。だから私たちがどれだけ頑張ってドレスを倒しても、根本的な発生源を断つことは実質不可能とさえ言われていたのだけれど……」


「! でもそのワクチンを使えば、本当にアウタードレスを出てこないようにできるってコト!? なにそれスゴい大発明じゃんっ!」


「そんなものをいつの間に……まあうん、メリーさんが秘密主義なのは前から知っていたけどね」

 


 呆れたような視線をフタバから向けられたメリーは、まんざらでもなさそうに苦笑をこぼしてから解説を続ける。



「まああくまでも根絶ではなく抑制だから、必ずしも出現数をゼロにできるわけではないと予防線は張っておくよ。それでもシミュレータの計算では、ドレスの自然発生を限りなく完全になくすことができるという結果が出ているけどね」


「ワクチンが出来たのはわかったけどよぉ、それとこのタワーにいったい何の関係があるんだよ?」


「いい質問だね、朔楽くん。要はインフルエンザの予防接種と同じ理屈だよ。人体に悪影響がないレベルにまで毒性を低めたヴォイドを、この塔から広範囲に向けて散布し、人々に免疫をつけさせるのが目的さ」


「まさか、あのデカい輪っかって……」


「ふふふん、ご名答♪ キミの推測している通り、あのリング状の構造体パーツこそが散布装置さ」



 それを聞いてどうやら何かに気付いた様子の朔楽に、メリーは気前よく頷いてみせた。



「『対精神侵食汚染抗体拡散機アンチ・ヴォイド・ワクチン・ディフューザー』──それがこのベツレヘムツリーのもう一つの名前にして、本来の役割だったのさ。もちろん世間一般には知られていない、トップシークレットの情報だけどね」


「ってことは……5年前にこのタワーが建ったときにはもう、裏ではとっくにその『計画』とやらも進められてたってワケかよ」


「早い話がそういうことさ! ……とはいえこの計画も、君たちアクターにとっては必ずしも都合の良いことばかりではないかもしれない。それは先に謝らせて欲しい」



 メリーは申しなさげに告げると、目の前のアクターたちに向かって深々と頭を下げはじめた。

 その行動の意味することがヒトエにはよくわからなかったらしく、彼女はとても不思議そうに首を傾げる。



「え、なんでなんで? どーして謝るの? アウタードレスが出なくなるんだったら、むしろイイコト尽くめじゃない?」


「逆よヒトエ、のよ。私たち、アクターにはね……」



 自分たちが今まさに直面している状況を、フタバはヒトエにもわかるよう簡潔に説明した。

 本来なら血生臭く泥臭くあるはずの戦いに彩りを与えるXESゼス-ACTORアクターにとって、いわば戦場はアイドルが歌い踊るためのステージと同義である。それがなくなるということは、必然的に『ライブ・ストリーム・バトル』も行えなくなるということだ。


 この地球から悲しみとともに、人々の心を支えてきた英雄ヒーローもいなくなる。

 メリーが語り、遂行しようとしている『計画』とは、そんな二面性を孕んだものでもあったのだ。



「たしかに『LSB』も魅力的なエンターテイメントだとは思うよ。何を隠そう私だって、キミたちの大ファンでもあるんだからね」



 あくまで『ライブ・ストリーム・バトル』がこれまでに齎してくれた功績は認めつつも、その上でメリーは自分の意思をはっきりと示す。



「……でも、もしも戦わずに済む手段があるのなら、私は迷わずそっちを選びたい。多分それが、一番イイはずなんだ」


「メリーさん……」


「もちろん、これは私個人の意見でしかないから強制はしないよ。本当に戦いを終わらせるのかどうかの判断は、君たちアクターに決めて欲しい」



 戦いを『続ける』のか、『終わらせる』のか。

 実にわかりやすい──それでいて難題な二択を突きつけた上で、メリーはその選択権をこの場にいるアクターたちへと委ねた。



「……自分は」



 しばらくは全員が閉口していたが、その沈黙を最初に破ったのは風凪奏多だった。



「演じるコトくらいしか取り柄がない自分にとって、正直アクターは天職だとさえ思っている。なにせ自分の演技で救える人々がいたんだ、嬉しくないはずがなかったよ」


「…………」


「だけど──いいや、だからこそ。今ここで自分が優先すべきなのは、自己の利益よりも“愛と平和”なんだろう……と思う。自分は、これまで演じてきた自分キャラたちに、嘘をつきたくはないから……!」



 照れ臭いほどのセリフとともに、奏多は自らの想いをありのまま伝える。

 その口調はやや芝居がかってこそいたものの、しかし演技ではあっても決して嘘ではない。奏多は自身の偽らざる本心を、彼なりの表現で言葉にしていた。



「ハハ、風凪さんは相変わらずマジメだなぁ……」



 次に発言したのは、フタバを始めとする『トリニティ・スマイル』のメンバーたちだった。



「あたしはもっと“なんとなく”な理由だけど、やっぱり戦いがずっと終わらないのはイヤかなって」


「うんうん、わたしもそう思う! わたしたちがこうして戦ってるのだって、いつかみんなが幸せになって欲しいからだもん!」


「ふふっ、まさかこんなにあっさり夢が叶うなんて思わなかったけどね。嬉しい誤算ってやつかしら♪」



 フタバに次いでヒトエとミツキも、戦いを終わらせる選択に賛同の意を表した。

 メリーはそんな彼女たちの決断に感謝しつつも、残った最後のひとりへと改めて問いかける。



「朔楽くん、君は?」


「……どうだかな。ぶっちゃけ俺には地球だとか平和だなんてスケールのデカい話はわからねぇし、はっきり言って興味もねぇ。そもそも、別にあんたら組織へ忠誠を誓ってるわけでもないしな」



 『……けどよ』と、朔楽はぎゅっと握った自分の拳を見据えながら言う。



「そんな俺にも、これ以上もう大切な人を悲しませたくねぇって気持ちだけはわかるぜ……あんたの企んでいる“野望”なら、それも叶えられるんだろ?」


「可能だとも。ただし、そのためには君たちの協力がいるけどね」



 メリーが間髪入れずに即答した。

 まさしくその返答を聞きたかった朔楽は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。



「ハッ、いいぜ。その話、乗ってやるよ」


「朔楽くん……!」


「もともと今日だって、最初からあんたの手伝いをしに来たって名目だったしな。首を縦に振るくれぇなら安いもんだ」


「ありがとう、本当に……それに皆んなも。これで残る問題はあと──」



 (この場にいない来夏を除いて)アクターズ・ネスト横浜支部に所属するアクターたち全員を味方に付けることができたメリーは、最後にして最難の課題について思案を巡らせる。

 むしろ『計画』を完遂させるための筋書きシナリオは、ここからが佳境クライマックスだといっても過言ではないだろう。世の中には平和の実現よりも、利潤や収益を優先させる人種がいるということを、メリーはよく知っていた。



「一度ならず二度までも……よくも私を出し抜こうとしてくれたな、アクターズ・ネストども!」


(やれやれ、向こうから来てくれたか)



 不意に飛び込んできた中年男性の怒声に、メリーやアクターたちはすかさず展望台の入り口のほうへと目を向ける。

 鬼のような形相でこちらへ詰め寄ってくるのは、大手芸能プロダクションの代表を務める冬馬創一、の人であった。彼の後ろには黒スーツを着たボディーガードも十数名おり、対話をする前から既に自分の意思を押し通そうとする気概が見てとれる。



「これはこれは冬馬社長、こんな所で会うとは奇遇ですねぇ。もっとも今日ココは私たちが貸し切っているハズなんですが……」


「フン、道化ピエロ風情がしらばっくれるなよ。貴様らの企てを私が掴んでいないとでも思ったか」


(あちゃー、やっぱりバレてたかぁ……)



 メリーも予想していたこととはいえ、どうやら秘密裏に進めていたはずの『計画』は創一の耳にも入ってしまっていたらしい。

 果たしてそれは機密情報の傍受によるものか、あるいは内通者によるものなのか──いずれにせよメリーには、ここまで来て歩を止める気など更々なかった。



「我々の開発したワクチンを散布すれば、アウタードレスの被害は大幅に激減させることができるでしょう。……それを聞いても、あなた達は私を止めようとしますか?」


「愚問だな、むしろ是が非でも貴様らを止めなければならなくなったぞ。『ライブ・ストリーム・バトル』は来夏を世に羽ばたかせる最大のビジネスチャンスなのだ……のために邪魔はさせん」



「ホントに来夏がそう言ってたのかよ……」



 いがみ合いながらも舌戦を交わすメリーと創一の間に、そのとき朔楽が横から口を挟んだ。

 彼を元から嫌っている様子だった創一は、当然キツく睨み返す。



「何……?」


「あいつが本当にそれを望んでいたのかって聞いてんだ! あんたも人の親なら、子どもの意思を勝手に決めつけてんじゃねぇ……!」


「くだらんな、私は誰よりも来夏の幸福を願っている。より優れたトップモデルとして世に送り出していくことこそ、彼奴あやつにとって何よりの幸福なのだ!」



 まるで何かに取り憑かれているかのように、創一はそう断言して譲ろうとはしなかった。

 あくまでも息子に“商品”以上の価値を見出そうとしない彼をみて、朔楽は確信を得る。



「……やっぱり、あんたが本当の親じゃねえってのはマジだったんだな」


「! 貴様、何故それを……!?」



 ボソリと呟いた朔楽の声にさえ、創一は過剰に驚いてみせる。その反応からみても、どうやら事実であることは間違いないようだった。

 徐々に化けの皮が剥がれつつある目の前の男へと、朔楽はさらに詰問を連ねていく。



「それにこのタワーの情報も掴んでたってんならよォ、来夏がここに来ないのはあんたが原因じゃあねーだろうなァ……?」


「……っ!」



 半分はブラフのつもりで言い放ったセリフだったが……一瞬だけ動揺に目を見開いた創一の反応を見る限り、あながち的外れな憶測でもなかったらしい。

 かねてよりアクターズ・ネストとスターサファイア・プロダクションの両組織は、(利害の一致から協力関係こそ結んでいたものの)決して志を共にするような関係ではなかった。ゆえに『戦いビジネスを終わらせてしまう』ことに反対意見を持つ創一は、アクターである息子をここへ寄越よこさないことでボイコットを図ったつもりなのだ。

 おそらく来夏はいま、自宅で謹慎状態にあると見ていいだろう。



「あいつに何かあったらタダじゃ置かねェ」


「……フン、口の減らないカスどもが。まあいい、どのみち貴様らはここから動けないのだからな。散布装置リングが破壊される様を、せいぜい特等席から指を咥えて眺めていればよいわ……!」



 凄んでみせる朔楽の眼光を跳ね除けつつも、創一はゆっくりと片手を上げた。

 その動作が合図となり、列を成した黒スーツのボディーガードたちが一歩前へと出る。



「ヤツらを拘束せよ」



 創一が短く告げた──次の瞬間、アクターたちは信じ難い光景を目にする。


 なんとボディーガードたちの顔や手を覆っていた皮膚が、ビリビリと音を立てて破れ始めたのだ。するとすぐに肌色の裂け目から、銀色の輝きを放つ鋼鉄が露わとなっていく。

 まるで昆虫がさなぎを突き破って成体となるように──黒服のボディーガードたちはへと変貌を遂げてしまった。



「軍用に改良されたインナーフレーム!? どうしてそんなものを……!」


「あまり金持ちをナメないほうが良いということだ! さあ、やってしま──」



 創一が勢いよく手を下げた、その刹那。

 彼が号令を言い終えるよりも前に、ボディーガードのうちの一体が勢いよく背後へと



「──え?」


退けよ。俺が歩く道だぜ」



 進路を妨げる鋼鉄のボディーガードたちをかわしながら、朔楽は非常階段のあるドアへと全速力で駆けていく。

 行く先は決まっていた。ここにいないあの少年と、直接まみえなければならない──そんな使命感ともつかない感情に突き動かされての行動だった。



「表に自分のバイクが停めてある! それを使って!」


「! ありがてぇ……!」



 奏多から投げ渡されたバイクのキーをキャッチした朔楽は、前へと進む足をさらに速めた。

 そのままジャンプしてエレベーターの中へと飛び込み、すぐに下降ボタンを押し込む。あとを追ってきたボディーガードが殴りつけたのか、ドアは閉じた直後に数箇所が凹んでしまったものの、やがて朔楽だけを乗せた昇降機は問題なく動き出してくれた。



《君からすれば咄嗟の行動だったかもしれないが、結果的にファインプレーだったと言っておくよ! おかげで指示する手間も省けたからね》



 ゼクスブレスがメリーからの通信を発し始めたため、朔楽もそちらに耳を傾ける。



《さて、朔楽くん。さっそく次の指示だけど、まずはこのまま来夏くんの安全を確保して欲しい。彼の安否がなによりも気がかりだが……それに私の読みが正しければ、またすぐにゼクストフレームが必要になるかもしれない》


「ゼクストフレームが……?」



 言い換えるならばそれは、『すぐに“アンノウンフレーム”が高確率で現れるだろう』と予期しているようなものである。

 予言めいた指示に朔楽が思わず聞き返すと、直後にメリーは驚くべき台詞を告げた。



《これまでの“アンノウンフレーム”の行動から逆算した推測だけど……ヤツと冬馬創一は、裏で手を組んでいる可能性が高い》


「! ……マジかよ」


《もし彼らの目的が『戦いを終わらせないこと』だとしたら、ヤツは間違いなくこのタワーを破壊しに現れるだろうね。


 そうなれば来夏くんの力も必要になってくる……だからどうか、あの子を父親の呪縛から解き放って来てくれ!》



 回線の向こうでメリーが痛烈に叫んだ直後、耳障りなノイズ音とともに通信もそこで途切れた。

 もしかしたら創一のボディーガードに何かされたのかもしれない。ともかく時間的な猶予もあまりないという事だけは確かだった。



(メリーのやつ、無茶を通して道理も蹴っ飛ばしてでも『計画』を強行しようってか……たしかにテロだな、こりゃあ)



 思わず呆れた笑いがこぼれ出てしまうが、それでも小馬鹿にする気持ちは微塵も湧かなかった。

 少なくともメリーには勝算があったように見える。ならばこちらも、ただ自分のやりたいように力を貸すだけのことだ。



「待ってろ、ライカ。てめぇとはまだ、話さなきゃいけないコトがたくさんあるんだからよ……」



 ──だから、無事でいてくれ。


 急降下していくエレベーターの中で、覚悟を決めた朔楽はそっと顔を上げる。

 展望窓の向こうに広がる空は、まるで今の混沌とした状況を表しているかのように、暗く黒い曇天がどこまでも続いていた。

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