Act.16『SakuRaik@、解散の危機!?』

「解散って……い、いきなりどういうことだよオイ!?」



 来夏らいかの父親だという男からとつぜんコンビの解散を言い渡され、朔楽さくらは一瞬、目の前の人物になにを言われたのかわからなかった。

 そしてすぐに、宣告された瞬間にふと抱いた違和感の理由に気付く。



「つうか、なんでオッサンが『SakuRaik@サクライカ』が再結成するって話を知ってんだよ? まだ発表もなんもしてねぇハズじゃ……」


「失礼な発言はおよしなさい、朔楽くん! ……申し訳ありません、冬馬とうま社長」



 そのように注意をうなしつつも男の後ろから医務室へと入ってきた巨体は、絢辻あやつじ=ハルカ=フランソワーズのものであった。

 どうやら彼も男とは顔見知りであるらしい。そしてどういった経緯かはわからないが、見たところ二人は歩いていたらたまたま通りかかったこの部屋の中に朔楽たちの姿を見つけ、足を運んできたというような様子である。



(それに聞き間違いじゃなけりゃ、いまたしかに“社長”って……)



 男がそのように呼ばれていたのを、朔楽はその耳でハッキリと聞いていた。

 すっかり困惑しているこちらに、ハルカも気付いてくれたのだろう。彼は隣にいる男と軽くアイコンタクトを取ってから、朔楽のほうを向き直って告げる。



「紹介するわ。この方は冬馬とうま創一そういち様、スターサファイア・プロダクションの代表取締役社長を務めていらっしゃるわ」


「すたーさふぁいあ……ってまさか、あのスターサファイアかっ!?」



 おどろいて思わず聞き返した朔楽に対し、ハルカは神妙にうなずいてみせた。

 スターサファイア・プロダクション──といえば、いまや業界最大手として知られている芸能事務所の名前である。もちろん現在はゼスアクターのマネージメント業なども行なっており、ライブストリームバトルの人気も後押しして未だなお成長を続けているリーダー企業だ。


 そして朔楽にとっては、コンビを組んでいる相方が所属している芸能プロダクションでもある。

 彼の父親が事務所のトップであったということは、7年という時を経た今になって初めて聞かされた事実であった。



「し、知らんかった……てか、何でそんな大事なこと教えてくれなかったんだよ」


「……べつに、聞かれなかったから」



 たずねられた来夏はどこか歯切れの悪い答えを返してから、暗い面持おももちをした顔をうつむかせた。

 そんな彼の反応にそこはかとない違和感を朔楽が覚えていたとき、そんな二人の間にすかさず創一が口を挟んでくる。



「まったく、視察に来たから気付くことができたとはいえ、この私になんの断りもなく来夏とこんな野蛮な子供を組ませようとしていたとは……どう説明をしてくれるのだね? 絢辻司令長」


「……オイてめぇ。社長だかなんだか知らねぇが、ずいぶん好き放題言ってくれ──」


「ハイハーイ、話がややこしくなるから朔楽くんはちょっと黙っててー?」



 ハルカはそう言って朔楽の言葉を無理やりさえぎりながらも、まるで彼をかばうように冬馬創一との間に立つ。

 普段のおちゃらけているオネエとしてではない。アクターズ・ネスト関東支部という現場の指揮を任されている最高責任者としての、極めて真面目な表情をした彼がそこにはいた。



「プロダクション側への承認を得ず、独断で事を推し進めていたことについては謝罪しますわ。


 ですが先ほど会議室でも説明しましたように、新しく出現した脅威──『アンノウン・フレーム』に我々人類が対抗するには、2名のアクターをより深く同調シンクロさせるほかに手段はありません」


「ならばなおのこと、麻倉朔楽ごときでは役不足ではないのかね? 我が社のエースである冬夏来夏とコンビを組ませるのなら、それこそ御社そちら風凪かざなぎ奏多かなたレベルでないと釣り合わんではないか」


「言葉を返すようですが、冬馬社長。麻倉朔楽あさくらさくら冬馬とうま来夏らいか──両名のペアリングレベルは、これまでにサンプリングされたデータの中では過去最高を記録しておりますわ。少なくとも数値上においては、むしろ彼ほどの“ハマり役”はいないと言えるでしょう」



 (朔楽には、彼らの話している内容を半分も理解することができなかったが)どうやら創一のほうは朔楽が冬馬とコンビを組むことに決して少なくない不満を抱いており……またそう言って聞かない大手芸能プロダクションの社長から、ハルカが言葉巧ことばたくみにどうにかこちらを庇ってくれているらしい。

 いずれにせよ自分の意思に関係なく勝手に話を進められている朔楽としては、あまり良い心地はしなかった。



「おい待てよコラ。いまさら誰に何を言われようが、ハナから俺は降りる気なんてさらさらねぇぞ」


「それは我々の判断することだ。一介の末端アクターに過ぎん君が決めることではない」


「んだとォ……?」



 威圧するように凄んでみせる朔楽だったが、創一は物怖ものおじするどころか逆に朔楽をきつくにらみ返す。

 とても初対面の相手に向けるものとは思えない……そんな怨念おんねんめいたドス黒い感情が、その眼差まなざしには宿っているような気がしてならなかった。



「まったく、なぜお前が今になって現れたのだ……私への当て付けのつもりか」


「あン? なにブツブツ言ってやがる」


「ンンッ。……とにかく、スターサファイアの責任者として『SakuRaik@サクライカ』の再結成など断じて認められんな」


「だから勝手に決めつけんじゃ──」



「勝手なものか。これはだ」


「……えっ」



 思いもよらぬ切返しに、朔楽はつい言葉を失ったまましばらく硬直してしまう。



「本当なのかよ……?」


「…………」



 ベッドの上の来夏は何も言わず、問いかけたこちらの視線から逃げるように目をらしてしまった。

 それで朔楽が納得いくはずもなく、彼はさらに来夏のほうへ詰め寄っていく。



「おい! 俺じゃダメだってのかよ、来夏っ!」


「ち、違……」


「やめないか馬鹿者!」



 小さく何かを言おうとした来夏の声を、そのとき創一の医務室中にひびわた怒号どごうがかき消した。

 彼はこちらの肩を掴んで強引に来夏から引きがすと、鬼のごとき形相で朔楽を睨みつける。



「このおよんでまだ理解わかっていないようだな……!!」


「っ……!?」


「本来ならば来夏は、もっと大きな舞台に立っていてもおかしくない類稀たぐいまれなる才能を秘めていたのだ! そのキャリアを台無しにしたのは、貴様なのだということを自覚しろ……ッ!」



 それまでも疑念として朔楽の中を渦巻うずまいていたものが……他ならぬ来夏の父親である人物の証言によって、ついに確信へと変わってしまった。


 やはり来夏が男性恐怖症となってしまった原因は、3年半前──『SakuRaik@サクライカ』解散のきっかけともなったロケ現場での喧嘩において、頭に血がのぼった朔楽が彼を殴りつけてしまったことであったようである。

 将来有望なタレントの人生をぶち壊したということの重大さが、今になって重くのしかかってくるようだった。



「そ、そんな……俺はただ……」


「失せろ。貴様の顔など見たくもない」


「……………………くそっ」



 ゴミ以下のものを見るような視線を創一に注がれてしまい、この場に留まり続けることに耐え切れなくなった朔楽は逃げるように部屋を飛び出していった。

 すぐに『朔楽くん!』と呼びかけたハルカの声も、自動で閉じられた厚いドアによってはばまれてしまう。かくして朔楽のいなくなった医務室には、嵐の過ぎ去ったあとのようなむなしい静寂だけが残っていた。





 ──また、止めることができなかった。



 たったいま目の前で起きた出来事が頭から離れず、少年はうれいの海に心をしずませていた。

 3年半前のあのときも、同じような事があった。自分自身が発端ほったんとなって起きた悲劇が、やがて一人の力では収集できないほどに大きく膨れ上がってしまい、遂にはどうすることも出来なくなってしまったのである。

 自分ではない誰かあいつに、責任を押し付けて──


 ああ、呪わしい。

 男性に触れられることを過剰かじょうに拒絶するようになってしまった、自分の身体が憎くてたまらない。


 原因も解決法も、学術的な理屈として頭ではわかっているつもりである。

 ……だが、自分の中のもっと深い部分に刻まれた傷痕きずあとが、本能的な恐怖となり襲いかかってきてしまうのだ。意志は決して弱い部類ではない自分でも、こればかりは仕方ない。どうやってもあらがえない。



(違うよ、さくら……本当は君はなにも悪くない。悪いのはぜんぶ……)



 しかしそのとき、ドアの開閉とともに慌てたような足音が舞い込んで来るのが耳に入り、つい自分の世界に閉じこもっていた来夏もそこで現実への回帰を果たした。

 すぐに顔を上げて、入り口のほうを見やる。そこにいたのは眠るように意識を失っている様子の女医と、彼女を抱えてやってきたメリーケン=サッカーサーだった。



「ぜぇ……はぁ……べ、ベッドは空いてるよね!? 使わせてもらうよっ!」



 自分よりも頭一つ分ほど背の高い女医を運んできたせいか、メリーはフルマラソンを走った後みたいに汗だくで息も上がってしまっていた。

 小柄なうえに筋力もなさそうなので当然ではあるが、逆にいえばそんなメリーが自ら運んで来なければならないほど緊急事態だったということでもある。それを察したハルカは、やや怪訝けげんそうな面持ちになりながらも訊ねた。



「メリーさん、一体どうしたの? それに彼女……やっぱり、医務室ここつとめているドクターじゃない!」


「私も医者じゃないから詳しいコトはわからない。廊下で倒れているのを見かけたから、慌ててここまで運んできたんだけど……」



 寿子がいる隣のベッドに女医を寝かせたメリーは、ズレていたメガネをかけなおしつつ彼女たちの症状に注目する。



「……うん、経験則でなんとなくわかる。おそらく彼女はだね」



 そう結論づけたメリーの言葉をより確かなものとして裏付けるかのごとく、直後にけたたましい警報音アラートが鳴り響いた。


 来夏はとっさにゼクスブレスを起動し、すぐに基地外部のカメラが撮影した映像を立体画面ホログラフィックとして出力させる。

 すると市街部の港付近の上空に、アウタードレスの顕現兆候アドベントシグナルを確認することができた。やはり倒れた女医は寿子と同じように媒介者ベクターとなってしまったらしい。



「この様子だと完全に具現化リアライズするのも時間の問題ね……来夏ちゃん、いきなりで悪いけれどすぐに出動してちょうだい」


「でも、あいつが……」


「朔楽くんのことは、今は考えないでいいわ。ゼクストフレーム単騎での出撃になってしまうけれど、少なくともアウタードレスとの戦闘に支障はないはずよ」


「……わかったよ」



 緊迫した表情のハルカにそう言われ、来夏はすぐさま地下ハンガーに眠る愛機──インナーフレームTYPEタイプ-XEXTゼクストRライト“ゼスライカ”の元へと向かうべく駆け出していった。

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