Ⅰ.女装を継ぐもの

Act.01『あいつ、今何してるんだろう Side:R』

 次に意識がふたたび浮上したとき、冬馬とうま来夏らいか身体にくたいはいまだ鉄の子宮の中にあった。

 どうやら機体に乗ったまま少しだけ気絶していたらしい。その間、ひどく懐かしい記憶を見せられていたことを思い出し、来夏は何度も同じ夢を繰り返しみているような自分につい嫌気がさしてしまう。



(あれからもう3年半、か……)



 15年分のよわいを重ね、さらに美しさに磨きがかかった顔の輪郭を、そっと白い手で形を確かめるように撫でていく。

 普通ならば第二次性徴によって雌雄の身体的性差が生じはじめている年齢。だが彼の場合は、服の上からではジェンダーを判別できないような身体付きをしていた。


 決して幼児体型というわけではない。

 むしろスラリと伸びた長い脚や細く引き締まった筋肉はいかにも男性的で、しかしウエストのくびれや少女のような可憐な顔立ちは、まさしく女性の特徴それである。

 “男らしさ”と“女らしさ”を両方とも帯びているとしかいいようのない、アンバランスでありながらも美しく完成された体型フォルム。肩まで伸びているアッシュブロンドに染色された髪が、そんな彼の造形物フィギュア的な印象をさらに強めていた。



(……ああ、そうだった。僕は例のシステムのペアリングテスト中で、また気を失ってしまって……それであんな夢を……)


《グッモーニン、来夏らいかきゅん。いいユメは見れたかにゃん?》



 そのときコクピットに内蔵された通信スピーカーから、鈴を転がすような声が聞こえてきた。可愛らしい……というか露骨ろこつなあざとささえ感じさせる上司からのモーニングコールに、来夏はやや辟易へきえきしつつも応える。



「……あのさぁメリー、『きゅん付け』はやめてくれって何時いつも言ってるよね」


《あはは、ともかくお疲れ様。結果は振るわなかったけれど、まあこればかりはシステムの性質上しかたないよ。なのでくれぐれも気を落とさないように》


「善処するよ」


《オーケー! ともあれ今日のペアリングテストは終了だ。キミもさっさと機体から降りて、ゆっくりと休んでくれたまえー》



 いまいち締まりがない上司からの指令に呆れ返りながらも、来夏らいかは言われた通りに機体から降りる準備をはじめる。


 コクピット──とはいっても、この球体型の空間コントロールスフィアには座席イス操縦桿レバーといった類のものが一切存在していない。

 あるのは周囲360度の視界を映し出すことのできる(といっても今は殺風景な格納庫ハンガーしか見えないが)全天周囲モニターと、球体内を無重力状態にすることで外部からの衝撃を軽減カットする慣性制御装置くらいのものである。搭乗者アクターの思考や五感をフィードバックして機体フレームの駆動に反映されるという独自の操縦方式を、この空間自体がいかにも端的に表しているようだった。


 機体を降りるときの手順もいたってシンプルである。

 ただ『降りたい』というイメージを機体に向かって伝達するだけ。そうすれば機体内ナカ外界ソトを阻んでいたコントロールスフィアの隔壁が自動で開いてくれるので、来夏はそこから格納庫のキャットウォークへと降り立った。



「ふぅ。そういえば、ハルカは?」



 こちらへと近付いてくる足音に対して、来夏は振り返りながらたずねる。


 やはりと言うべきか、来夏のもとにやってきたのは先ほど通信を交わしていた相手だった。

 160センチくらいの小柄な身長であり、しかも明らかにサイズが合っていないぶかぶかの上着を着ているせいか、実際よりもさらに小さくみえる。頭に被っているベレー帽や顔半分を覆うほどの黒縁メガネもやはり大きい。

 そんな子供っぽい見た目や顔立ちをしている人物だったが、これでも成人を迎えている立派なオトナだというから驚きである。少女のような見かけにそぐわない落ち着いた雰囲気が、その実年齢をさらに不鮮明なものにしていた。


 名前はメリーケン=サッカーサー、通称メリーさん。

 つい数年前までアメリカにいたとは本人の談であり、詳しい素性や本名などは来夏も知らない。



「ハルカさんなら絶賛お出かけ中だよー。なんでもまた新しい適合者の目星がついたとかで」



 そんな本人のミステリアスさとは不釣り合いに、メリーさんを自称する人物はとても友好的フレンドリーな態度で来夏に接してくる。

 “新しい適合者”という単語に反応した彼はすぐに聞き返した。



「ふぅん、誰?」


「ええっと……私の口から伝えちゃってもいいんだけど、それだとちょっと味気なくなっちゃうかもだしなぁ……うんうん。やっぱり感動の再会を台無しにしたくもないし、キミにはまだ秘密ってことにしておくよ」


(味気なくなる……? 再会……?)



 妙な言い回しをするメリーに、来夏はかえって怪訝けげんそうな面持ちを浮かべてしまう。

 わざわざ言葉をにごしたということは、自分も知っている人物なのだろうか。



(……ふっ、まさかな)



 とっさに心当たりのある人物が一人だけ浮かんだが──その可能性は絶対にあり得ないとして、来夏はすぐにその予想を取り下げる。

 そもそもはとっくに芸能界からも引退してしまっているのだ。きっともう二度と顔を合わせることもないし、もとより来夏自身がそれを望んでいなかった。



「あいつ、今──」



 ふと、思わぬ言葉がつい喉から漏れ出してしまい、来夏は慌てて自分の口元をおさえた。

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