Act.20『ペアリング・コール・ワンモア!』

 アクターズ・ネスト関東支部 作戦司令室


麻倉あさくら朔楽さくらめ……ずいぶんと勝手な真似を……!」



 正面の巨大モニターに映っている“スティール・ゼスサクラ”と“バミューダ・ゼスライカ”の並び立つ姿を見やりながら、スターサファイア・プロダクション代表の冬馬創一は忌々いまいましげに吐き捨てた。

 元『SakuRaik@サクライカ』の2人が共闘にもつれ込もうとしているこの状況は、どうやら彼にとっては不服な展開らしい。苛立いらだちに駆られた創一はまたアクターたちへの指示用のマイクに向かおうとするも、その途中でハルカに肩を掴まれて止められた。



「お待ちください、冬馬社長」


「なんだ司令長。君まで私に意見をするつもりかね?」


「……お言葉ですが、戦場ここでは現場の判断が最優先とされておりますわ。そして司令長である私から見ても、この状況は彼らに任せるのが最良であると判断できるでしょう」


「しかし……」


「我々アクターズ・ネストの理念は、常に人々の平和と笑顔を守ることを第一としています。……それともまさか社長は、市民の命よりも大切なことがあると本気でおっしゃるつもりですか?」



 そうたずねるハルカは表情こそ穏やかなものだったが、その語気はナイフを忍ばせているかのように鋭い冷気を帯びていた。

 有無を言わせない彼の凄みにすっかり気圧されてしまった創一は、バラバラに砕けた自尊心を必死にかき集めながら身をひるがえす。



「ふ、不愉快だ! 私は退席させてもらう……!」



 もっともらしい捨てセリフを吐き捨てた創一は、ズカズカと気品さの欠片かけらもない足取りでそのまま出口へと向かっていってしまった。


 怒鳴どなり散らしていた大人がいなくなり、いくらか平静を取り戻した作戦司令室。オペレーターたちの中には先ほどの光景を思い出し笑いしてしまう者もいたが、まだ作戦中ということもあるためハルカは気持ちを引き締めるようにうながす。



「さあ、今度こそいままでの雪辱を晴らす時よ! というわけでメリーさん、さっそくゼクストシステム発動のナビゲートを頼めるかしら」


「おっけーい、任されたっ!」



 ハルカから手渡されたインカムを装着すると、メリーはすぐに戦場にいる2人へと指示を飛ばし始めるのだった。





《朔楽くん、来夏くん! すでに何回か聞かされているとは思うけど……“アンノウン・フレーム”の思考を読む能力の先へ行くには、君たちの乗っているゼクスト・フレーム2機を同調シンクロさせるほかに手段はない。


 二人とも、準備はいいかい?》



 モニターに映るメリーは自分たちを試すように訊ねてきたが、その問いに対する答えなどもはや口にするまでもなかった。

 1秒たりとも悩むことなく、ゼスサクラに乗っている朔楽は首を縦に振るう。彼から見て右隣にいるゼスライカの搭乗者アクターこと、来夏も同様の反応を示していた。



《結構! ではさっそく両機には送受信可能圏ゾーニングをそのまま維持してもらいつつ、速やかにペアリングシーケンスを開始して欲しい。実戦ではこれが2度目になるけど、今の君たちならきっと成功させられると信じているよ!》


「だ、そうだ。いけると思うか?」


《そんなの、やってみなくちゃわからない》


「へっ、それもそうだな……! よっしゃあ、行くぜライカ!」



 メリーからの熱い応援エールを受け取った朔楽と来夏は、まずそれぞれの乗機を左右別の方向へと飛び立たせた。

 数百メートルほど移動して十分な加速をつけたところで機体をU字に反転ターンさせ、今度は互いの距離を詰めるように急接近させる。そして水中を龍のように駆ける2機が背中合わせに交差したその瞬間、2人は交互に決められた“合言葉”をコールした。



「ペアリング・コール!!」


《“SakuRaik@サクライカ”……!》



 来夏の声がスピーカーや鼓膜こまくを通じて脳へと到達した──その刹那、思考が一気にクリアとなっていくような感覚に朔楽は支配された。

 おそらくは『ゼクスト・システム』が正常に作動したためだろう、と朔楽はこの高揚感こうようかんの意味を瞬時に理解する。

 頭の中が次代にわたっていくのを実感し、それは朔楽に確かな勝利への確信を抱かせてくれた。


 だが直後、慌てたようなメリーの声が飛んできたことで順調かに思えていた事態は一転する。



《……っ! ダメだ、障害ノイズが発生した! すぐにペアリングの中止を……!》



 ペアリングは5秒間も持続することなく、システム側が自動的に緊急解除セーフティプログラムを発動させたことによって意識は肉体へと引き戻された。

 また『ゼクスト・システム』をわずかでも発動させた反動か、持久走を走りきった直後のような重苦しい徒労感が2人に襲いかかる。


 かくして2度目のペアリングも失敗に終わった。あまりにもかんばしくない結果に、朔楽はつい不満を吐き捨てる。



「くそっ、なんでだよ……どうして上手くいかねぇ……!?」


《……僕の、せいだ……》



 今にも罪悪感に押しつぶされてしまいそうな弱々しい声音で、来夏がそのように告白した。

 彼が自分をめる理由がわからなかった朔楽はすぐに聞き返す。



「どういうことだよ?」


《きっと僕の心の奥にある恐怖心が、君を拒絶してしまっているんだ……だからペアリングも成功しない……》



 言うなればそれは、男性恐怖症をわずらっている来夏の無意識的な反射行動だった。

 決して彼が手を抜いているわけでもなければ、ミスをしたわけでもない。それでも来夏は、やりようのない苛立ちの矛先を自分へと向けてしまう。



《ああっ、なんだよもう……こんなんじゃ僕、ひどい足手まといじゃないか……》


「ライカ……」


《僕だって君と前に進みたい、それは本心だ。だけど心でそう思っていても、肉体が僕に従ってくれない……心と身体が違うんだ……》



 以前から来夏は何をするにも要領よくこなすため、『SakuRaik@サクライカ』現役時代のレッスンでも朔楽と比べてミスをする回数が少なかった。

 しかし反面、たった一度のなんでもない失敗をいつまでも引きずってしまう傾向がある。彼のそういう部分は昔から変わっていない様子だった。


 そんな来夏のたまれない姿を見て朔楽は、彼よりもいくらかな者として彼を引っ張っていくことに決める。



「おい、もう一度やるぞ」


《えっ……?》


「一回失敗したからなんだってんだ、要は最後に成功させてりゃいいだけの話だろ? そんなに難しい話でもねぇはずだ」


《……でも、これ以上足を引っ張りたくない……》


「気にすんな」



 待ち合わせに遅刻してきた友人を笑って許すような気軽さで、朔楽は相棒を欠点ごと受け容れる。



「何百回でも何千回でも、何万回だって付き合ってやる。……お前が、俺を信じ続けてくれている限りはな」


《さくら……》



 思わず目をうるませてしまう来夏だったが、今は泣いている場合ではないと涙を強い意志で引っ込める。

 そして気持ちを切り替えるべく頭を左右に振ったあと、顔を上げた彼はまっすぐなんだ瞳で前方を見据みすえた。



《……わかった。君が諦めないのなら、僕も形振なりふり構っていられない……!》


「ライカ……!」


《いいね、その意気だよ2人ともっ! こちらも全力でバックアップしていくから、君たちは思う存分ペアリングっちゃってくれたまえー!》



 メリーの激励を背に受けて、ゼスサクラとゼスライカの双眸ツインアイに再び火が灯る。

 まるで身体を空へ飛ばすほどの強い追風が吹いているようだった。そんな万能感にも似た衝動に身をゆだね、2人は同時に機体を急発進させる。



「いくぜ、ペアリング・コール!!」


《“SakuRaik@サクライカ”!》



 2機が高速で交差する瞬間、朔楽と来夏は先ほどよりも力強い声音でシステムコールを叫ぶ。

 が、またしても『ゼクスト・システム』の完全発動には至らなかった。安全装置による緊急解除プログラムの作動と同時に、すさまじい反動が体の内側から押し寄せてくる。


 それでも朔楽は諦めようとせず、苦悶に顔を歪めながらも絞り出すように声をあげた。



「くっ……もう一回ワンモア! ペアリング・コール!!」


《“SakuRaik@サクライカ”……ッ!》



 失敗。失敗。いで、失敗。

 雲をも掴む覚悟で伸ばした手は、少なくとも指先には触れている手応えがあったが、しかしあと一歩というところで届かない。



「ゼェ……ハァ……もう一回ワンモア! ペアリング・コール……ッ!!」


《サク……ライ、カ……!》



 加えて、立て続けに反動を受けたことが尾を引き、すでに朔楽と来夏の体力も限界を迎えていた。

 それでも彼らは諦めず、何度でも“その先”へと手を伸ばし続ける。ここまできたら何が何でも、体より先に心が折れてやるつもりはなかった。



《……っ、敵が動いた! 2人とも、逃げてぇ!》



 メリーが悲痛に叫んだ刹那──それまで遠くから観察するようにじっと沈黙を保っていた“アンノウン・フレーム”が、『時間切れタイムオーバーだ』とでも言わんばかりに急接近してきた。

 もしもペアリングシーケンス中に攻撃をされてしまえば、『ゼクスト・システム』を発動させるまでもなくこちらは全滅させられてしまうだろう。人類の切り札でもあるゼクストフレームの撤退を促したメリーの判断は、戦略的な観点から見ても冷静なものであった。



「『逃げろ』だとよ。どうする、相棒?」


《いいから君はコールを続けて。時間が惜しい》


「そういうと思ったぜ……なら、もう一度ぉッ!」



 2人はゼスサクラとゼスライカを後退させるどころか、逆に敵が向かってくる方向へと前進させた。

 水流の螺旋らせんを描くようにしてなおも加速しながら、互いに背中を合わせ、そして力の限り叫ぶ。



「ペアリング・コォォォォォォォォル!!」


《サクライカぁぁぁぁぁっ!!》



 “アンノウン・フレーム”も2機の“ゼクスト・フレーム”も、双方ともに減速することなく互いが互いに機体を突っ込ませていく。

 まさに水中で繰り広げられるチキンレース。相手よりも先にハンドルを切るような『臆病者』はこの場にはなく、かくして両者は正面から吸い寄せられるように激突する──



「『うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」』



 純粋なパワーとパワーのぶつかり合い。その勝負を制したのは、なんと朔楽たちの方だった。

 闘牛のごとき突進で“アンノウン・フレーム”を押し弾き、その勢いのまま2機は上方へと舞い上がっていく。


 『ゼクスト・システム』はこのとき、遂に完全なる発動を果たしていた。



「なんだ、この感覚……まるで羽根が生えたみてぇに体が軽いぜ……」


《というか、実際に生えてるみたい》


「ン? ……うおおっ!?」



 全天周モニター越しにうしろを振り返った朔楽は、いつの間にか背中から見慣れないパーツが表れていたことに気付く。

 装甲の隙間に覗けるフレーム部分から迫り出しているそれは、L字型をした左右非対称の推進機関のようだった。噴射口からは大量のヴォイドエネルギーを放出しており、“スティール・ゼスサクラ”は左側に蒼い片翼を、“バミューダ・ゼスライカ”は右側に紅い片翼をそれぞれ形成している。



「なんか、俺らのイメージカラー的にふつう逆じゃね……?」


《それはシステムが正常に作動している証拠さ! 君たちの精神は今、ゾーン内でコーヒーとミルクのように溶け合っているんだからね》



 ようやく2人がペアリングを成功させたことがよほど嬉しかったのか、回線の向こう側にいるメリーは楽しげに解説を入れてきた。



「俺たちコーヒー牛乳になっちまったのか!?」


《うーん、もう少しだけ具体的に説明したほうがよさそうだね。ゼクストシステム発動中は特殊な通信手段を用いることで、互いの情報をミリ1秒ものタイムラグなしで送受信することが可能となるんだ》


《じゃあ、さっきからさくらの声が頭に直接聞こえてくる理由も……?》


《そして光よりも速くなった2人の心の結びつきは、たとえ“アンノウン・フレーム”の読心能力だろうと追いつけやしない──君たちの絆はその一歩先を征く!!》



 対アーマード・ドレス戦において絶対的なアドバンテージを誇っていた“アンノウン・フレーム”の心を読む能力も、もはや恐るるに足らないだろうとメリーは説いてみせる。

 その言葉を裏付けるかのように、朔楽は来夏との間に計り知れない一体感を感じていた。来夏の見ているものが、今ならばはっきりとえる。



「俺がフォワードでお前もフォワード、その作戦で行くぞ!」


《好き勝手に暴れろってことでしょソレ……!》



 短く指示を交わした直後、2機のゼクストフレームは一斉に前へとおどり出た。

 まず“バミューダ・ゼスライカ”が『深淵ゲート』のドレススキルを発動させ、物理的な距離を無視した瞬間移動テレポートによって一気に相手の懐へと潜り込む。奇襲に対し“アンノウン・フレーム”はすかさず応戦するべく、両手のメスを担ぐように大きく振り上げようとした。



「バーカ! 本命はこっちだ!」



 嘲るような朔楽の笑い声とともに──“アンノウン・フレーム”の死角から、先ほどゼスライカが出てきたものとは“出口”が出現した。

 異次元へと続くトンネルから飛び出した“スティール・ゼスサクラ”は、あたかも自分自身が砲弾になったかのようなスピードで敵へと飛びかかる。そして大きく振りかぶった彼の右拳は、振り向いた“アンノウン・フレーム”の顔面を見事に殴り抜いてみせた。



《今の反応を見るに、やはり敵は君たちの手を完璧には読み切れていなかったみたいだねぇ》



 スピーカーから聞こえてくるメリーの通信に耳を傾けつつも、朔楽はさらなる追い討ちをかけるべく吹っ飛ばされた敵へと機体を向かわせる。

 メリーは続けた。



《そしてもう一つわかったことがあるので報告するよ! 朔楽くんの“スティール・バイク”には、どうやら殴った相手のヴォイドエネルギーを自分の力に変換する能力が備わっているようだ》


「俺のドレスに、そんな能力が……?」


《敵を殴れば殴るほどに力を奪い、どこまでも加速していく暴走車──うん、決めた! そのドレススキルは、『奪取ダッシュ』とでも呼ぼうじゃないか!》


「“奪取”して“Dash”ってか……へへっ、気に入ったぜ!」



 拳で相手を傷つけることでともなう痛み。それすらも自らの炎に変えて、“スティール・ゼスサクラ”は蒼い翼を羽ばたかせる。



「そんじゃあ名前の通り、寿子のドレスは力づくで奪い返させてもらうとするかぁッ!」



 一方の“バミューダ・ゼスライカ”も敵を挟んで向こう側から、背後へと回り込もうとしていた。

 2機はそのまま最後の一撃をしかけるべく、左右からの挟撃を狙って急接近していく。



「全力を同時に叩き込む! 合わせろ、ライカ!」


《“スティール・バイク”!! FIフィ-FIフィ-FIフィ-FINISHフィニッシュ ACTIONアクション MODEモード!!!》


《了解。これで決める……!》


《“バミューダ・スクワッド”!! FIフィ-FIフィ-FIフィ-FINISHフィニッシュ ACTIONアクション MODEモード!!!》



 二人は同時にゼクスブレスの中央部にはめられたヴォビンを回転させ、機体を最大稼働状態フィニッシュアクションモードへと移行させる。

 そしてそれぞれの端末に登録された必殺技名音声入力コードを叫びながら、音速をも超えた加速で“アンノウン・フレーム”へと突っ込んでいった。



「喰らいやがれ、ニトロ・スマッシュ!!」


《ローレライ・バニッシュ……!!》



 蒼炎を背負った“スティール・ゼスサクラ”の剛拳と、掌のうえにを出現させた“バミューダ・ゼスライカ”の柔拳とが、敵を間に挟んで激突した。



『◾️◾️◾️◾️──────!!』



 必殺級の一撃を左右から同時に喰らった“アンノウン・フレーム”は、悲鳴のような金切り音をあげながら海底に向かって落ちていき──それでも地面へとぶつかる寸前で、どうにか体勢を立て直していた。

 しかしこれ以上こちらに向かって来ようとはせず、背を翻してこの場から立ち去っていく。戦場から離脱しようとしている仇敵を、朔楽は慌てて追いかけようとした。



「待ちやがれ! ……くっ!?」



 機体に加速をかけようとした途端とたん、ふっと体から力が抜けていってしまうのを感じた。

 反動のリスクをかえりみずに何度もペアリングをこころみたことのツケが、今になって回ってきたのである。同じように来夏にも負担が蓄積ちくせきしており、2機のゼクストフレームは全身から冷却材を吐き出しながらゆっくりと静止した。

 コントロールスフィアの床にぐったりと座り込んだ朔楽の耳へ、ねぎらうようなメリーからの通信が届く。



《敵反応の消失ロストを確認。戦闘は終了だ、ただちに君たちも帰還したまえ》


「くそっ……こんな時にガス欠さえしなけりゃ、野郎を逃がすこともなかったのに……」


《今回は悔しい幕引きだったかもしれないね、けれど気を落とす必要はどこにもないよ。なにせ君たちがたったいま成し遂げたことは、まさしく偉業と呼べるほど誇らしいものなのだからね──》



 大局的な目線でみれば、こんなものはたかが一度の戦いの結末でしかなく、ほんの些細な出来事かもしれない。

 それでも、この勝利がいつしか反撃のきっかけになると信じて……最大の功労者であるふたりへと、メリーは心から祝福の言葉を贈る。



《──本当によくやってくれた。これは人類わたしたちにとって、非常に大きな意味を持つこととなるだろう》



 3年半ぶりの復活を遂げた伝説のユニット『SakuRaik@サクライカ』。

 彼らは人類史上はじめて“アンノウン・フレーム”を撃退した存在として、のちの歴史にその名を刻むこととなった。

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