いつか一つのしかけを③

 山の中といえば自然の真っ直中であることは間違いないが、その日の夜は不自然に彩られていた。拡張現実を使っての肝試し大会が催されたのである。それは山の一区画を使って大々的に行われた。もちろんキャンプ場の管理者や、他の利用客に許可を得ての話である。決まりを守って、ごく短時間に行うと約束したのであるが、飛び入りで参加した彼らの方が盛り上がりを見せるほどだ。静かなはずの山中に悲鳴がまた一つ響き渡る。


「世の中、ケセラセラ過ぎやしないか?」

「みんな楽しいからいいんじゃない?」

「ちょっと前まで、その考え方こそ悪だという風潮だったはずなのになあ」


 浮かれポンチな世の中を嘆いてみる。

 まあ、こういうのは振り子のように何度も繰り返すものである。ちょっとすれば落ち着きを取り戻すだろうと、半ば投げやりに納得することにした。


「ありすは楽しめているのか?」

「実はぜんっぜん」

「だろうなあ」


 僕はありすと組になって夜道を歩く。しかし何もないのだ。何故なら二人とも脳内端末を使用していないからだ。驚かし役のお化けは拡張現実をもって実行される。端末を起動していなければもちろん、お化けの服の裾さえ見ることはない。そうなるとただ不気味な山道を歩いているのと同じだ。恐怖は少ない代わりに刺激もない。


「ガっちゃんはどう、やっぱり不便?」

「いや慣れたよ」

「でも変だよね、急に使えなくなるなんて」

「原因は分かりきっているけどな」


 僕の脳内端末はギミックに身体を貸してからより使用が制限されていた。やはりギミックという規格外を入力したのがまずかったのだろう。拡張現実を表示できなくなっているのだ。しかし電話やメッセージ機能は使用できるし、致命的な不自由さは感じていない。世間と乖離されているような実感があるが、それだけと言えばそれだけだ。よってありすや宝塚の希望もあって、修理せずにそのままにしている。


「それでね、ガっちゃん。ありがとう。知ってるよ、わたしが世間様に取り沙汰されないよう頑張ってくれてるでしょう?」

「そんなこと気にしなくていい」


 ありすが言っているのは、僕が最近まで続いて処理をしている「話し合い」についてであった。あれはあれで、僕も貴重な体験をさせてもらっていると割り切っている。なので彼女が気にする必要はないのだ。


「ううん。すごく助かってるの。おかげでお父さんと研究に打ちこめるから」

「それでか、妙に張り切ってるよな。大学受験するって言い出したのも?」

「うん。そっちの方が都合がいいから」

「そんなに急がなくてもいいんじゃないか」

「だってどうしても、成功させたいんだもん。だったらやれることはやらなくちゃ」


 鼻息を荒く決意を固めるありすは、最近になってとみに勉学に打ち込むようになっていた。その熱意のいれようは半端なものではなく、元々より頭のいい子だったが、知識は専門家である宝塚に引けを取らない。おかげで一緒になって勉学に励むかおりは苦労しているようである。唐突な思い立ちで大学受験を志した彼女であったが、このままでは合格してしまうかもしれない。

 しかし僕は、そんなにもありすを駆りたてる「成功させたいこと」とは何なのか気になった。いい機会だったので尋ねる。


「何をするつもりなんだ?」

「ギミックとね、もう一度会いたいの」


 事も無げにありすは言った。

 僕は特に驚くこともなく聞いた。


「それは可能なのか?」

「分からない。何にせよ、まだまだ調べないと分からないことだらけだよ」

「そうか」


 そこで二人とも無言になり、しばらく暗い山道をただ歩くのみだった。だが、ありすが思い切ったように口を開く。


「でもね、アテというか理想とする展望が一つだけ」

「どんな?」

「ガっちゃんの頭の中だよ」

「僕の?」


 僕の頭の中にはギミックの全てを詰めこんだ脳内端末がある。それは彼が消えると共に空っぽになっているはずだが、なにか残っているかもしれないと彼女が言う。思わせぶりに故障してくれているのだから、調べないと気がすまないのだと。


「そういうことか」

「徹底的に調べるよ。そのために今は勉強するの」

「頑張れ」


 僕は素直にそう言った。彼女は自らの為すべきを定めたようである。それならば僕としても為すべきに勤めるほかない。


「ガっちゃん、わたしね、ギミックに言いたいことがたくさんあるんだ」

「僕もだよ」


 そのときは二人で、あいつが困りきってしまうまで文句を言ってやろう。そんなことを約束する。あいつはどんな顔をするだろうか、僕たちの言葉など意に介さないかもしれない。もしくは意外にも反省して態度を改めるだろうか。いやそれはないだろう。けどきっと楽しい気分になれるだろう。

 僕は根拠もなく、そのことだけを確信していた。

 それまでは隣の小さな友人とそれなりにやっていくつもりだった。彼女が困っていれば助けるだろう、手伝いがいるならば手伝おう。あいつが帰ってくるそのときまでは、彼のするべきことを肩代わりすることこそが僕の為すべきことである。


「キチンとお話したいから、わたしも脳内端末を購入してもいいかな」

「今からか?」

「ううん、いつか。だって恐いもん」

「だよなぁ」

「だからそれはガっちゃんの頭を二つに割るときにする」

「やっぱり僕の端末調べるってのは、そういうことになるんだなぁ」

「えへへ、死ぬときは一緒だね」

「縁起でもないことを言うな」


 僕とありすは遠くで灯るランタンの明かりを見つける。ありすが駆けだしたために僕も追いかけるようにして続いた。そこには多くの人々が僕達の帰りを待ってくれていた。誰も彼もが笑顔であった。

 いつか、この輪の中に一つの仕掛けが組み込まれることだろう。

 そいつは嫌らしくて、倫理というモノを知らない。

 人の気持ちを誰よりも理解しているくせに、それを蔑ろにするのが大好きだ。

 しかし、ありすにとっての家族であり、僕にとっての友人だ。

 そして世界で最高なギミックなのである。

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