Act.06『新たなる脅威!』
《サンサン笑顔の元気娘! “ハッピー・ゼスヒトエ”!》
《ルンルン笑顔のイマドキ乙女! “キューティー・ゼスフタバ”!》
《リンリン笑顔のお姉さん! “ビューティー・ゼスミツキ”!》
《誰にも似てない笑顔の花よ、咲き誇れ! チーム『トリニティスマイル』!》
長ったらしい前口上とともに、それぞれピンク・オレンジ・ブルーのアイドル衣装に身を包んだ3機のアーマード・ドレスが地上へと降り立つ。
それまで単独での戦闘を強いられていた“カメレオン・ゼスカナタ”の
「3人とも、来てくれたんだ!」
《やっほー、カナタっち! 悪いけど、今日こそ撃墜ポイントはあたし達がいただいていくよぉ!》
《ああん、ヒトエってばズルイ〜っ。私もカナタくんとお話したい〜》
《ミツキも戦闘中になに言ってるの……ごめんね、風凪さん》
「あ、あはは……相変わらず仲良さそうだね?」
各機体と同じ髪色をした少女たちの漫才……もといやり取りを
ユニットを結成する理由については
まさに『トリニティスマイル』はその代表格ともいえる
「……! 攻撃が来る、みんな避けて!」
奏多が号令をかけ、それによって一箇所に固まっていた4機のアーマード・ドレスたちが一斉に散開する。
そのコンマ数秒後──先ほどまで奏多たちの機体が立っていた地点に、アウタードレスの繰り出した飛び蹴りが炸裂した。足底のブレードがアスファルトに突き立てられ、余りある威力によって辺りに破片を飛び散らせる。
《うわぁーなにあれ、スケート靴? 蹴られたら痛そぉ……》
「幸い、アスファルトの上を滑ったりは流石にできないみたいだね。距離をとって戦おう!」
散り散りになった味方機へと、奏多が指示を飛ばした──そのときだった。
立ち止まって背後を振り返った“ゼスカナタ”。その真横を、とつぜん押し寄せてきた赤い突風が駆け抜けていったのである。
「えっ……」
《うおおおおおおおおおおおおおっ!!》
否、それは風ではなく大地を駆けるアーマード・ドレスだった。
しかも
思わず呆気にとられてしまっていた奏多だったが……先ほど自分が出した指示を思い出し、慌ててその機体を呼び止めようとした。
「ま、待つんだ! そいつに近づくのは危険──」
《ぐああああああっ!?》
が、猪のように突撃していったアーマード・ドレスが急に止まれるはずもなく、殴りかかった謎の機体はやむなくアウタードレスに足払いされてしまった。
バランスを崩し、そのまま勢い余って地面へと突っ伏せる。そんな
《えっ、なになに今の機体? てゆーかなんで
《ドレスアップもせずに突っ込むなんて、間違いなくバカね》
《たしかに……ちょっと先走りすぎよねぇ……》
《おい誰だァッ!? いま俺をバカ呼ばわりしたヤツ!!》
どうやらオープンチャンネルに乗せた彼女らの声は当人にも聞こえてしまっていたらしく、鼓膜を刺すような怒声が返ってきた。
向こう側の内部カメラが切られていたため姿までは確認することができなかったが、声からして
《ふ、フタバだよっ! いまバカって言ったの!》
《げっ……ちょっとヒトエ、バラさないでよ!》
《オレンジ色のヤツか! てめーあとで覚えてろよ……》
《あ、あんたこそ何者なのよ! 見ない顔だけど、もしかして
(……! そうだ。正式にアクターとして登録されている者なら、識別コードが出ているハズ……!)
そう思い至った奏多は、さっそく自らの手元に
そして間もなく表示された文字列を見るなり、彼は思わず息を飲んだ。
「インナーフレーム
その昔。自身が主演の映画でとある少年と共演したときの記憶を、奏多はなぜか今になって思い出していた。
*
遡ること数十分ほど前。
朔楽がハルカの運転する車によって連れてこられたのは、神奈川県・横浜某所に所在を置く『アクターズ・ネスト関東支部』という名の地下施設だった。
──これがアナタの機体、アーマード・ドレス“ゼスサクラ”よ。
基地内の医務室に寿子を預けたあと、案内された格納庫で朔楽を待っていたのは……全長20メートルを誇る機械仕掛けの巨人。
ダークグレーの全身にところどころワインレッドのラインが入っている四肢には、外部装甲が一切付けられておらず骨格をさらけ出した状態である。
まるで裸のマネキンを彷彿とさせる人型可動骨格“インナーフレーム”。その中でもまだ試作段階だという
そして寿子を拠り所として顕現したアウタードレス“フロストフラワー”と対峙した彼は、決して恐れを抱くことなく果敢に戦いを挑んでいった──ところまではよかったのだが。
「くそっ、何が新型フレームだよ!? 全然かなわねぇじゃねーかぁ……!」
出会い頭に繰り出したゼスサクラの先制攻撃は、完全に見切られていた上に軽くいなされてしまった。
そんなこんなで初っ端から地面を転がされてしまった朔楽が不満をこぼしていると、すぐにハルカからの呆れ返ったような
《それはアナタが“ドレスアップ”もせずに突っ込んだからよう! まったくもう、こっちが説明してあげてるのに全然聞かずに突っ込んじゃうんだからン……》
「どれすあっぷだぁ?」
《……いい? もう一回だけ説明するわね。出撃前に渡したアイテムが2つあるでしょう、それを出してチョウダイ》
指示の通りに、朔楽はまず左腕に装着されたブレスレット型
ハルカは説明を続けた。
《それは『ゼクスブレス』。そしたら次は差し込み口に『ドレスヴォビン』をセットしてごらんなさい》
「どれすゔぉびん……ああ、ミシンに付けるアレみてぇな奴か!」
出撃前に手渡されたもう1つのアイテム──裁縫道具のボビンに似た無色透明の筒状を、さっそくブレスレット中央のくぼみにはめ込む。
すると2つで1つになった『ゼクスブレス』は突然、スピーカーから軽快なメロディを鳴らしはじめた。俗に言う“待機音”があるとは思わず、朔楽はつい面食らってしまう。
《
「わっ、なんだこの歌!? だっさ!」
《開発者の趣味よ、ダサいとか言わない。初回搭乗時にはこんな風にオーダーメイドシステムが発動するの》
「
《そっ。微量のヴォイドを体内に注入することで、あなただけが持つ
「よくわかんねェけど……要するに自分のアーマーを創り出せるってコトか!」
とりあえず納得したちょうどそのとき、前方からの敵接近を示す
どうやら敵は子供向けのヒーロー番組のように待ってはくれないらしい。アウタードレス“フロストフラワー”の繰り出した上段蹴りに対し、朔楽は寝転がっていた
「くっ、こんにゃろう……!」
《今よ、朔楽くん! 『ドレスアップ』と叫びなさい!》
「こうなりゃヤケだぜ……おらァッ!!」
わざとガードを解いて相手の体勢を崩し、その隙に空いたボディへとすかさず
そして吹き飛ばされた敵へと追撃を仕掛けるべく駆け出しながら、朔楽は獣のごとき咆哮をあげた。
「ドレスアップ・俺ッ!!」
マニピュレーターの右手を握りしめた朔楽のインナーフレームが、アウタードレスをめがけて殴りかかる。
そして──その拳は彼の思惑通り、“フロスト・フラワー”の顔面へと重く突き刺さった。
《う、うそ……丸腰のフレームが……》
《アウタードレスを……》
《な……殴り飛ばしたぁぁぁーっ!!?》
その光景を見ていた三人娘(たしか『トリニティスマイル』という三人組ユニットだったか)が、口々に驚きの声を漏らす。
だがアウタードレスを殴った張本人である朔楽は、たったいま吹き飛ばしたばかり相手には目もくれず、ただ己の右拳を
それまでフレームが剥き出しとなっていたはずの
「ん、なんだこりゃ……?」
《気を抜かないで! 次が来る……ッ!》
懐へと飛び込んできた相手は、その勢いを殺さぬままこちらを目掛けて足底のブレードを振るう。
「ハッ、遅え!」
──が、朔楽はなんと軽く身体をそらしただけでこれを避けてみせる。
ただ力任せに振るわれた攻撃を見てから回避することなど、かつて喧嘩が日常だったこともある彼にとってはもはや朝飯前であった。
そうして空振りしたアウタードレスへとカウンターを決めるように、左手で胸部装甲を殴りつける。
(……っ! また変わった……!?)
先ほどの右腕と同様に、今度はフレームの左腕へと鈍色のアーマーが出現・装着された。
どうやら敵に打撃を加えた箇所がこのように換装していくらしい。
野生的な本能でそれを理解した朔楽は、怯んでいるアウタードレスへと続けざまに攻撃を浴びせていった。
キックした
そして最後に思いっきり頭突きを食らわせ、その頭部に赤く流線的なフェイスマスクが装着された。
「へっ、
ニカっと邪悪な笑みを浮かべる朔楽の体には、いつの間にか赤地に黒いラインの入ったライダースーツが着せられていた。機体の纏っている衣装に合わせて、
そう。彼の乗っているインナーフレームは今、真っ赤なバイクをその身に纏っていた。
両足の裏側に装着されたタイヤ、首から左肩にかけて伸びた排気マフラー、胸部には低く唸るエンジン。それら全てがオートバイを構成するパーツであり、そしてそれこそが朔楽の思い描いた『
この姿を一言で形容するならば──
《
「
ゼクスブレスが歌い上げた機械音声のメロディに、朔楽は思いがけずほくそ笑んだ。
この世すべてのしがらみから脱却するための小さな
機械パーツと闘争本能を剥き出した赤き巨人──アーマード・ドレス“スティール・ゼスサクラ”が、排気マフラーから吹き出た爆煙を背負って加速する。
「そんじゃあ、てめーが持ってった寿子の意識も奪い返させてもらうぜ……! トドメだ、ドレス野郎ォ!」
すでにこちらからの猛攻によって膝をついているアウタードレスに向かって、朔楽は紅蓮に燃え上がった右拳を勢いよく振りかぶる。
胸元をめがけ、
「!?」
スティール・ゼスサクラの拳が叩き込まれる寸前、“フロスト・フラワー”を構成する装甲パーツたちは突如バラバラに分かれて飛び散った。
四方八方へと分散したそれらは上方に向かって飛翔していくと、やがてひとつの餌へと群がる鳥のごとく一箇所に再集結していく。
頭上を仰いだ朔楽の視線の先に、ソレは浮かんでいた。
まるで黒い結晶がヒトの形を成したような全高20メートルほどの物体は、自分たちが乗っている“インナーフレーム”によく似ている。しかし骨格の表面を覆っているのは鉄やカーボンではなく、それどころか見たこともない“ぬめりがある黒い鉱物”のような質感だった。
「なんだありゃ……あれも新型のフレームとやらか?」
《いいえ違うわ。……いや、実のところどうなんでしょうね、アレは……》
朔楽が口にした疑問に対し、ハルカはなんとも曖昧な言葉を返すだけだった。
これでは何者なのか、敵か味方なのかすらもわからない。なので朔楽は
「? どういう意味だよ」
《だから、わからないのよ。アレがどこで造られたのかも、そもそも人工物なのかどうかさえも……》
「はぁ……?」
《わかっているのは、アレが一番最初に現れたのは48日前のエアーズロック近郊だということ。そして
説明の内容がいまいち理解できない朔楽にも、その緊迫感だけは十分に伝わってきていた。
擬似神経回路を形成したことにより五感と
『
《“アンノウン・フレーム”……とうとうアジアエリアにも来てしまったというワケね》
招かざる客に付けられた便宜上の呼び名を、ハルカは
その間にも黒結晶の
朔楽たちの“アーマード・ドレス”とは似て非なる、未知なるフレームと装甲の融合体。
それはアウタードレスという厄災にすっかり順応してしまった人類にとって、新たなる脅威となる存在にほかならなかった。
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